渾身の意欲作が待望の復刻――(今度こそ)偏見なしに聴いてくれ
賑々しいTVCMが“Wham Rap!”をキャッチーに鳴り響かせ、どこからともなく“Last Christmas”が聴こえてくるような季節になった。ジョージ・マイケルの功績はその部分だけを取っても限りなく大きなものである。いまとなってはそれらの普遍性を疑う余地もないし、あるいはその曲を誰が書き、誰が歌っていたか知らない人もゆっくりと増えていくのだろう。つまり、ジョージの元を離れて歌は大きくなったのだ。
アルバムとしての位置付け
90年にリリースされた『Listen Without Prejudice Vol.1』は、ジョージ・マイケルにとって2枚目のソロ・アルバムだ。カヴァーを除く全曲を彼が書き、アレンジ、プロデュースといった曲作りのすべてを本人が行っている。この表題にジョージが込めた意味、というか、同作と87年のソロ・デビュー作『Faith』との位置関係についてはすでに把握しているという人も多かろう。規格外の商業的成功を収めた『Faith』によって、80年代のジョージはマイケル・ジャクソンやマドンナのような顔ぶれと比肩する世界的なポップスターになった。
ただ、彼自身はそうやって四六時中スター扱いされ続けることを望んではいなかったのだ。そんな状況に対してジョージの放ったメッセージこそ、〈偏見なしに聴いてくれ〉というものだったのである。勝手に補足するならば、『Faith』が世界に植え付けたありとあらゆるイメージ、その続きを望む声、期待されるような曲調、莫大なセールスやチャート・アクション、ナイスなヴィジュアル、それらすべての固定観念を捨ててくれ、という願いであったわけだ。
もしこれがアーティストのインディペンデントな動きが常識となっている時代であったなら、名前を伏せるなり変名にするなりして音源を世に問うという手段もあったのかもしれない。ただ、それにしても……リアルタイムでも思っていたことだが、ジョージのメッセージはあまりにも無垢に思える。恐らくこのメッセージを発信した時点で、それが新たな固定観念の基準になるからだ。事実、いまもこの『Listen Without Prejudice Vol.1』を語る際に〈『Faith』の反動〉〈意識の高さの証明〉というポイントから軸足を動かされることはなくなってしまっている。ポップな売れ線の『Faith』に対し、芸術的で表現者としてのステージが高い『Listen Without Prejudice Vol.1』という印象をうっすら抱いてしまっている人も多いかもしれない。
ただ、そうしたジョージの意志とレーベルの望むマーケティングの間に軋轢が生まれていたにもかかわらず、この『Listen Without Prejudice Vol.1』が文句ナシのヒットを記録したことも無視してはならない。アルバムは世界中のチャートで首位を獲得し、本国UKでは『Faith』を上回る4×プラチナのヒットを記録したのだ。リスナーがジョージの望み通り〈音楽だけに集中した〉結果なのか、もしくはスタンスの表明こそが最大のパブリシティー効果を発揮したということなのか(とか書くのは意地悪すぎるが)、ともかく作品の素晴らしさがしっかり受け手に届いたことは確かで、実際に『Listen Without Prejudice Vol.1』がジョージならではの高い水準を備えた傑作なのは言うまでもない。何を言いたいのかというと、タイトルから生じる偏見なしにこの作品を聴いてみたかったということなのだが。
古さを感じない伝統性の高さ
そんな『Listen Without Prejudice Vol.1』の幕開けを飾るのは、アルバムからのファースト・シングルとして全米No.1も記録している“Praying For Time”。彼がキャリアを終えたいまだからこそあえて言うと、これはヴォーカリストとしてのジョージの最高傑作だと思う。この曲が最初のシングルに選ばれたことこそが、アルバムの中身に関するタイトル以上に雄弁なメッセージだったのではないだろうか。ファンキーなダンス・ビートなどトラック面が主導するのではなく、自身の歌唱そのものに表現の力点を置いた作りは、結果的にアルバムの中身を説明するものでもあった。2曲目に続く“Freedom! '90”もクラップとアカペラで成立しそうなゴスペル風味の昂揚感に満ち満ちたナンバー。前後して多く取り上げることになるスティーヴィー・ワンダーのカヴァーのひとつ、“They Won't Go When I Go”も多重録音によって厳かな厚みを織り成している。
そのようにUS黒人音楽への眼差しもさらにトラディショナルな方向に寄っていることから引きつけて考えれば、このアルバムを強く印象づけるカラーは比較的オールドタイミーな音楽への敬意と、そこから連なる伝統的な英国性への目配せだと言うこともできる。ギターを掻き鳴らすトラッド風の“Something To Save”、美しい正装のジャズ・バラード“Cowboys And Angels”、さらに“Freedom! '90”をより牧歌的なノリで展開したような“Waiting For That Day”、ポール・マッカートニー風の田園ヴァイブがある穏やかな“Heal The Pain”(後にポールとの共演ヴァージョンを録るのも納得)、ソウルIIソウルからの影響をオーセンティックな大所帯レゲエ・バンドのような賑やかさで披露した“Soul Free”と、どれも『Faith』に入っていそうな雰囲気はない。が、角ばったデジタルなビートからアコースティックな方向へ柔らかに揺り戻す時節を先取りしたような出来映えだけに、いまも古さを感じることなく楽しめる良曲だらけだ。これらをラッピングしたアルバムに挑戦的なタイトルが付いていなかったら、いったいどのように受け止められていたのだろう。……そういう意味ではやはりジョージは正しかったのかもしれない。
ジョージが読めなかったのは、その後のレーベルとの訴訟問題やその決着によって、『Listen Without Prejudice Vol.2』を世に出す機会を失ったことだろう。当初からジョージが思い描いていたのは、同時代のR&Bやハウスなどにも目配せしたダンス・トラック主体の〈Vol.2〉を〈Vol.1〉に続いて発表することだった。後ろに〈Vol.2〉が控えている前提だったからこそ、彼もリスクを恐れずに〈Vol.1〉を作ることができたのではないだろうか。
さて、今回リリースの『Listen Without Prejudice + MTV Unplugged』は、ジョージの生前から企画されていた(のでリマスターは2015年だ)25周年記念エディションを発展させたものだ。リマスターされたオリジナル・アルバム本編がDisc-1に収まり、Disc-2では『Older』発表後の96年に行われた「MTV Unplugged」でのパフォーマンスが初の公式音源化。そこにシングル・ヒットしたエルトン・ジョンとのデュエット“Don't Let The Sun Down On Me”もボーナス収録されている。さらにデラックス・エディションのDisc-3は、レア・トラック集としてシングル収録の別ヴァージョン/リミックス、そして『Listen Without Prejudice Vol.2』用に作られながらも別の形で世に出た“Too Funky”“Crazy Man Dance”などのダンス・トラックもそこに並んでいる(DVDとなるDisc-4に収められた90年放送のドキュメンタリー、ライヴ・パフォーマンス映像なども貴重かつ興味深い)。
何と言っても本人がこの世にいないことが最大の偏見を生む契機になるのだが、ここにある楽曲たちがまた文脈を離れて大きくなっていくことを期待したい。それがジョージの望みでもあるのだろうから。
ジョージ・マイケルのアルバム。