即興と後処理の間を自由に行き交うピアニスト

 1981年イスラエル生まれでパリ在住のピアニスト、ヤロン・ヘルマンは、もともとプロのバスケットボール選手を志望していたが、16歳の時にひざの怪我で断念し、ピアノに転向した。音楽家をめざすようになるきっかけもユニークながら(本人にとっては辛い思い出なのだろうが)、初めてのリーダー作『Takes 2 To Know 1』がドラムスとのデュオというのもユニークだ。もちろん、それ以後はソロ・ピアノやピアノ・トリオ、ホーンを加えたアンサンブルのような“通常の編成”による作品も発表しているが、今年8月に東京JAZZ2017をはじめとする公演で来日したのも、ドラマーのジヴ・ラヴィッツとのデュエットで、前作となる『Everyday』もこのふたりで録音されている。

 「ドラムスとのデュオというフォーマットは、多くの自由を与えてくれるんだ。ピアノ・ソロではどんなハーモニーでも使えるし、いつでも好きな時に演奏の方向性を変えられる。いっぽう、ピアノ・トリオでは僕の大好きなドラムスのエネルギーやリズムが加えられる。つまり、ドラムスとのデュオでは、トリオのリズムとピアノ・ソロの自由という、僕のいちばん好きなふたつの要素が両方とも手に入るわけ。だから僕は、この編成でやるのが好きなんだ。それに、相手の演奏に素早く反応できる。会話もふたりのほうが、第三者がいないぶん、話が早い。意見が合うにしろ合わないにしろ、結果はすぐに出るからね」

 『Everyday』も、実験的に演奏したものを録音しただけで、大部分はインプロヴィゼイションである。本来はジヴとのデュオを試すのが目的で2日間スタジオに入り、上手く行ったら半年後ぐらいに正式に録音するつもりだったという。そのいっぽうで、このアルバムでは、インプロヴィゼイションを録音した後の編集作業やエフェクト処理も重要な役割を果たしている。

 「僕はビートルズからビョークまで、あらゆる素晴らしいソングライターが大好きで、作品のプロデュースもとても重視している。ジャズの世界ではそこが欠けているように感じることがあって、今の音楽作りに役立つ最新のツールも積極的に利用するべきだと思う。だから僕は、1、2テイク録音して終わりという伝統的なやり方じゃなくて、後処理でいろいろなサウンドを重ねて音に厚みを加えて、聴く度に新しい発見ができるような作品をめざしているんだ」

 ふたりはライヴでも、生演奏の音に厚みを加えるために、コンピュータやサンプラーを活用している。最新作の『Y』はピアノ・トリオにヴォーカルを加えた作品だが、ここでもシンセサイザーやスタジオ処理による後処理が効果的に取り入れられている。