アヴィシャイ・コーエンのバンドで名を上げたピアニスト、シャイ・マエストロの2作目は彼の目指すものが、ようやく顕になった作品と言っていいだろう。

SHAI MAESTRO TRIO The Road To Ithaca AGATE(2013)

アヴィシャイの音楽の完璧に構築された美しさを自身の出発点としながらも、自分の作品では「今、感じたものを、その場で弾ける自由な曲をやりたい」と語る。

 「僕はウェイン・ショーターに大きな影響を受けているんだ。どれだけソロを吹いても、枠にとらわれずに、自然に壁を突き破っている。そして、彼が書く曲には、そんな即興ができるスペースを残してある。僕もそんな作曲を追求しているんだ」

 シャイのそんな思いが、アヴィシャイからの巣立ちへと突き動かしたと言っていいだろう。そして、シャイは、アヴィシャイが持っていたカラフルな世界と対照的なミニマムでシンプルな世界を力強く描いてみせる。イスラエルジャズの代名詞でもある複雑なリズムに関しても実に意識的だ。

 「基本となるシンプルなリズムを大切にしているんだ。その基本リズムの間を、同じ間隔の音符で埋めたり、半分の感覚の音符で埋めたり、それだけで一見、複雑にも聴こえる。でも、核となるリズムを大事にして、その骨格が浮かび上がるようにすれば、シンプル且つ美しく響くんだよ」

 無駄を削ぎ落とし、シンプルに響かせた楽曲だからこその力強さは、本作の最大の魅力でもある。

 「音を付け足しても、軸が揺らいだらダメだ。シンプルなラインを完璧に一つの歌として、表現すべきだ。ポール・サイモンの曲はシンプルで、美しいから、すっと入ってくる。どんなジャンルでも、そんな魅力が欠けていると、音楽としてのパワーは生まれないよ」

そんな達観したようなシャイだが、まだまだ自身が成長、進化の途中であることを語る。

 「ウェイン・ショーターが『なぜみんなが知っていることについて聞くんだ?もっと知らないことについて話そうよ』と言ってたけど、自分もそういうスタンスでありたい。今まで自分の中になかったものから得られるものを大事にしているし、常に変化を取り入れているよ」

 その発言に頷いた後に、僕がシャイのライヴを見て、ビートの面白さや繊細なテクスチャーへのこだわりを感じたことを伝えると彼は無邪気にこう答えてくれた。

 「実は10代の頃はテクノにはまってて、ビートを作っていたんだ。当時はスクエアプッシャーが好きだったね、今だとダブステップ、例えばスクリレックスが好きかな」