いまの女性の姿とその連帯を歌った、高揚感に溢れるキラー・チューン

面白いのは、そうした彼女の活動が、ここ最近のフェミニズムの流れや女性のエンパワメントと出会ったことだ。きっと子どもたちの巣立ちという人生の節目とも重なって、刺激を受けたのだろう。『Record』というアルバムを、トレイシー・ソーン自身は〈9曲のフェミニスト・バンガー〉と評している。バンガーとは強烈にアガるキラー・チューンのこと。イギリス人だったら轟音で鳴るアップビートなダンス・ミュージックを思い浮かべるところだが、その通り、ギターとピアノ中心にシンプルにまとめられた『Love And Its Opposite』とはまったく違う、80’sテイストのエレクトロニックなポップ・ソングが集められている。それがいまの女性の姿とその連帯を歌っているのだ。〈さあ、また始まるわよ〉という呼びかけで始まる『Record』というアルバムのタイトルには、たぶんこの瞬間を〈記録する〉という意味も込められている。

おそらくそのコンセプトから生まれたのだろう、本作では若い女性アーティストとのコラボレーションも目玉だ。2曲目“Air”にシンセサイザーとヴォーカルで参加しているのはロンドンのソロ・アーティスト、シュラ。歌詞は〈私は女の子に生まれて/男の子が好きになったけど/男の子はみんなガーリーな女の子を好きになった/私には吸える空気が必要〉という息苦しさから、〈もう気にしない/私は空気のように自由/あなたがいないふりをする〉と少しほろ苦い、でも力強いステートメントへと変わっていく。

そのパワーが最大となるのが、アルバムの中心曲でもある9分間の“Sister”だ。ベースとドラムで足音のようなリズムを刻むのは、ウォーペイントのステラ・モズガワとジェニー・リンドバーグ。さらにはトレイシー・ソーンのアルトに重ねて、コリーヌ・ベイリー・レイが美しい高音のヴォーカルを聞かせている。

2017年1月、大勢の女性が集まって世界の各都市をピンクに染めたウィメンズ・マーチにインスパイアされたという曲は、横と縦に繋がっていく女性のシスターフッドについてこう歌っている。

私に突っかかるな
私のベイビーを傷つけるんじゃない
痛い目に遭うよ

あなたは男
ああ怖い
わかってる、世界はあなたたちのもの
私なんて女の子みたいに戦うだけ

でもいまの私は、私の母親
私の姉や妹
だから女の子みたいに戦うのよ

〈Fight Like A Girl=女の子みたいに戦う〉はへなちょこな男のケンカを指す表現だが、そんな上から目線を逆手にとって、〈そうよ、私は女として戦う〉と皮肉るユーモア。トレイシー・ソーンのエンパワメントには、ありのままを晒せられる知性がある。

 

ダンスフロアという自由が、これまでといまを繋いでいる

他の曲もパーソナルな思い出に裏打ちされていて、痛みや失意もちゃんと描かれているのがいい。レナード・コーエンの歌を聴きながらキスをしたギタリストの男の子に捨てられ、ひどく傷ついたけれど、教わったギターの3コードがドアを開いてくれた――と語る“Guitar”。ミッドテンポで戦時下の家族の歴史と、ロンドンという街への思いを綴る“Smoke”。避妊ピルについての“Babies”では、思春期の悩みも描かれる。〈ちょっと触られるだけで怖くなった/私は無知で、キャシーとクレアの話しか知らなかったし/ハラハラしながら日記を確かめた/だって赤ちゃんは欲しくなかったから〉。

前作『Love And Its Opposite』では、年齢を重ね、母として、中年の女性として表現するトレイシー・ソーンがいたが、『Record』にはどこか活き活きとした新たな解放感がある。最終曲“Dancefloor”で彼女はこう歌い上げる。〈ああ、でも私がいたい場所はダンスフロア/お酒を飲んで/誰かが耳元でいまは夜の3時過ぎだって言うような/他にいたい場所なんてない〉。この曲にあるのは、年齢も役割も何も関係ない、ダンスフロアという自由と、音楽が与えてくれる高揚感。それがこれまでといまを繋いでいる――ひとりの女性に戻ったときの、そんな思いだ。そう言い切れるのはきっと、若い頃のまま大人になったような人。いまのイギリスのカルチャー・シーンで、トレイシー・ソーンが体現するのはそんなフィメール・アイコンなのだと思う。