24年の時を越えて、ふたりがふたたび音を紡ぐ――フォーキーな生音と電子音を重ねながら、最先端のポップソングを創造してきたデュオが復活の理由を明かす!
もう若くないしね
〈そうそう、ベンと私はエヴリシング・バット・ザ・ガールのニュー・アルバムを完成させたので、お知らせしておきます〉――トレイシー・ソーンが何の前触れもなく、まるで事の重大さをカモフラージュするかのようにさらりとツイートしたのは、昨年11月3日のこと。同時にベン・ワットも〈トレイシーと僕は〉と主語を置き換えて同じ文面の発信をし、エヴリシング・バット・ザ・ガール(以下EBTG)が24年ぶりに復活するという驚くべきニュースが世界を駆け巡った。
思えば19歳のときに出会ってEBTGを結成して以来、公私にわたるパートナーとして共に歩んできたトレイシーとベン。いわゆるネオアコ的なスタイルに始まりながらも柔軟に変化を遂げ、のちにThe xxら多数の後輩に影響を及ぼすエレクトロニック・ソウルの境地に辿り着き、グローバルな成功を手にしたわけだが、ふたりの間に双子の娘が誕生したことを機に、10作目のアルバム『Temperamental』(99年)の発表から間もなく活動を休止。それからは子育ての傍らで各々ソロ・アーティスト兼著述家としてマイペースに作品を発表し続け、この間デュオ復活を考えたことは一度もなかったとトレイシーは話す。
「最初の頃は、いずれEBTGの活動を再開するんだろうなとぼんやり思ってた。そうしたらベンは、すぐにDJ業やレーベル経営で新しいキャリアを確立し、私もソロ作品を作りはじめて、ふたりとも忙しくなって。それに家庭を築いていた私たちの場合、仕事だけは別々にするという生き方が合っていたというのもある。仕事も一緒にやるとなると、トゥーマッチっていうときもあるから(笑)」(トレイシー)。
ではなぜいまになってカムバックが実現したのか? ベンに言わせれば、すべてはタイミングに起因するという。
「まずパンデミックが起きて、仕事がすべてストップしてしまったことがある。しかも僕は自己免疫疾患を抱えているから(注:彼は92年に難病のチャーグ・ストラウス症候群に罹り、現在も後遺症が残る)家庭内でも隔離された状態で過ごした。それゆえにロックダウンは非常に辛い体験でね。いろんな規制が解除されたときにトレイシーと、〈さてどうする?〉って話をしたんだよ。各自の活動に戻るのか、それとも新しいことに挑戦するのか、とね。そうしたら彼女が、ふたりでまたコラボしようと提案してくれて、ちょうど子どもたちが独り立ちして日々の生活には大きな空白が生まれたから、〈いまやらなきゃいつやるんだ?〉という気持ちになった。ふたりとももう若くないしね(笑)」(ベン)。
こうしてふたりは、子どもたち以外には誰にも告げずに曲作りに着手する。役割を限定せずにありったけのアイデアを分かち合い、できるかぎりオープンマインドを維持して。
「そもそも〈EBTGの曲を作る〉という意識すらなかった。とりあえず3~4曲を作った時点で、スタジオでヴォーカルを録ったんだけど、トレイシーの声が乗った瞬間、EBTGの曲であることに疑いを挿む余地はなくなったよ。僕が書くコード進行なのか、アレンジなのか、何が関係しているのかよくわからない。でもそこにあの声が加わると、ベン・ワット&トレイシー・ソーンではなくEBTGになる。ふたりで曲を作ると自然に起きる化学反応の過程を改めて観察するのは、非常に興味深かったね。それに、年寄りが作るつまらない音楽になるんじゃないかという心配も杞憂で、聴こえてきたのは、すごくエネルギー値が高いフレッシュな音楽だった」(ベン)。
「何が起きるか様子を見ようという軽いノリだったから自由で解放感があったと思うし、これは間違いなくEBTGなんだと実感したときはすごく興奮させられて、たくさんの可能性が開けたように感じたの。これなら悪くないアルバムが作れるかもって(笑)」(トレイシー)。
いま生きていることを映したサウンド
最終的に完成した11作目『Fuse』は果たして、〈悪くないアルバム〉どころか、EBTGの最高傑作の部類に入る一枚だ。洗練されたエレクトロニック・プロダクションとインティメイトなヴォーカルで形作られた『Temperamental』と『Walking Wounded』(96年)の路線を引き継ぐ作品であることは間違いなく、片やハウス/ガレージに加えてトラップなどの影響も汲んだフロア・フレンドリーでアンセミックな楽曲が揃い、いずれも細やかなニュアンスに富んだサウンド・テクスチャーと、力強くしなるビートに裏打ちされている。

そして、その重厚さを柔らかく受け止めるのが、“Interior Space”をはじめ、ベンの最新ソロ作『Storm Damage』(2020年)にも重なるピアノ・ベースのダウンテンポかつアトモスフェリックな曲群だ。どちらもEBTGらしいメランコリーに貫かれていながら懐古的なところは一切なく、例えば多様なヴォーカル処理を施すなどして時代性をくっきりと刻んでいる。そう、こともあろうにトレイシーの唯一無二の歌声を、以前にも増して深く威厳に満ちた歌声を、ベンは遠慮なく加工しているのである。
「いい例えになるのが、いまや80代の画家デヴィッド・ホックニーなんだ。近年の彼はiPadを使って絵画を描いたり、没入型インスタレーションにも挑戦したりしていて、テクノロジーを恐れない。でも完成した作品は明らかにホックニー。僕らも同じようなスタンスをとったんだ。この20年に起きた大きな変化のひとつは、ヴォーカル・プロダクションの多様化。オートチューンを使ったりピッチを変えることが一般化したよね。トレイシーの声でもやってみようってことになったんだよ」(ベン)。
「やっぱり、自分たちはこの瞬間に生きているという事実を反映させないと作る意味がないし、シンガーって自分の声に飽きやすいから、私はホッとしたくらい(笑)。切り刻もうが何をしても構わない、目一杯やって!と頼んだの」(トレイシー)。
また、ソロ作品でよりパーソナルな表現ができるようになったいま、EBTGとしての作詞へのアプローチにも変化が表れたといい、「いろんなこだわりがなくなって、曲によってはベンと私が歌詞を半分ずつ書いた」とトレイシーは指摘。そして歌詞の背景には現代社会のカオスとテンションが投影され、歌ったり踊ったりする行為にたびたび言及するふたりは、音楽を介した人々の繋がりに希望と救いを見い出しているようでもある。先行シングルの“Nothing Left To Lose”で繰り返される、〈世界が壊れていくなかで、私にキスをして 音楽が鳴っている間、私にキスをして〉というキラー・フレーズが示唆する通りに。
「“No One Knows We’re Dancing”はベンが主催していたクラブ・イヴェント〈Lazy Dog〉にちなんだ曲で、常連だったクラバーたちが曲に登場する。ロックダウン中に生まれたんだけど、歌っていると、どこか別の場所に連れて行ってくれるかのような気がした。ラストを締め括る“Karaoke”も、音楽によって人々がコネクトできるカラオケ・バーを舞台にしている。私たちは、公共の場所で多くの人と音楽を分かち合っているイメージを取り入れていたんだけど、意識的にやったことではなくて、パンデミックを経験したことで自分たちの心に強くアピールしたんでしょうね」(トレイシー)。
そんなアルバムのタイトルに、ふたりはごくシンプルな単語を選んだ。異なる物事の結合と、爆発を起こす導火線を指す〈fuse〉のダブル・ミーニングに惹かれたというが、20年以上の沈黙を経たふたりのシナジーには火が点され、いくつもの小爆発が鈍い光を放つ。 *新谷洋子
エヴリシング・バット・ザ・ガールの90年代の作品を一部紹介。
左から、94年作『Amplified Heart』(Blanco Y Negro/Edsel)、96年作『Walking Wounded』、99年作『Temperamental』(共にVirgin)
おしどり夫婦それぞれの24年間
2000年のEBTGの解散理由には、ビッグになっていく状況への違和感や、育児のためなどが挙げられる。そうした背景ゆえ、以降のふたりの活動も華々しさと距離を置いていた印象があり、ベンは2003年に設立したレーベル、バジン・フライを拠点にハウス界隈での活動に注力。トレイシーは客演したティーフシュワルツの“Damage”(2005年)をヒットさせるも、当初の音楽活動は控えめで、2007年にソロ2作目『Out Of The Woods』をリリースした。
トレイシーの2010年作『Love And Its Opposite』からのシングル“Night Time”では、The xxのカヴァーにあたる表題曲でベンが参加。2012年の『Tinsel And Lights』は、バジン・フライのサブ・レーベル、ストレンジ・フィーリングからリリースされた。2017年にはイワン・ピアソンをプロデューサーに迎えて、ダンサブルな『Record』を発表。ベンは2014年にレーベル運営とDJを休止。シンガー・ソングライターへと立ち返ってリリースした2014年の『Hendra』以降の3作は、ジャジーでブルージーな歌もの盤として、いずれも評価が高い。
また両者は文筆家としても成功。トレイシーの自伝2冊は日本でも出版されて話題を集めていたが、彼女がゴー・ビトゥイーンズのリンディ・モリソンとの友情を通し、音楽シーンにおいて女性であることを掘り下げた「My Rock ‘N’ Roll Friend」(2021年)、ベンが闘病経験を綴った「Patient – The True Story Of A Rare Illness」(96年)あたりの邦訳も期待したいところだ。 *田中亮太
左から、トレイシー・ソーンの2013年の著書「安アパートのディスコクイーン - トレイシー・ソーン自伝」(ele-king books)、トレイシー・ソーンの2018年作『Record』(Merge)、ベン・ワットの2014年作『Hendra』、ベン・ワットの2020年作『Storm Damage』(共にUnmade Road)
メランコリアとダンスする――『Fuse』と聴きたい、エレクトロニックかつセンチメンタルな9作!

ファブリックのミックスに抜擢されるなど注目を集めていたロンドン発のプロデューサーによる初作。ガラージやハウス起点の推進力に溢れたビートのもとで、ロックダウン以降の時代が求めた親密な祝祭ムードを醸す様は『Fuse』に近い。

ヴァンクーバー発ムード・ハットの看板アーティストは、7年ぶりにリリースした本作でメロウな歌ものを展開。彼やパトリック・ホランドなどビートダウン・ハウスから登場した作り手が、インディー・ポップに向かっているのも近年の潮流だ。

コロナ禍の閉塞感を、ミレニアム前後のポップスからのサンプリングとフィールドレコーディングで表した最新作。23年ぶりに復活したEBTGも凄いが、断続的に活動してきた彼女たちがいまだに保つアクチュアリティーもきちんと評価されるべき。

デビュー以降、The xxやジェイムズ・ブレイクを引き合いに出されてきた彼女の歌声に漂うメランコリアは、EBTGに通じるものがある。この3作目はアフロビーツやレゲトンのリズムを導入。いつになく晴れやかな表情が眩さを放つ。

NIA ARCHIVES 『Sunrise Bang Ur Head Against Tha Wall』 Island(2023)
90年代後半のEBTGはドラムンベースを採り入れていたが、こちらは昨今における同ジャンルの隆盛を象徴してきたプロデューサーの最新EP。ジャングル・ビートとラテン・ギターを重ねてベン・ワットいわくの〈21世紀のボサ・ノヴァ〉を更新。

近年はフロア仕様のバンガーなリリースが続くジェイミーやロミーを思うと、The xxのEBTG的アンニュイさをいま継承しているのはオリヴァーだろう。本隊での作品にも増しての耽美でゴスなムードに、彼の作家性が窺える。

アンビエントR&Bの代表格とされてきた米シンガーの最新作は、ベルリンのOCA勢らUK~EUの電子音楽畑からの参加が多数。“Happy Ending”などを手掛けたLSDXOXO特有のソリッドかつ細やかなビートが、主役の艶と好相性を見せている。
元シャムキャッツのフロントマンが始動したソロ・プロジェクトの初作。サウダージな感傷をエレクトロニックなプロダクションに染み込ませる手腕はEBTG的であり、特にガラージ調の“水坑”は“Nothing Left To Lose”と並べて聴きたいところ。

共に南アメリカをルーツに持ちつつNYを拠点に活動する男女プロデューサーがコラボしたEP。物憂げなメロディーとアンビエントなトラックを洒脱な手つきで重ねたサウンドに、ディープ・レゲトンを通過したEBTGといった雰囲気が漂う。 *田中亮太
