“媚びない、めげない、挫けない” 梶芽衣子、ロックを歌う。
梶芽衣子がもどってきた。その手がにぎっているのは長ドスでもピストルでもなく、マイクである。
『女囚さそり』や『修羅雪姫』、『曽根崎心中』などの映画、あるいは「寺内貫太郎一家」から「鬼平犯科帳」に至るテレビ・ドラマなどで60年代から半世紀以上にわたって活躍し、独自のポジションを築いてきたこの名女優は、クエンティン・タランティーノ『キル・ビル』(言うまでもなく『修羅雪姫』へのオマージュ)などの影響もあって海外にも多くの熱狂的ファンを抱えるわけだが、同時に、歌手としても輝かしいキャリアを持っている。
70年代には『女囚さそり』のテーマ・ソング《怨み節》(72年)や同じく『修羅雪姫』の《修羅の花》(73年)などのヒット曲を放ち、数多くのアルバムも発表した。80年代以降途絶えていた歌手活動を再開させたのは10年ほど前のことで、2011年には阿木燿子&宇崎竜童コンビが大半を書き下ろしたミニ・アルバム『あいつの好きそなブルース』をリリース。それから7年を経て今回登場した新作が『追憶』だ。書下ろしのフル・アルバムとしては、なんと75年の『きょうの我が身は…』以来となる。
が、43年ぶりということ以上に『追憶』がファンを驚かさせたのは、そのサウンドの大半がハードなロック調だったことである。梶芽衣子の歌=《怨み節》に象徴されるヤサグレ演歌調…そんな強固なイメージを完全に覆した作品なのだ。梶はこう語る。
「28年弱も続いた『鬼平犯科帳』が一昨年終了して間もなく、ロック・ミュージシャンの鈴木慎一郎さんが一緒にレコードを作りたいと言ってきたんです。で、昨年EP盤『凛』を出したら、それを元にしたアルバムも作ろうということになって」
ロック版《怨み節》など『凛』の3曲に、新たに7曲が書き下ろされたニュー・アルバム『追憶』はかくして生まれた。ちなみに、ほぼ全曲の作詞・作曲、プロデュースを担当した鈴木慎一郎は、『きょうの我が身は…』など70年代の梶のアルバムのプロデューサー・鈴木正勝の息子であり、梶とは赤ん坊の頃からのつきあい。そんな関係もあってか、ほとんどの楽曲が“人間・梶芽衣子”をダイレクトにイメージしたものばかりだ。最近梶が上梓した自叙伝『真実』の帯にも大きく刻まれていたように、“媚びない、めげない、挫けない”という信条に忠実に生きてきた女の人生を活写した歌である。
未経験の、そして従来のイメージを覆すロック・サウンドへの戸惑いや抵抗感はなかったのか?
「全然。ロック、カッコいい! と思いました。だいたい私、盆踊りの手拍子みたいなイントロで始まる《怨み節》が昔から大嫌いだったんです(笑)。だから、この新作の録音はすごく楽しめた」
歌入れは、大半の曲が1テイクでOK。録音に際してのヴォイス・トレーニングなども一切しなかったという。常に臨戦態勢の梶ならでは。
「昔からずっとそうなんです。発声練習とか一度もしたことないし、歌い方もすべて自己流。いつも、自分の思ったように自由に歌ってきた。歌だけでなく、芝居でもそう。こうやってくれとか指示されるのは嫌いなんです。でも、ディレクターや監督とぶつかることはほとんどなかった」
ちなみに、収録された全10曲中、セルフカヴァーの《怨み節》以外にも1曲だけ鈴木の歌詞でないものがある。大人の男女の切ないプラトニック・ラヴを描いた《触れもせず》。書いたのは、70年代に梶にたくさんの歌詞を提供した浅木しゅんだ。
「これは『寺内貫太郎一家』の脚本家・向田邦子さんと演出家・久世光彦さんをイメージして書かれた歌で、未発表のままずっと私が手元で保管してきたんです。今回やっと世に出せて、ほっとしました」
梶芽衣子、71才。ロックな女が歌い上げたアルバムには、様々なドラマが描かれている。
梶芽衣子 (Meiko Kaji)
1947年3月24日生まれ。東京都出身。1965年スカウトにより日活映画『青い果実』にて初主演。本名の太田雅子から芸名の梶芽衣子に変えた後、70年代には『野良猫ロック』『女囚さそり』『修羅雪姫』等のシリーズで人気を確立。TVでは「寺内貫太郎一家」(TBS)、「鬼平犯科帳」(フジテレビ)などで活躍。「怨み節」で1973年日本有線大賞を受章。