多種多様なキャラクターを演じわける役者としての優れた表現力や独特な佇まいが、ひとたびマイクを握れば音楽の世界でも活きる俳優たち――。専業のアーティストとはまた一味違った趣に溢れる彼らの歌が、時にその時代を象徴する大ヒットや長く聴き継がれる名曲となることは少なくありません。そんな役者ならではの歌の魅力に迫るべくスタートした連載〈うたうたう俳優〉。音楽ライターにして無類のシネフィルである桑原シローが、毎回、大御所から若手まで〈うたうたう俳優〉を深く掘り下げていきます。
第9回は、芸能生活60周年を迎えた今年、記念アルバム『7 rosso(セッテロッソ)』のリリースやコンサートの開催など音楽活動に力を注いでいる梶芽衣子をピックアップ。「女囚さそり」「修羅雪姫」シリーズなど数々の名作を通じてそのカリスマ性が日本のみならず海外でも熱く支持されている彼女の〈歌手〉としてのキャリアを振り返ります。 *Mikiki編集部
「キル・ビル」で世界的知名度を得た梶芽衣子の歌声
永遠のクールビューティー、梶芽衣子。映画産業斜陽期に生み出された徒花的名作群において異形のヒロインを演じた彼女へのリスペクトの声はいまも鎮まることはなく、むしろ昨今いっそう高まりをみせているように感じられてしかたない。アカデミー5部門を受賞した「ANORA アノーラ」の監督、ショーン・ベイカーがストリップダンサー役を演じて主演女優賞を獲得したマイキー・マディソンに、演技の参考資料として梶の代表作「女囚701号/さそり」を勧めていた、といったエピソードなどからもわかるように、彼女のカルト的な人気は海を越えて大きく轟いているわけだが、ここにきてシンガーとしての再評価運動も活発に行なわれていることにはただただ驚かされる。

クエンティン・タランティーノが2003年作「キル・ビル Vol.1」において“修羅の花”(1973年)と“怨み節”(1972年)をフィーチャーしたことにより世界的知名度を得た彼女の歌声。シネフィルのみならず、好奇心旺盛な音楽ファンをも巻き込んでの盛り上がりをみせたわけだが、あれからも彼女の音楽を求めるリスナーたちは後を絶たないようで、2023年から、フランスのリイシューレーベル、ウィウォントサウンズよりオリジナルアルバム5枚のリイシューがスタートするという快挙も実現、そのうちの1枚がフランスのヒットチャートで100位台に入ってしまうという信じられない出来事まで発生した(それからアルゼンチン出身のデュオ、カンデ・イ・パウロが彼女との共演で“修羅の花”を発表したことにも驚いたな)。
そして現在の彼女はというと、芸能生活60周年を記念したコンサート〈セッテ ロッソ〉を開催して成功裡に終えるなど(客席には海外からやってきたと思われるお客さんも多数発見されたとのこと)、積極的に歌手活動を展開中。2024年には、名匠・増村保造が彼女に書き送った歌詞にメロディーをつけた“恋は刺青”や、“修羅の花”のリメイク版などを含む力の入ったアルバム『7(セッテ)』が話題となったばかりだし、天が二物を与えてしまったことを証明するのはいまが最適だと思い、こうして本稿に着手した次第。