多種多様なキャラクターを演じわける役者としての優れた表現力や独特な佇まいが、ひとたびマイクを握れば音楽の世界でも活きる俳優たち――。専業のアーティストとはまた一味違った趣に溢れる彼らの歌が、時にその時代を象徴する大ヒットや長く聴き継がれる名曲となることは少なくありません。そんな役者ならではの歌の魅力に迫るべくスタートした連載〈うたうたう俳優〉。音楽ライターにして無類のシネフィルである桑原シローが、毎回、大御所から若手まで〈うたうたう俳優〉を深く掘り下げていきます。

第9回は、芸能生活60周年を迎えた今年、記念アルバム『7 rosso(セッテロッソ)』のリリースやコンサートの開催など音楽活動に力を注いでいる梶芽衣子をピックアップ。「女囚さそり」「修羅雪姫」シリーズなど数々の名作を通じてそのカリスマ性が日本のみならず海外でも熱く支持されている彼女の〈歌手〉としてのキャリアを振り返ります。 *Mikiki編集部

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「キル・ビル」で世界的知名度を得た梶芽衣子の歌声

永遠のクールビューティー、梶芽衣子。映画産業斜陽期に生み出された徒花的名作群において異形のヒロインを演じた彼女へのリスペクトの声はいまも鎮まることはなく、むしろ昨今いっそう高まりをみせているように感じられてしかたない。アカデミー5部門を受賞した「ANORA アノーラ」の監督、ショーン・ベイカーがストリップダンサー役を演じて主演女優賞を獲得したマイキー・マディソンに、演技の参考資料として梶の代表作「女囚701号/さそり」を勧めていた、といったエピソードなどからもわかるように、彼女のカルト的な人気は海を越えて大きく轟いているわけだが、ここにきてシンガーとしての再評価運動も活発に行なわれていることにはただただ驚かされる。

梶芽衣子 『梶芽衣子全曲集』 テイチク(2004)

伊藤俊也, 梶芽衣子 『女囚701号 さそり』 東映ビデオ(2014)

クエンティン・タランティーノが2003年作「キル・ビル Vol.1」において“修羅の花”(1973年)と“怨み節”(1972年)をフィーチャーしたことにより世界的知名度を得た彼女の歌声。シネフィルのみならず、好奇心旺盛な音楽ファンをも巻き込んでの盛り上がりをみせたわけだが、あれからも彼女の音楽を求めるリスナーたちは後を絶たないようで、2023年から、フランスのリイシューレーベル、ウィウォントサウンズよりオリジナルアルバム5枚のリイシューがスタートするという快挙も実現、そのうちの1枚がフランスのヒットチャートで100位台に入ってしまうという信じられない出来事まで発生した(それからアルゼンチン出身のデュオ、カンデ・イ・パウロが彼女との共演で“修羅の花”を発表したことにも驚いたな)。

そして現在の彼女はというと、芸能生活60周年を記念したコンサート〈セッテ ロッソ〉を開催して成功裡に終えるなど(客席には海外からやってきたと思われるお客さんも多数発見されたとのこと)、積極的に歌手活動を展開中。2024年には、名匠・増村保造が彼女に書き送った歌詞にメロディーをつけた“恋は刺青”や、“修羅の花”のリメイク版などを含む力の入ったアルバム『7(セッテ)』が話題となったばかりだし、天が二物を与えてしまったことを証明するのはいまが最適だと思い、こうして本稿に着手した次第。

梶芽衣子 『7(セッテ)』 徳間ジャパン(2024)

 

正調任侠演歌から藤圭子に通じる捨て鉢な“怨み節”へ

彼女が歌手活動を始めたのは、スタートラインである日活において、マキノ雅弘が命名した〈梶芽衣子〉として新たな船出を飾ってから程ない1970年のこと(本名の太田雅子時代にも出演映画で歌声を聴かせているが音盤化されていない)。デビューシングルは、石井輝男監督作「怪談昇り竜」の主題歌“仁義子守唄”(1970年)で、正調任侠演歌に仕上がっている。

東映に移籍後にリリースされた「銀蝶」シリーズの主題歌を表題としたファーストアルバム『銀蝶渡り鳥』(1972年)には、デビュー曲と同系統の演歌や当時流行していたムード歌謡タイプの楽曲がひしめき合っているが、ここで注目したいのは楽曲に応じて声のトーンを変えるなど多彩な引き出しを有する歌い手であることをしっかりアピールしている部分。シンガーズ・スリーのコーラスを伴った“浜辺のメルヘン”などは、小川知子のヒット曲にも似た哀愁ムードもまた彼女のカラーのひとつなのだと伝えてくれる。

そんな彼女の個性を決定づけたのは、「さそり」シリーズの第1弾「女囚701号/さそり」で歌われ、1972年にリリースされたシングル“怨み節”。「キル・ビル Vol.1」のエンドロールに登場したあの曲だ。いわゆる演歌調の作りで、同時期に人気を誇った〈怨歌〉の歌姫、藤圭子との血脈を感じさせる捨て鉢な歌唱が冴え渡っている(やさぐれ感が数割増しの藤圭子によるカバーもこれまた絶品)。

レコーディングの際、「さそり」を監督した伊藤俊也から、三上寛のように歌ってほしいと提言された、とインタビューで語っているが、彼がたぎらせる情念とは異質なクールな諦念といったものを纏わせているところが印象的で、どこか都会的な風情を感じさせるあたりが肝になっている感もある。とはいえ、周囲からこっぴどく痛めつけられ、踏みにじられながらも寡黙に耐え忍ぶ地球上もっとも不幸なヒロインの独白というべきここでの歌唱は、聴き手を黙らせるような静かなる迫力を秘めている(なお「さそり」シリーズ内では、さまざまなバージョンの“怨み節”が登場するのでぜひチェックされたし)。

もうひとつの重要曲は、「キル・ビル Vol.1」のイメージの源泉となった東宝作品「修羅雪姫」の主題歌である“修羅の花”だ。平尾昌晃が作曲した哀感溢れるメロディーに乗っかった彼女の歌声には、悲しみの向こうにある透明な感情といったものが宿っており、その刹那的なきらめきにはゾクッとする感覚をおぼえずにはおかない。

 

大野雄二の提供曲で歌い手として天性のセンスを発揮

同じ年にリリースされたアルバム『やどかり』(1973年)がこれまた素晴らしい。阿久悠、吉田旺、そして長谷部安春といった面々が彼女を思い浮かべながら書いたと思わしき滋味深い物語が並ぶ本作。各曲にじっくり耳を凝らしてみると、それぞれの世界にどう溶け込むべきか思案する彼女の姿が浮かんでくるというか、自身が手探りでボーカルディレクションを押し進めていったと思わしき痕跡が多々見受けられるのだが、いずれにおいても確かな成果を挙げており、独自のスタイルを築き上げることに成功している。

梶芽衣子 『やどかり』 テイチク(1973)

ハイライトは、テレビドラマ「戦国ロック はぐれ牙」に使われた“はぐれ節”と“牙のバラード”の2曲。どちらも劇伴界のレジェンドにしてジャズ界のマエストロである大野雄二が手掛けていて、イカしたジャズファンクな前者、ジャジーでブルージーな後者共々、和モノリスナーから絶大な支持を得ている。とりわけ“牙のバラード”で時折顔を出すファルセットのセクシーな響きには歌い手としての天性のセンスを感じさせるし、また海外の新規リスナーにも訴求しうる魅力が詰まっていると思う(ちょうどウィウォントサウンズからのリイシューが実現したばかり)。

ところで1973年といえば、藤田敏八監督の演出による〈梶芽衣子新宿アウトロウ ショー〉なる伝説のコンサートも開かれている。ソウル・メディアの稲垣次郎が演奏を仕切り、三上寛、ジョー山中に加えて土方巽まで出演したこのワンマン公演は、モノホンのライオンが入った檻のうえで歌う場面が登場するなど、相当にヤバいパフォーマンスが繰り広げられたようだ。とにかく一度でいいから当日の音源を聴いてみたい。

 

不良性感度を封印し、洒落た感性を噴出させた名盤

と、ここまで紹介してきたのは女優・梶芽衣子のイメージから派生した楽曲・作品群だったりするわけだが、1974年に発表された『去れよ、去れよ、悲しみの調べ』はそれらとは別枠扱いすべきというか、彼女のディスコグラフィーのなかでも異質な存在感を放つアルバムだ。たぶん本作を語るうえでもっとも相応しいのは、ソフトロックの名品なる形容詞だろう。

シングルにもなった“この新しい朝に”をはじめ、本作での彼女はいしだあゆみに通じるコケティッシュなウィスパーボイスを駆使しながら、松任谷正隆、かまやつひろし、大野克夫、下田逸郎といったミュージシャンがクリエイトしたアーバンでポップなサウンドにバッチリ対応。不良性感度をキッパリ封印してみせ、江戸っ子らしい洒落た感性を一気に噴出させた感のある一作であり、梶芽衣子というブランドから切り離しても広範囲にわたる支持を獲得できうる名盤となっている。

ここまでがテイチク時代のラインナップ。ポリドール移籍後は、表現者として成熟した姿が記録されたアルバム『きょうの我が身は……』(1975年)、“欲しいものは”(1977年)をはじめとする阿木燿子・宇崎竜童コンビによるシングル曲などが代表的な仕事として認識されている。

 

歌手・梶芽衣子の素晴らしさとは?

そして近年、コンスタントに音楽活動を行なっている彼女だが、2024年作『7(セッテ)』を筆頭に、パワフルなロック歌謡調のナンバーを多く発表してくれているのがなんだか嬉しい。最近届いた新曲“き・せ・つ”もエモーショナルなボーカルが光るバラードになっていたし(今年リリースされた新たな作品集『7 rosso(セッテロッソ)』に収録)、未来に向けてのいろんな楽しみが湧き上がってきて、たいへん頼もしいかぎり。

梶芽衣子 『7 rosso(セッテロッソ)』 徳間ジャパン(2025)

クールなまなざしと直結した独特な響きや色彩を放つ梶芽衣子の歌声。どんな場合でもけっして聴き手に媚びたりしない凛とした佇まいがどんな時代においても魅惑的な輝きを放つことをいまや多くの人々が認識できている。アウトサイダー的な雰囲気をまとった怨み節から少女のような声を聴かせるポップスまで自身の声を変幻自在に操れるところ、これもまた素晴らしい。最後に、彼女が敬愛するシンガーだが、海外ではエラ・フィッツジェラルド、日本人では美空ひばりの名を挙げている。そして初めて買ったレコードは、エルヴィス・プレスリーの“Love Me Tender”だそう。

 


PROFILE:桑原シロー
1970年、三重県尾鷲市生まれ。音楽ライター。2000年代半ば、タワーレコードが発行するフリーペーパー「bounce」の編集業務に携わり、退社後、フリーランスの音楽ライターとして活動。雑誌/ウェブを中心に記事を執筆。インタビュー、ライナーノーツ執筆などを行なう。ロック、ジャズ、歌謡曲など幅広い音楽ジャンルに精通し、映画、芸能、お笑いの分野にも活動範囲を広げている。2014年から、日本のディープサウス、熊野在住の異能のギタリストのマネージャーも務めている。