Come Over Again
グラミー受賞歴もあるR&Bシンガーのエステルが、世界最大のレゲエ・レーベルに移籍! 『Lovers Rock』なんてずいぶん直球なタイトルだけど、ロンドン仕込みの自由な感性を活かしながら作った音は、やはり一筋縄じゃいかなくて……

ESTELLE Lovers Rock VP(2018)

 

レゲエ好きをワクワクさせるトピックがいっぱい!

 キャリア初期にはUKガラージ経由でサウンドシステム・シーンと密に絡み、その後もショーン・ポールやジプシャンとのコンビネーションが高く評価されてきたエステルだから、NYにあるレゲエ最大手レーベルのVP入りしたことを大騒ぎするのは野暮でしょう。それでもこの移籍第1弾アルバム『Lovers Rock』は、トーラス・ライリーや大注目のフッドセレブリティといった客演陣の顔ぶれをはじめ、レゲエ好きがワクワクするようなトピックでいっぱい。とりわけ、ニュー・ルーツ調の“Karma”からアリワ産の女性ヴォーカル作品を思わせる“Lights Out”へと繋いだ中盤の流れが素晴らしく、ロンドン育ちならではと言ったところ。彼女のファンなら“American Boy”でUK女子らしさを全面に出し、US進出を成功させた頃の策士ぶりを思い出すかもしれません。また、コンシェンス参加のソカ・チューンや先行シングル“Better”でのイマっぽいフワフワしたエフェクトを、翳りのあるエレガントな歌声で彩っていくあたりも流石。タイトルに反してラヴァーズ・ロックはごく一部だし、純レゲエ作品ではないけれど、現行シーンの王者であるクロニクスを従えて新天地でクイーン宣言してしまう不敵さよ。持ち前の折衷感覚で己の〈Lovers Rock〉を堂々と表現する姿に痺れます。 *山西絵美

 

持ち味を活かしたソウルフルなR&B作品

 かつて〈UKのローリン・ヒル〉などと形容されたことを覚えている人がいるかどうか知らないが、もともとロンドンに生まれ育って折衷的な音楽性を養い、ラップからキャリアを始めたエステルのヴァーサタイルなアーティスト性は、そもそもサウンドのスタイルを選ばないものであった。そうでなくてもジョン・レジェンドを後ろ盾にした全米デビュー作『Shine』(2008年)には、ジェリー・ワンダーがレフージー作法でボブ・マーリーをネタ使いした“So Much Out The Way”があったし、何よりスーパー・ダップスの手によるラヴァーズ“Come Over”はそこからVPのコンピ『Reggae Gold 2009』にも収録されてクロスオーヴァーに成功していたのだ。そんなわけで自身名義の作品がしばらく途絶えて以降、一方ではデヴィッド・ゲッタ“One Love”の客演を契機とするハウス~EDM方面への道もひとつの選択肢だったはずだが、今回VPと契約して作り上げた待望の新作『Lovers Rock』は自身のルーツや辿ってきた道を自然に反映した最高の一枚となっている。

 主軸となる楽曲を手掛けたのは、先述の“Come Over”以来の手合わせとなるスーパー・ダップス。VP色と彼女自身の持ち味を結び付ける伸びやかな作りはどれも絶品だ。また、ルーク・ジェイムズを迎えた冒頭曲“So Easy”は先述のジェリー・ワンダーによるものだし、アーシーな“Karma”とシメのダンスホール“Slow Down”を手掛けたヒップホップ畑のリーファは前作『True Romance』(2014年)にもレゲエの“She Will Love”を提供していた人で、つまりは以前から主役のレゲエ・コンシャスな側面を引き出してきた腕利きが今回もしっかり援護しているということになる。ハーモニー・サミュエルズが声ネタ使いでアイランド情緒を誘引する“Better”、アンドレ・ハリスがジャズミン・サリヴァン風に仕立てた“Lights Out”など、R&B職人たちなりのアプローチも濃密で心地良い。分類上のあれこれはともかく、コクのあるR&B、芯のある歌モノを聴きたい人にはソウルフルな名作として大推薦しておきたい。最高すぎる。 *出嶌孝次

エステルの作品。