T字路sという名の甘美な感電体験がまたしても。2年ぶりの新作『PIT VIPER BLUES』は、いまを生きる生活者のブルースを追い求めるこのデュオの魂の叫びがこれまでになくダイレクトに刺さる作品に仕上がった。制作時、伊東妙子と篠田智仁が念頭に置いていたのはただひとつ。〈たったふたりで成立するものを作る〉ということだ。

T字路s PIT VIPER BLUES felicity(2018)

 「前作『T字路s』はゲストありきで曲を作ったところもあったんですが、バンド編成で〈ワンツースリーフォー……〉で録ると、T字路sっぽくならなくなると気付いたんです。特にベースは普通になっちゃう感覚があって」(篠田)。

 「自分たちのノリが出せるアルバムを作ってみようか、って進んでいったんです。試してみるとわりとすぐに答えが出るから、どんどん転がっていく感じもあって。突き詰める作業がシンプルだからか、確かな手応えを得ながらやれた気がします」(伊東)。

 呼吸をしっかりと合わせるというごくシンプルな方法を突き詰めていけば、何物にも代えがたい強さを獲得することが可能。そんな確証が得られたならばそりゃ無敵というもの。さらに「ふたりだから、とあえて限定しなくてもいい」(伊東)という自由な発想を拠り所に、多様なリズムを試しつつさまざまな答えを掴まえにいくここでのふたり。モータウン調の“孤独と自由”やエディ“タンタン”ソーントンの眩いトランペットをフィーチャーしたロックステディもの“Eddie”、佐藤良成(ハンバート ハンバート)によるフィドルが哀愁を誘うT字路s流ジプシー・スウィング“逃避行”などヴァラエティーに富んだ曲が並び、柔軟性こそ彼らの大きな魅力だと改めて実感させられる。

 「これまではブルースに寄ったアレンジに向かおうとする意識がどこかで働いていたかもしれないけど、今回は妙ちゃんが作ったデモのイメージに合うリズムは何なのかをひたすら追い求めたところがありますね」(篠田)。

 また、前回は「ベースをほとんど弾かなかった」と語っていたのが印象的だった彼だが、さて今回は?

 「前回は〈引き算をしなければ〉という考えが多少あったんですけど、本当の引き算ができていなかったかも。今回は自然と音数を減らすことができましたね。とにかく曲が良かったから目立たなくても成立するというか、俺は奥に隠れていればいいかなって」(篠田)。

 それから随所で聴かれる良い抜け具合の歌声も大変心地良い。特に牧歌的なメロディーを持つ“遠くはなれて”のニュートラルな表情はひとつの進歩の証とも言える。

 「曲に合うようにやったら自然に力みなく歌えたんです。“遠くはなれて”は歌詞とメロディーがほぼいっしょに出てきて、一瞬で出来た曲。内田(直之)さんの最終ミックスを聴いたとき、〈ああ、私はこういう曲が作りたかったんだ〉って思えたんですが、それが不思議で嬉しい体験で。今後作りたい曲の大きな柱になるに違いないって」(伊東)。

 それにしても、こんなに〈歌〉に溢れた作品もそうはないと思う。サウンドの一部としてではなく、厳然としてそこに〈歌〉がある、という印象を抱かせる音楽が生命力豊かに存在しているのだ。

 「結局はそれがすべてだと思っていて、ベースを弾かなくていいというのもそこに繋がっているんですよね。曲の世界観を最大限に広げたい、と常に考えているんですが、今回はまだまだいろんな曲が作れると思えたし、妙ちゃんの歌の世界を広げられるんじゃないかなって実感も得られた」(篠田)。

 「このまま終わってほしくない、と思えたレコーディングはこれが初めてだったんです。完成したときも、〈やった!〉というよりは〈寂しい〉って感じで。永遠にやっていたかった」(伊東)。

 その充実感、次へと引き継がれていく感覚はあるのだろうか?

 「はい、もうすぐ作りたいぐらい!」(伊東)。

 


T字路s
元DIESEL ANNの伊東妙子(ギター/ヴォーカル)とCOOL WISE MANの一員としても活動する篠田智仁(ベース)によるデュオ。2010年に結成、同年に初作『T字路s』を発表。2012年作『マヅメドキ』、2013年作『これさえあれば』を送り出したのち、2015年にはカヴァー集『Tの讃歌』をリリース。2016年には映画「下衆の愛」に主題歌“はきだめの愛”を提供し、翌2017年には同曲も収めた初のフル・アルバム『T字路s』を発表。また、ライヴ活動も精力的に行っており、〈フジロック〉や〈RISING SUN〉をはじめとする多くのフェスやイヴェントへも出演を重ねている。徐々に知名度を高めるなか、このたび、ニュー・アルバム『PIT VIPER BLUES』(felicity)をリリースしたばかり。