新鮮な経験も多かった海外生活を糧に、全曲で言葉を綴った新作が完成。歌手デビューから10年を迎え、段階を踏みながらチャレンジを繰り返してきた音楽表現は、さらに深い領域へ……
音楽への取り組み方に変化が
アーティスト・入野自由――そんな表現も、いまやしっくり馴染むものだろう。声優/俳優としてその名を広め、シンガーとしてデビューしたのが2009年。今年6月で丸10年を迎えるキャリアもさることながら、創り出されていく音楽は、アニメや海外ドラマなどの〈声〉を通じて彼のキャラクターに惹かれていったファンを越えたところにも響いていて、特に近年は自身のカラーを作品に色濃く反映。音楽へと向き合う意識の変化や成長を感じさせるものになっている。
「確かに、意識は大きく変わってますね。デビュー1年目とかは、自分がどういう曲を歌いたいのかをはっきりとわからないながらに歌って、レコーディングってこうやってするんだとか、知らないことばかりで、とにかく一生懸命取り組みました。それから音楽活動を続けていくうちに楽しくなって、もっと音楽を知りたいなと思うようになりました。そんな頃に、〈glee〉という海外のミュージカル・ドラマの吹き替えをやって、そこで洋楽のおもしろさを知ったんです。それこそブルーノ・マーズからプリンスやマイケル・ジャクソンなど昔のものまで、本編で歌われていた原曲をあれこれ聴くようになって。そういうインプットの時期があって、作品への取り組み方が変わっていったのがデビュー5年目ぐらいからです。自分のやりたいこともどんどん明確になっていきましたし、自分が好きなものっていうのがだんだんわかってきた感じはありますね」。
自分が好きなものを自分の作品のなかに映すというトライは、2016年のアルバム『DARE TO DREAM』あたりから顕著になったと言えるだろう。彼自身も「自分のなかですごく大きな作品になった」と語るこの作品では、“トップランナー”の作詞にRHYMESTERのMummy-Dを迎えていたり、“Crazy Love”の作詞/作曲/編曲をスクービードゥーのマツキタイジロウが手掛けていたりと、それこそブルーノ・マーズを聴いて目覚めた彼のなかのファンクネスのようなものも形にしている。また、前作となる2018年の3曲入りシングル“FREEDOM”では、向井太一を作詞/作曲で全面フィーチャー。「また大きな作品が出来てしまった」とこれまた嬉しそうな表情で振り返る彼だが、新たに届けられたミニ・アルバム『Live Your Dream』もまたさらに!……といった感じだ。今作でのトピックはまず、彼自身がすべての詞を編んでいるところ(共作を含む)。一昨年、語学の勉強を兼ねて半年ほど海外生活を送り、また、バックパッカーで旅をしていた日々が、そのモチーフになっている。
「以前からディレクターに〈作詞をしてみては?〉って言ってもらっていて、自分ではなかなか踏ん切りがつかなかったんですけど、海外にいるあいだに、せっかくだし、そのときにしか感じることができないようなことを書いてみようかなと思いました。そのときに起こったことをメモしてから整理していったり、最初から歌詞っぽく書いてみたり、作り方はいろいろで。アルバムを作るっていう前提ではなく、まずは一曲書いてみようと思い、書き上げたものが“sayonara baby”でした。それをディレクターに送ったら、〈良いですね。じゃあ、進めてみましょうか〉と」。
その“sayonara baby”は、彼の語学留学中に出来た友達のことを歌ったもので、ノスタルジアを湛えたメロディーが優しく寄り添うピアノ・ナンバーだ。
「留学中は、いつもの道を通って同じ時間に同じ場所に行くっていう日々を久しぶりに経験しました。最初は違和感があったのに、それが日常になり、友達が出来て、その友達が10代とか20代前半だったんですが、彼の影響もあって、自分もどんどん精神年齢が下がっていって……(笑)。それが不思議な感覚でした。僕の詞も今振り返ると青臭い感じがします。でも、そこが気に入っています。聴いたときにちょっと切ない感じがするけど、〈楽しかったね〉って思い出話をしてるような歌にしたいっていうイメージを編曲の松本良喜さんにうまく汲み取っていただきました」。
自分の体験を引き出して
出来上がった詞をもとに作家陣が曲を編んでいく。おおまかなイメージは彼から伝えたそうだが、基本的にはどんな曲が上がってくるのかを楽しみにしていたという。
「“Monet”の詞は、画家のモネの家に行ったときのことを書いていて、帰りの道を歩いていたときに、横をすごいスピードで車が次々と通り過ぎていったんです。そんななかで、自分がちょっと前に感じていたことを思い出して。同世代や下の世代にどんどん追い抜かされてるんじゃないか……そんなふうに焦っていた時期のことを。ただ、その気持ちをストレートに書いたのではなく、あくまでもそこで目にしたものをもとにしていて。曲のイメージも雑踏のなかで歌ってるぐらいの感覚でしたね」。
パリ郊外のうららかの日差しを運んでくるようなギター・サウンドが、詞の背景にあるネガティヴなテーマを前向きな雰囲気へと囃し立てている“Monet”。それに続く“Lazy morning”では、2度目の顔合わせとなるマツキタイジロウが、ファンキーなナンバーをプレゼントしている。
「日本に帰ってきてから、日曜日だったか、遅く起きた日にボーッとブルーノ・マーズのライヴ映像を観てたときに書いた詞なんですけど、〈これをどう活かせばいいんだろう?〉って悩んでたときにディレクターから提案があり、〈そうだ、マツキさんなら大丈夫だ!〉と思いました。曲になるのが楽しみだったんですけど、〈これだ!〉っていうものが出来上がって。軽快な感じとか、自分のなかに足りないなあって思ってたところを、マツキさんの曲とギターの音と雰囲気が全部作ってくれました。今回、マツキさんには“Monet”のギターも弾いてもらってるんです」。
さらに、“例えば歌が日記だったら”では、SNS上で独創的なプレイを公開して話題となったギタリスト、ichikaと作曲/ギターでコラボ。
「彼のギターが僕の曲に融け込むとどうなるんだろう?っていうのはすごく興味があって。もちろん、彼にギターを弾いてもらいたかったし……っていうので弾いてもらったら、いままで僕が歌ってきたもののなかでも異色なものになりましたね。僕の歌と一緒にギターが歌ってる、デュエットしてるような感覚でした」。
アルバムのエンディングは、スペインでのお祭り体験そのままのテンションで送る“MASCLETA”。そして、出来上がった順序では最後の“誰からも愛されるあなたのように”は、リード・トラックとしてアルバムの冒頭に置かれることとなった。
「海外にいるあいだ、大好きな先輩と一緒に旅をしたんですが、そのときの思い出や、その人との約束を歌っています。この曲は、日本に帰ってきてしばらくしてから書きました。誰かのために書く曲があってもいいかも、と。いままでは、もらった詞に対して世界観をイメージして、自分が体験した出来事と結び付けたり、まったく違う世界を想像したりっていうところで歌っていたんですけど、今回はどうやっても自分の思い出というか、あった事実と直結するので、それを引き出して歌うのがすごく新鮮でした。明確にその人、その時間、体温とか匂いっていうのが出てきたので、おもしろかったです」。
作品により深く関わることで、ミニ・アルバムというコンパクトなパッケージながら、アーティストとしての器をグンと広げた印象を与える『Live Your Dream』。活動10年目を迎えた、そしてこれからも長く歌い続けていくであろう彼にとって、意義深い作品であることは間違いない。
入野自由の作品。
『Live Your Dream』に参加したアーティストの作品。