(左より)大内篤、大久保潤也
 

アナがミニ・アルバム『時間旅行』をリリースした。ヴォーカリストの大久保潤也とギタリストの大内篤による2人組は、中学生時からともに音楽制作をはじめ、地元・福岡のインディー・シーンで〈アンファン・テリブル〉と騒がれるなか、2005年に全国デビュー。同時代のヒップホップやダンス・ミュージックの要素を採り入れたうえで、感傷的な思いを綴ったポップソングを武器に、多くのリスナーから愛されてきた。2010年にはSECOND ROYALに移籍し、それまでよりペースを落としながらも『HOLE』(2011年)、『イメージと出来事』(2014年)というウェルメイドな2作を発表。さらに近年、大久保は楽曲・歌詞提供/プロデュースを手掛けたlyrical schoolの作品で高く評価されるなど、ポップ・シーンの裏方としても活躍している。

パッケージ作品としては約5年ぶりと、やや時間の空いた『時間旅行』は、前作以降に配信で発表してきた楽曲に加えて、Avec Avecをアレンジャーに迎えてアップデートした“必要になったら電話をかけて”など新曲も収録。過ぎ去りし日々への眼差しはリリカルで瑞々しく、いま様のディスコ・ポップや時流のビート・ミュージックを咀嚼したサウンド、スムースで歌心たっぷりのフロウがフレッシュだ。大久保と大内の2人に、この5年間の歩みと現在のムードを尋ねた。

アナ 時間旅行 SECOND ROYAL(2019)

最大の悲しみを最大の良い曲に変えた“必要になったら電話をかけて”

――前作『イメージと出来事』から約5年間。ここまでリリースが空くとは思ってなかったんじゃないですか?

大久保潤也(ヴォーカル)「そうですね。思ってなかったかな。とはいえ、来年も出すぞ!みたいにはならないだろうなって感じでもあった。ちょうど前作を出したあとに、僕も大内も音楽以外の仕事をはじめたんです。なので、活発になることはないにせよ、止まることもないんだろうなって思っていましたね」

――ということは、特に焦る気持ちもなく?

大久保「焦り……前作『イメージと出来事』を出す前は焦っていたんですけどね。なんせ当時は本当に音楽しかやっていないなかで、3年間リリースもしてないとなると(笑)。今回は、結果5年も空いてしまったけれど、途中でちょこちょこ曲を出していて、ライヴも少ないながらも定期的にはやっていましたしね。僕はプロデュースの仕事も増えていたし」

――本作にも収録された“必要になったら電話をかけて”はデビュー10周年記念シングルとして、2015年10月に発表していますね。

大久保「“必要になったら電話をかけて”は、自分のなかでも〈書けたな!〉ってのがすごくあったし、反響も良かったんです。そのあと2年間くらい、いろんな場所で〈電話の曲の人ですよね?〉って言われました。それまでは〈ドリルの人ですよね?〉だったんですけど(笑)」

※初期のアナはドリルでギターを演奏するパフォーマンスが話題になっていた
 

――ドリルから電話の人に。

大久保「工具から家電になった(笑)。SoundCloudの再生回数もめっちゃ伸びたので、この曲をちゃんと出さないと……という話はしていたんです。じゃあ、ちゃんとミニ・アルバムを作ろうよと出来たのが本作かな」

――〈電話〉は大内さんとしても手ごたえを感じた曲でした?

大内篤(ギター)「最初にデモを聴いたときは、これやんの!?って思ったんです。振り切った感じの曲ではあったから」

――振り切ったというのは?

大内「ソングライティングの面で、ど直球な曲がドンと出てきてたなって。発表した音源よりもデモのほうがもうちょっと音数も多くて、よりポップな感じだったんですよ。アナっぽいひねった感じがまったくない曲だったから、凄いのを出してきたなと思った」

――大久保さんとしては、ド直球だけどこれは出さずにはいられないほどの達成感だったんですか?

大久保「いまの大内の感想とか初めて聞いて、そうやったんや!と思った(笑)。曲を書けた時点で、〈これは書けたなー、良いのが出来たなー〉と思ったし、なんかね……本当に中学でアナをはじめて10何年間やってきたなかで、〈電話〉はいちばん悲しい状態で書いた曲だったんです。最大の悲しみ=最大の良い曲が出来る要因になった」

――悲しみというのはパーソナルな出来事によるもの?

大久保「そうですね。基本、恋愛なんですけど(笑)」

――私的な出来事に起因しつつ、これまでアナを聴いてきたリスナーに〈アナの音楽はいつでもここにあるよ〉と呼びかけている10周年を反映した楽曲にもとれました。

大久保「〈電話〉を発表したときは、年齢的に30を越えたくらいのタイミングで、その前後って同世代のミュージシャンが活動をやめたり、バンドを解散したりが多かったんです。だけど、うちらは絶対にやめないだろうなと思っているから、そういった〈心配しないでね〉というメッセージにもなるといいなって」

 

バンドから〈音楽ユニット〉へ

――今作には2017年のEP『恋』に入っていた2曲も収録しています。そのうちの1曲“BOYS DON'T CRY”は、キュアーの“Close To Me”みたいな曲だなと思ったら、タイトルもズバリで(笑)。

大久保「もう吹っ切れたというかね。キュアーをモロにサンプリング……ではないけれどオマージュするのとかは、僕らのいちばんのルーツである90年代の渋谷系の人たちがすでにやったことでもある。そこから離れようと『イメージと出来事』では日本語のソウルっぽいサウンドをやったんだけど、もう2010年代も後半になり、自分も年をとった。恥ずかしげもなく昔好きだったことをやれるなと思ったんですよね」

大内「ちょうど制作期間にレコーディング・メンバーで一緒に『シング・ストリート』(2016年)を観て、〈俺たちの中学生時代ってこういう感じだったよね〉となった。だから中高時代に受けた影響をそのまま出したんです」

――あと、前作以降の大きな変化はビートだと思っていて。〈電話〉以降の楽曲は、ドラムが基本打ち込みですよね?

大久保「『イメージと出来事』までは、バンドだってことにすごくこだわっていて、レコーディングもなるべく生ドラムでやりたいと思っていたんですよ。ただ、やっぱりドラマーのメンバーがいないなかで、そこに時間をかけるのは大変でもあった。〈電話〉を完全に自分たちだけで作ってみて、それなりに反響もあったから、音源とライヴを別物で考えてもいいのかなってモードチェンジはありましたね」

大内「だから、今回からは〈音楽ユニット〉という書き方になっている(笑)。バンドではなくなったんですよ」

――打ち込みになったことで、時流のダンス・ミュージックやビート・ミュージック的な要素も感じました。参考にした作品などは?

大久保「世の中的にも歌モノなんだけどダンス・ミュージックという音楽がすごく増えていますよね。何を聴いてたっけ……ホンネとかかな。音楽の聴き方も結構変わって、一般的になったんです(笑)。いわゆる音楽マニア的にレコードを掘らなくなって、試聴環境がYouTubeとサブスクになった。音楽の情報もネットを通じて集めるようになったし、その変化はおそらく音にも関係していると思う」

 

lyrical schoolへの貢献が大久保潤也に与えた影響

――大久保さんは近年、作詞家/プロデューサーとしてlyrical schoolを中心にほかのアーティストにも貢献していますよね。外仕事がアナに影響を及ぼしている面もあるんじゃないですか?

大久保「ここ2年くらいは、lyrical schoolのプロデュースが本当に楽しくて、年中やっていますね。それが理由というわけではないんですけど、いまのヒップホップをめちゃめちゃ聴くようになったんです。特に日本のものではなく、海外のヒップホップ。あとK-Popも。いまの海外メインストリームのポップはトラップ以降のサウンドじゃないですか。そのままやるつもりはないけど、そうした最新の音楽を日本語のポップスとしてどう落とし込めるかみたいなのは、リリスクで追求していたんです。そうしていくなかで、アナの方向性もそこに寄っていったと思う」

lyrical schoolの2016年のライヴ盤『”TAKE ME OUT” ON DEC 16』収録曲“NOW!”。大久保が作詞/作曲を、アナが編曲を担当している
 

――前々作『HOLE』の制作時には、大久保さんが当時ハマっていたフェニックスなど同時代の海外インディー・ロックを大内さんに聴かせたことで、サウンドが形作られていってましたよね。そうした音楽のシェアは今作でもあったんですか?

大久保「今回はあんまりしてないですね」

大内「ほぼないかな」

大久保「トラップ以降のラップとかK-Popとかをこの人に聴かせてもあんまり……。そもそもギターとかほとんど入ってないですし(笑)。今回は僕とプロデューサーの上田(修平)くん――リリスクも一緒にやっているチームでアレンジをガッツリ作り込んだんです。それをよりアナっぽくしてもらうために大内のギターが入るみたいな。そういう作業が今回は多かったですね」

大内「リリスクの曲をデモ段階で聴かせてもらうこともあるんですけど、やっぱり大久保っぽいなと思うんです。これに俺が参加したらアナになるんじゃない?って思うこともあって。自分の色がしっかりついたギターさえ弾けば、アナになるという自覚や自信はあるんですよ。なので、俺は電気(グルーヴ)でいう(ピエール)瀧さんの役目みたいな。ゴリゴリのヒップホップはそんなに聴いていないけど、トム・ミッシュとかは好きで聴いていたし、なんとなく近いところにいたとも思うな」

大久保「結局、好きなものも似ているんですよ。僕もリサーチとしてめちゃくちゃ聴くんですけど、そのなかでも好きなものは、やっぱりポップなもの――カイルとかリル・ヨッティーとか。そのあたりは大内に聴かせても好きなんやろうなと思うんですよね」

――リリスクでは歌詞も提供されていますけど、作詞家としても変化する契機となったんじゃないですか?

大久保「それはめちゃくちゃデカくて。〈電話〉もそうですけど、基本的にアナでは〈悲しい→曲を作る〉というのを繰り返していたんです。でも、新作のほかの曲は、もちろん自分のことを歌ってはいるんですけど、時間を置いて俯瞰的に見られるようになったうえで歌詞を書いた。そういった意味で〈時間旅行〉というタイトルにしたんです。曲を書くことがそのときに戻る作業だったから。悲しみの最中にそこから抜け出すために書くんじゃなくて、過去に起きたことをあの頃はこんなだったなと思い出しながら作詞した。リリスクもそうだけど、あとTSUTCHIEさんの曲“Callin' Summer”(2018年)にフィーチャーされたことも大きかったですね。音楽以外ではコピーライターの仕事をやっているんですけど、それもあってか人のために書くというか、ちゃんと伝えようという意思が出てきたんです」

――自分のリハビリとしてではなくて、聴いてくれる人のために書くと。

大久保「前までは恋愛についてだったら対象相手、別れた恋人が聴けばいいのになって思ってましたからね(笑)」

大内「歌詞に関しては、〈電話〉で最大のアレがあったじゃないですか? それ以降、僕の知っているパーソナルな大久保潤也がついに消えて新しい……それまでになかった感じの歌詞が出てきたように思う。だから僕も、いまの大久保の歌詞は聴いていてすごく楽しい。誰が聴いても自分に置き換えられる歌詞になったんじゃないかな」

『時間旅行』収録曲“とてもじゃないけど”

 

実体験を歌った〈電話〉をキラキラしたポップスに新装したAvec Avec

――“必要になったら電話をかけて”は今回Avec Avecによるリアレンジが施されたヴァージョンも収録しています。新装しようと思った理由は?

大久保「〈電話〉は出来たときの達成感は大きかったんだけど、ある程度時間を置いて冷静に見ると曲のアレンジはもっといまっぽくできるんじゃないかと思ったんです。そういう作り直しがイヤじゃなくなった。昔は完璧だと思えるモノを出して、これは終了って気持ちだったんですけど、いまは出した曲でも、再アレンジや直すことを気軽にできるようになった。それのほうが、いまっぽいなとも思うしね。ちょっと直してすぐ出すっていう」

――カニエ・ウェストや曽我部恵一さんも一度出したものを修正しましたもんね。そのうえでAvec Avecにアレンジをお願いした理由は?

大久保「ヒップホップをむちゃくちゃ聴いていくうえで、日本のラッパーだと唾奇さんをめちゃめちゃ好きになったんですよ。そのなかのAvec Avecが作った“Soda Water”が良くて。もともと彼のソロやSugar’s Campaignは好きで聴いていたんですけど、唾奇のネガティヴな内容のラップを崩さずに、曲自体をポップスに仕上げていて、すごく良かったんです。それはアナとマッチングするんじゃないかと思った。僕らの歌詞も実体験を歌っていて、別にパーティー仕様じゃないけど、ポップでキラキラした音楽でもある。そういう世界観がAvec Avecのサウンドやトラップ的なビートと合う気がしたんですよね」

――実際に出来てきたものを聴いての感想は?

大内「サビの〈君に似て思い出した〉ってところを2回繰り返させたところとか、細かなアレンジに気が利いていて、良いなーって。オリジナルとはまた異なった良さだと思えた。前のヴァージョンが古く聴こえて、2019年版が新しく、かつ良く聴こえるというわけじゃなくて、同じ曲を違う世界観の成り立たせるように作ってくれたと感じたな」

大久保「リミックスではなく、というのはオファー時にお願いしたんですけど、その意向を汲み取ってくれましたよね。ちゃんと内容が伝わりつつ、世界観を再構築してくれたうえで、新たなポップスを提示してくれました」

――おもしろいのは、サウンドはいまっぽさが増したにもかかわらず、オリジナル・ヴァージョンよりもパーソナルな内容に聴こえるんですよね。大久保さんの悲しみ、別れた恋人への未練がありありと伝わるものになっている(笑)。

大久保「へー、僕としては人の手が入ることでより客観的に見れて、時間が空いたことでいい塩梅になったなって思うんですけどね。だってレコーディングでは泣きながら歌っていたくらいのエモさだったから(笑)。譜面台に歌詞じゃなくて、相手との手紙を置いてましたからね。だから、本当に辛いレコーディングだった……」

大内「僕はそんな怖いところにはいたくないってので、立ち会わなかったんですけど(笑)」

 

ポップなものしかできないし、良い曲しか書けないんです

――新曲“時間軸の上で”のつっかえたようなビートもフレッシュでした。

大久保「あの曲で参考にしたのはFKJムーンチャイルドですね。あと、FACT MagazineがYouTubeにアップしている、トラックメイカーが10分以内に曲を完成させるという企画〈Against The Clock〉。あの番組をめっちゃ観ていて、ラフな作り方やカジュアルな感覚をめざして作りました。10分では作ってないけど、ビートを打ち込んで、ギターを弾いてワン・ループ作って、そこに鼻歌を乗せてみたいな感じ。比較的ヒップホップに近い作り方をしてみたら、大内からも評判が良かった。制作面では新機軸の曲でしたね」

大内「いまは中学のときに2人ではじめた感じに戻っていますね。あの頃も打ち込みっていうか宅録だったし、家で思いついたフレーズを重ねてみて〈どう? カッコイイやろ?〉みたいな。僕はこの2人のなかにあるものを合わせたら、アナになるとは思ってるんですよね」

――いまのおふたりは出てくるものにすごく自信を持って活動できているんですね。

大久保「ここ10年くらいで音楽にはポップなものがすごく増えたじゃないですか。僕らがデビューした頃はポップであることに引け目があったというか、ポップであることに弱みを感じていたし、なめられている感もすごくあった。それがシティー・ポップの再評価だったり、そうした若い子も出てきたりで、自分たちがやってきたことは間違いじゃなかった、とここ数年はすごく感じられているんです」

――バンドが積み重ねてきたものへの肯定感は、ソングライターとして過去との距離の取り方が変わってきたことにも関係している気がします。

大久保「そもそも僕はポップなものしかできないし、良い曲しか書けないんですよ(笑)。ポップなものを作る能力がいちばん長けていると思うし、加えて音楽の聴き方が変わったことによって、いまの時代性とかもすごく考えるようになった。アナの作品ではないけれど、自分が作ったリリスクの“パジャマパーティー”は、トラップをどう日本のポップに落とし込むかという点で、ちゃんとやれた気がしていたし、小出祐介くんが2018年ベスト・アイドル・ソングのインディー部門で1位にしてくれたんです。いまの日本でこの狙いを達成したのはリリスクと星野源じゃないかと評してくれて、〈わかってくれているー〉と感激しちゃった」

――“パジャマパーティー”、名曲ですよね。最後に、次の5年はどんな活動をしていきたいですか?

大久保「とりあえず定期的に曲を発表したいなという意欲があります。いま音楽に対していい意味で軽くなれたから、曲ももっと気軽に出したいんですよ。僕らが子供の頃に憧れてきたミュージシャン像を20代では描いてきたけど、それもなくなって、仕事をしつつアナもやるという新しいイメージが実現できつつある。無邪気にやっていた中高時代はそりゃ楽しかったですけど、プロとして活動してきたなかでは、いまがいちばん楽しいんです」

 


Live Information

〈京音 -KYOTO- 大阪編〉
2019年4月18日(木)大阪・梅田シャングリラ
開場/開演:19:00/19:30
前売り/当日:3.500円/4,000円(いずれもドリンク代別)
出演:アナ/NABOWA/蔡忠浩(bonobos)

〈アナ『時間旅行』リリースパーティ〉
2019年6月2日(日)東京・渋谷7th Floor
開場/開演:12:00/12:30
前売り:3.500円(ドリンク代別)
出演:アナ/Turntable Films

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