令和元年は創世紀です(小原綾斗)
――“のめりこめ、震えろ。”や“そなちね”と同様に、“美しい”も本作を代表する一曲だと思います。この曲はどんなイメージで作られたのでしょうか?
小原「これは僕の勝手なプレイバック・ソングです。自分が平成をドンピシャで生きたなかで感じた空気感とか匂いを閉じ込めるとしたら、どうしたって自分の半生を振り返るわけですけど、僕にとっては幼少の情景とか心象的なものとかがずーっといちばん美しいんですよ」
――〈子供の頃みた心象が/未だにこびりついて離れないの〉という歌詞の通りだと。
小原「ずっとそれを超えよう超えようとしながら生きてるんです。そのために人と一緒にいるというか、何かを一緒にお祝いしたり……この感覚上手く伝えられないんですけど、〈あのとき楽しかった〉とかそういうことでもなくて、よくわからないんだけど、でもあの感覚をなかなか超えられない。だから、感動したりすることもあんまりないんですよ。曲を作って、歌詞を書くことで、ちょっと満たされた気分にはなるんですけどね」
――そんな大事な曲にストレートに“美しい”というタイトルがついているわけですが、これはもしかしたらいろんな人に言われているかもしれないけど、ゆらゆら帝国の“美しい”(2007年)に対するオマージュだったりもするのでしょうか?
小原「いや、全然ないです。“美しい”っていうタイトルの曲いっぱいあるじゃないですか?」
――そうなんだけど、ゆらゆら帝国は平成における日本のサイケ・バンドとしてシンボリックな存在だし、“美しい”が入っている『空洞です』というアルバムはある種の時代の区切りを刻んだ作品だったと思うから、今作ともシンクロする部分を感じたんですよね。
小原「そもそも〈美しい〉という言葉が好きで、いつか使いたかったんです。前に“New York City”(2017年作『5曲』収録)という曲を作って、あれは誰にでも訪れる最高の瞬間を書いたんですけど、“美しい”は完全に僕にしかわからない美しさなので、このタイトルがいちばんしっくりきて。
あの感覚を忘れるのが怖い、みたいなところもあるかもしれないですね。いろんな場所でライヴして、会場も大きくなってきて、ある種満たされてはいるんだけど、でもそれはそれで怖いことだから、必死に忘れまいと思って書いたのかもしれない」
――超えたいけど、忘れたくない。個人的な曲であっても、そのアンビヴァレントな感情が閉じ込められているからこそ、第三者が聴いてもすごく美しい曲なんだと思います。夏樹くんは、この曲をどう受け止めていますか?
藤本「その感情って怖いくらい自分ともめちゃめちゃ近いから、普通にそうやって捉えていいんだと、いま話を聞いて思いましたね」
小原「僕小っちゃい頃に道路の標識の鋭角から線が見えて、それを超えて歩くことが普通の日常だったんです。いまはもう見えないんですけど、沢村一樹さんはいまも見えるらしくて、それは幼少の感覚が取れてない人だって、『ホンマでっか!?TV』でやってて。その話を夏樹にしたら、夏樹も昔その線が見えてたらしくて。そんな人初めて会ったんですよ」
――話を聞いても全然ピンと来ない……これでAAAMYYYさんも見えてたら驚きですけど。
AAAMYYY「私は電柱を過ぎるごとに瞬きしてました」
小原「それただの遊びでしょ(笑)?」
――(笑)。子供の頃の感覚は成長とともに消えていって、画一化していっちゃうわけですけど、そういう自分にしかない感覚を作品にすること自体が、とても美しい行為だなって思います。
小原「うん、そうかもしれないですね」
――最後は“おつかれ、平成”という曲で締め括られていて、実際に平成が終わり、令和が始まりました。以前取材をしたときに、〈2018年はバンドの転換期だった〉という話をしてもらいましたが、2019年は、令和元年はバンドにとってどんな年になりそうですか?
小原「創世紀ですね。決しておごりではなくて、僕らみたいな音楽が価値を得られるようになるんじゃないかと思うし、みんなもっとクリエイティヴに対して貪欲になっても大丈夫だということを提示できたらと思いますね。
確実に、この一年か来年くらいで日本の音楽シーンはガラッと変わると思うんですよ。ぶちかまします、今年は」