(左から)高橋久美子、青羊(けもの)
 

シンガー・ソングライターの青羊(あめ)によるソロ・プロジェクト、けものが新たなEP『美しい傷』をリリースした。菊地成孔がプロデュースした前作『めたもるシティ』から、約2年。オープニング・トラック“コーヒータウン”が早速示しているように、作品の舞台は煌びやかな〈街〉から慣れ親しんだ〈町〉へと移り、その音楽性もおのずと変化した。オーセンティックなレゲエ調のアレンジを施した“リップクリームダブ”、リヴァービーなギターの音色が陽炎のように揺れる“ただの夏”など、収められた5曲のサウンドはじつに多様。尚且つその音像から浮かび上がる情景はリリックの世界観とも見事に呼応しており、収録時間にして18分というコンパクトな構成ながら、聴き終えた後に深い余韻を残す一枚だ。

そんな新作『美しい傷』の全容に迫るべく、今回Mikikiは青羊に〈いま話してみたい相手〉との対談企画をオファー。そこで彼女がその対談相手に希望したのが、高橋久美子だった。ドラマーとして2011年までチャットモンチーに在籍し、“シャングリラ”をはじめとした代表曲の作詞も手掛けていた高橋。彼女は現在、作家・作詞家として活躍しており、さまざまなアーティストへの歌詞提供のほか、「いっぴき」(2018年)などのエッセイ集の出版や絵本の執筆、歌詞にスポットを当てた音楽番組「うたことば」(NHK ラジオ第1)でパーソナリティーを務めるなど、言葉を扱う表現活動にフォーカスしている。そんな高橋に、自身も朗読を行うなど言葉に重きを置いた制作活動を行ってきた青羊は、かねてよりシンパシーを抱いていたという。

『美しい傷』という作品を題材に、青羊と高橋が言葉を扱う表現者として思うことを語り合った一時間。そのほぼ一部始終をここにお届けする。

★撮影協力:Gallery Conceal

けもの 美しい傷 APOLLO SOUNDS(2019)

 

生活から生まれる音楽

――今日の対談は青羊さんからのご指名で実現したんですよね。

青羊(けもの)「久美子さんとお話してみたいなって、以前からずっと思ってたんです。勝手にシンパシーを感じていたので」

高橋久美子「ありがとう。青羊ちゃんとは一度朗読のイヴェントで一緒になりましたよね」

青羊「はい。私にとって、久美子さんはチャットモンチーよりも朗読しているときの印象がすごく強くて。なんていうか、朗読に独特のリズムがあるんですよね。意味だけでなく、リズムがすごくいいから、言葉でお客さんをどんどん巻き込んでいけるんだろうなって。私も曲を作るときは言葉の響きを大事にしてるから、きっとそこは通じるところもあるのかなと思うんですけど」

高橋「そうやね。私は音楽と言葉って同じところをウロウロしてるようにも感じてて。労作歌とか、農作業をするときの掛け声がだんだん音楽になっていったように、音楽って生活から生まれるんですよね。立ち上がるときに言う〈よいしょ〉なんかもそう。言葉にリズムが合わさってる。そう思ったとき、もしかするといま私がやっている朗読というのは、ある意味とても自然な状態なんかなって。

でも、私も以前はただ淡々と読んでたんですよ。それこそバンドを抜けてからまだ一年くらいのときは、合唱団みたいにみんなとパート分けして、ちゃんと型に入れてやってたんよね。それも楽しかったんやけど、だんだんと変わってきたかな」

青羊「そうだったんですね。でも、以前から久美子さんには〈型にはまらない人〉というイメージがありました」

高橋「たしかにそうかも。だからいまこうして形態から抜けて一人になったのかもしれんよね。

でも、それこそ今回のけもののアルバムは、まさに形態から抜け出しつつあるように感じましたよ。露わになったというか。前の作品はもっとカッチリしてたよね? なんていうか、もっとお洒落してる感じだったと思うんやけど」

青羊「そのとおりです(笑)。でも、今回は力を抜いていこうかなって。そのままでいいやと思ったんです。あと、今回の裏テーマとしては〈シティからタウンへ〉というのもありました。前作(2017年『めたもるシティ』)はシティ・ポップだったんですけど、もうそれはいいかなと(笑)。お洒落して街に出るのはちょっと疲れたし、今回は〈タウン〉に降りていこう――そういう気分だったんです」

けものの2017年作『めたもるシティ』収録曲“めたもるセブン”
 

高橋「たしかに『めたもるシティ』はヒールを履いとる感じだったよね。でも、今回の作品はこうして会ってる青羊ちゃんそのものって感じがしました」

青羊「そうですね。等身大の自分に近づけようと思ったわけではないんですけど、今回はサウンドもゆるい感じでいこうかなと。とはいえ、完全に脱力してるわけでもなくて、しっかりとロックの要素も入っています」

高橋「よりソリッドになったようにも感じたよ。音の分量が減ってさらに澄まされた感じがしたし、それによって言葉もより刺さるようになった感じがする。とにかく言葉選びがおもしろいよね。“トラベラーズソング”の〈旅はいいね また、したくなる〉なんて、なかなか歌詞にならない言葉よね。わざわざ歌にしないというか。でも、それをこうしてしみじみと歌われたら、ほんまにその通りやなって」

 

〈傷〉は恩師

青羊「旅、好きですか?」

高橋「大好き」

青羊「私、じつはそんなに旅が好きじゃなくて(笑)」

高橋「えー(笑)」

青羊「でも、旅に憧れたときがあるんですよ。というのも、“トラベラーズソング”は中目黒の〈TRAVELER'S FACTORY〉というお店の人たちと知り合ったときに出来た曲なんです。勝手にここのテーマ・ソングを作っちゃおうと思って」

高橋「なるほど。そういうモチーフから曲を作ることって、よくあるんですか?」

青羊「そうですね。“コーヒータウン”は盛岡についての曲ですし。私、岩手出身なんですよ。いま実家があるのは花巻なんですけど」

高橋「花巻! 宮沢賢治の街じゃないですか」

青羊「それで2014年あたりから盛岡でライヴをすることが多くなったので、お世話になってる人たちへの感謝も込めて作った曲ですね」

――盛岡って、〈コーヒータウン〉なんですか?

青羊「実際にコーヒー屋さんは多いです。新旧のコーヒー屋さんが共存してます。それに盛岡って街並みがすごくお洒落だし、代名詞としても〈コーヒータウン〉はしっくりくるかなって」

高橋「今回の作品って、どの曲の歌詞にもコーヒーがでてくるよね?」

青羊「そうなんです。なので、本当はアルバム・タイトルも〈コーヒータウン〉にしようと思ってたんですけど」

――なぜそれが『美しい傷』に変わったんでしょう?

青羊「ある仲の良い人が言った〈別れた後ってあったかいよね〉という言葉にものすごく衝撃をうけたんです。そういう発想って自分にはなかったし、たしかにそう言われてみれば、失恋の痛みのようなものがある程度の年月を経るといい思い出に思えることもあるなって。それを〈美しい傷〉という言葉にしたんです」

高橋「なるほど。どんな街にも、どんな人にも、傷がないなんてことは絶対にないもんね」

青羊「じつは“コーヒータウン”という曲にも傷の要素があって。盛岡のあるコーヒー屋さんが、〈コーヒーの香りに昔の恋を思い出す〉と話していたことがって。それを〈Bitter Sweet〉という歌詞に込めたつもりなんです。久美子さんは、たとえば昔の恋を思い出してあったかい気持ちになったりすることってあります?」

高橋「どうだろう? 心強い気持ちにはなるかも。だって、そういう昔の自分が乗り越えてきたことや諦めてきたことがなければ、いまの自分は絶対にないからね。それに自分が誰かと別れたときの傷って、消えないもんね。思い出として修復されても、傷跡はずっと残ってる。だから、なんていうか、傷は恩師なんだなと思ってる」

青羊「恩師か……。かっこいいですね」

高橋「だから、それを〈美しい傷〉と捉えるのはすごいなと思いましたね」

青羊「その〈別れた後ってあったかい〉という話をしてくれた女性と一緒に泊まったホテルがあって。それがRoom707“scar”という、傷(=scar)って名前の部屋だったんです。それがきっかけとなった曲が“room707”。歌詞にもあるように、room707には3つの丸い窓が並んでるんです」

高橋「“room707”の歌詞、素晴らしいよね。琥珀糖の菓子からハローキティ、キャロットタワーまで出てくる。歌詞カードがなかったので、何を歌ってるんだろうと思って必死にメモしました」

青羊「実際に琥珀糖のお菓子を出された後、キャロットタワーに登ったシチュエーションがあったんです。ただ、ハローキティについては特に意味はなくて。〈キティちゃんって、誰とでもコラボするよね〉みたいな話をしてたのがきっかけですね(笑)。キティちゃん、なんかおもしろいなって」

高橋「〈ハローキティ 別れの後の温もり〉ってところ、うまいなと思った。ハローと別れが続いてて、めちゃくちゃおもしろいなって」

青羊「本当だ! 気づいてなかったです」

高橋「狙ってたわけじゃないんやね(笑)」

 

他人の会話はいつも気にしてる

――『美しい傷』の歌詞には、青羊さんが実際に見た情景や体験などがダイレクトに反映されてるんですね。

青羊「そういうのもありますし、自分の記憶と他者の記憶がけっこうごちゃ混ぜですね。たとえば“リップクリームダブ”の歌詞は、燃え殻さんという方の小説『ボクたちはみんな大人になれなかった』(2017年)の言葉を使わせてもらってるんです。小説を読んだら歌詞みたいな言葉がいっぱい入ってて、これは曲にできるかもしれないぞって」

高橋「なるほど。メモしておいた言葉をスパイスとして入れることは私もあるけど、読んだ本の中身をバッサリ歌詞に入れるというのはやったことがないな」

青羊「私はけっこうストレートにやっちゃいますね。“リップクリームダブ”については燃え殻さんご本人にも伝えたので、大丈夫だと思います(笑)」

――サンプリングみたいな感覚?

青羊「あ、まさにそれです。〈雨がやんだらさ リップクリーム買いに行こうよ〉という歌詞も、小説のなかで主人公が言ってたセリフで、私はその言葉にキュンときちゃって」

高橋「人の作品からインスパイアされることってよくあるんですか?」

青羊「そうですね。最初に思い浮かんだ歌詞があるんだけど、その歌詞の2番がなかなか出来ないときなんかは、よく本や漫画を読んだり、映画を観たりしながら、いい言葉がないかなと探してみたり。あとは人の会話ですね。誰か喋ってる人が近くにいるときは、〈何かおもしろい言葉出てこないかな〉みたいな感じで常に気にしてます」

高橋「私もそれはよくある。それこそ歌詞が思い浮かばないときは、とりあえず街をうろつくよね(笑)。意味もなく電車に乗ったりして、〈誰かおもしろいこと言わないかなー〉って。そういう街中の言葉ってなにも意図されてないものだから、まだ誰にも発見されてない言葉があるような気がして」

青羊「私もそういう言葉はいろいろメモしてて。この間も電車で高校生が〈スマホ触ってるときがいちばん幸せ〉と言ってたのがおもしろくて、思わずメモしちゃいました」

高橋「たしかにそれは一周しておもしろいな。少なくとも嘆かわしいとは思わんね。会社から帰ってきたお父さんがぼーっとTVを観ているような感覚と近いのかな」

青羊「リアルですよね。いまの若い子はそうなんだって。歌詞、久美子さんはどういうときに降りてきますか?」

高橋「私は、完成した後やね」

青羊「え(笑)?」

高橋「〈これはもう完璧や!〉と思った後、気をゆるめてお風呂に入ったら、そこで一気に浮かんできてしまうんよ。それで〈もう、なんでいま出てくるんだよ! 私が本当に言いたかったのはこっちやん!〉と思いながらやり直すっていう(笑)」

青羊「なるほど。考えたことを消化する時間、考えたことが凝縮される時間ってありますよね。たしかにそういう言葉って、完成してリラックスした瞬間に降りてきたりするのかも」

高橋「歌詞を書くときって脳みそがそのことを2日間くらい考えててるでしょう? つまりそれって〈自分がその歌詞の主人公やったらどうするやろ?〉っていうスイッチが入ってる状態なんです。で、そのスイッチが書き終わった後もまだ入ってたから、思いついてしまうんだろうなって。2日間かけて書き上げたはずなのに、そこから30分で一気に書き直すっていう(笑)」

青羊「なるほど。私はまだそういう体験したことないです」

高橋「私もチャットモンチーの頃はそんなことなかったよ。当時の歌詞は等身大の自分だったから、書き直すこともそんなになかったし、歌詞で右往左往することもあまりなかったんです。でも、今はえっちゃん(橋本絵莉子)以外の人に歌詞を提供してるから、なるべくその人のファンが驚いてくれるようなものにできたらいいなと思って書いてますね。いつもとはちょっと違うなと思われたらいいなって」

チャットモンチーの2007年作『生命力』収録曲“シャングリラ”
 

――バンドの頃はメンバーに自分を重ねられたけど、いろんな歌い手に歌詞を提供するとなると、そうもいかないと。

高橋「はい。前川清さんの歌詞を担当したときは〈いろんな歌詞を歌い尽くされてきた前川さんが驚いてくれるものにしたいな〉と思ってたし、エビ中のときもそうですね。普段はここまで真面目なことは歌わないかなと思い、あえて地球環境や世界規模の問題を織り交ぜてみたりして。もちろん思いがあって書くわけですが」

高橋が作詞を手掛けた、前川清の2019年のシングル「ステキで悲しい」のカップリング“修羅シュシュシュ!”
 

高橋が作詞を手掛けた、私立恵比寿中学の2019年のシングル「トレンディーガール」初回生産限定盤Bに収録された“青い青い星の名前”
 

青羊「すごいな。私はいま久美子さんがお話していたような作業はしたことがないです」

高橋「でも、けものの歌詞もすべてが等身大というより客観視しているところもある? 言葉遊びが効いてるよねえ」

青羊「ギャグを入れることはよくあります。少し前に台湾でミュージック・ビデオの撮影をしたんですけど、そこから帰ってきた翌日に出来た曲があって。その曲には〈44ティーンエイジャー〉という言葉が入ってるんですけど、それは撮影しているときに監督がずっと言ってたギャグなんです」

高橋「へえ! おもしろいな。聴いた人はそんなこと知らないから、きっとそこでいろいろ想像するよね」

青羊「あと、“ただの夏”はオーニソロジーというシンガー・ソングライターと共作した曲なんですけど、冒頭の〈彼女が、メガネを外したら〉というところは、オーニソロジーがメガネを外したらかっこよくて、そこで思いついたんです。だから、私にも〈驚かせたい〉という気持ちはあるのかも。それよりも〈笑わせたい〉のほうが近いのかもしれないけど」

台湾・大渓で撮影された“ただの夏”MV
 

高橋「ハッとさせたいよね。共感だけでは終わらせたくないというか」

青羊「そうですね。Aだと思われたら次はBに行きたくなるような、そういう天邪鬼なところもありますし」

 

ピッチャーが奏でる旋律とキャッチャーが奏でる旋律は違う

青羊「あの、これはちょっと話がズレちゃうんですけど、久美子さんは吹奏楽部だったんですよね?  私もそうなんです」

高橋「そうなんや! パートは?」

青羊「ホルンでした」

高橋「たしかにホルンっぽいわ。ホルンって、かっこいい裏メロを吹けるから羨ましいと思ってたよ」

青羊「久美子さんはクラリネットだったんですよね? クラリネットっぽい。私も本当は木管がやりたかったんです。ホルンもやってみたらおもしろかったので、それはそれでよかったんですけど」

高橋「真面目な感じするよね、クラリネットって。キラキラしてないし」

青羊「そんなことないですよ。けっこう美味しいところあるじゃないですか」

高橋「たまにソロが回ってくるからね。でも、そういう部活での経験なんかもきっと音楽に影響してるんだろうね。いままで歩んできたなかで付いてきた傷は、ぜんぶいまの自分の音楽になってると思う。同じ野球部出身でも、ピッチャーが奏でる旋律とキャッチャーが奏でる旋律はまったく違うだろうし。(インタヴュアーの渡辺に)部活って何やってました? なんとなく野球部っぽいなと思ってたんですけど」

青羊「私はサッカー部っぽいなと思ってました」

――中学の頃は手工芸部でした。

青羊「え! どういうことをやってたんですか?」

――マフラーを編んだりとか……。

高橋「それ、今日のいちばんおもしろい話じゃないですか(笑)。やっぱりこういうリアルな雑談っていいよね。こういう話から生まれる作品って絶対にあるんですよ。背の高い彼は手工芸部だった、みたいな(笑)」

青羊「エッセイにしてもよさそうですね、それ(笑)」

高橋「人の話を聞いていくなかで小説が生まれることって実際にあるもんね。自分の脳みそってひとつしかないけど、こうやって3人で話せば自分の体験にはないことを知ることができる。今日のこの話も歌詞になったら、おもしろいよね」

 


INFORMATION

■けもの

〈けもの&ペンギンラッシュ Wリリースライブ"音楽は女を中心に回ってる"〉
日時:6月27日(木)愛知・新栄APOLLO BASE
開場/開演:18:30/19:00
出演:​けもの、ペンギンラッシュ
前売/当日:3,000円/3,500円(共に+ドリンク)

〈けものリリースツアー “コーヒータウンへの旅” 盛岡公演〉
7月20日(土)岩手県公会堂 21号室
開場/開演:18:00/19:00
出演:
青羊(ヴォーカル/ギター)、トオイダイスケ(キーボード/ベース)、西田修大(ギター)、石若駿(ドラムス)
前売:一般 3,500円/小・中学生 1,500円 ※小・中学生チケットはe+ のみで販売
当日:一般 4,000円/小・中学生 2,000円(すべて+ドリンク代500円)

〈けものリリースツアー "美しい傷" 東京公演〉
8月5日(月)東京・新代田FEVER
開場/開演:18:30/19:00
参加メンバー:
青羊(ヴォーカル/ギター)、トオイダイスケ(ベース)、西田修大(ギター)、石若駿(ドラムス)、安田コウタ(キーボード)
スペシャル・ゲスト:東郷清丸
■チケットの値段
前売:3,000円/当日3,500円(共に+ドリンク代600円)

★ライヴ情報の詳細はこちら

 

■高橋久美子

〈捨てられない物展〉
会期:6月29日(土)〜7月8日(月)13:00〜19:00(最終日は18:00まで/3日、4日はお休み)
会場:ギャラリー芝生
東京都世田谷区経堂2-31-20(tel:03-3428-5722)
入場無料
※写真エッセイ集「捨てられない物」同時発売(会場、芝生通販などで販売)
★詳細はこちら