初顔合わせも含むプレイヤー陣とのグルーヴが、歌声をより生々しく届ける新作。そこには、時代を読み込む詩人としての閃きが、常にも増して表出していて……

 前作『PIL』は、約2年という過去最長の制作期間をかけた力作だった。浅井健一自身がプログラミングを手掛けた楽曲が半数近くあり、ソロ・ワークとしても画期的な作品。その後、2013年にはアコースティック編成のライヴに取り組み、新たな変化の兆しを窺わせながら、今回1年半ぶりに届いた新作。ゆったりとしたミドルテンポの楽曲が増え、あくまでシンプルでタイトなドラムとベース、奥行きの深いキーボード、派手に掻き鳴らすよりも爪弾きやカッティングを多用するエレキ・ギターが作る音空間のなかで、歌声がこれまで以上に生々しく響く。6作目にして浅井の素の姿にもっとも近付いた感覚を覚える──『Nancy』は、そういうアルバムだ。

 「打ち込みの曲は“Sky Diving Baby”と“Parmesan Cheese”と“君をさがす”の、今回は3曲かな。深沼君(PLAGUESの深沼元昭)にリズムのプログラミングは手伝ってもらってるけど、“Sky Diving Baby”のメインのピアノは俺が弾いてる。1年ぐらいずーっと作っていて、20曲ぐらいあったんだけど、〈曲の持ってる世界観を統一させたほうがいい〉っていうスタッフの意見も取り入れて、こういう選曲になった。自分だけでバーッと作ってると、それが見えなくなったりするからさ」。

浅井健一 『Nancy』 Sexy Stones(2014)

 参加メンバーにも注目だ。ドラムは椎野恭一で、ベースは林幸治(TRICERATOPS)、キーボードとコーラスは福士久美子。椎野はAJICOで、福士はSHERBETSで浅井とは旧知の仲であり、林は初共演だが交流はあったということで、4人の息はバッチリ。アルバムの世界観に合った、濃密なグルーヴを生み出すことに成功している。

 「椎野さんは、すげぇカッコ良いドラム。はじけてるね。福士さんは、いっしょに音を出すと絶対ミラクルが起こる。テクニックが特別あるわけじゃないんだけど、ソウルの部分で何かがある。林君は深沼君の紹介で、すごく良いベースを弾くって聞いたんだけど、昔TRICERATOPSと共演したことがあって、話したことがあったから。すごく気持ちいいベースで、いっしょにやって成功だったな」。

 1曲をあまり長くせず、〈もう1回聴きたいと思うようなコンパクトさ〉を意識したという本作。どの曲も粒揃いだが、〈お気に入りの曲は?〉と訊くと、彼は真っ先にラスト・チューン“ハラピニオ”を挙げた。戦争ですべてが破壊された世界のなか、生き残った命が工夫を凝らしながら逞しく生きる姿を描く、物語調の歌詞。直接的なワードは何もないが、そこに震災以降の状況が重ねられていることは、聴けばすぐにわかる。

 「〈がんばれ!〉と言うのは簡単だし、たぶん、そんなこと言われたくないんだよ、そういう状況の人たちは。だから、“ハラピニオ”は曲のなかで〈がんばれ〉なんて一言も言ってないんだけど、聴いたあとにエネルギーというか、嬉しくなるというか、そういうものが芽生える曲だと思う。あのとき、いろんな応援ソングが出来とったけど、自分で言うのも変だけど、こういう曲を聴いたほうがみんな元気が出るんじゃないか?と思うんだよね。3年経ったけどね、たくさん聴いてほしいな」。

 終末的な雰囲気を描きつつ、サウンドは明るさを帯び、歌声もとても優しい“ハラピニオ”。似た世界観を持つ“紙飛行機”のなかでも、この国の未来を紙飛行機に例え、〈できるだけ遠くへ飛べるように〉と歌う。時代を読み込む詩人としての閃きを、ラウドすぎずメロウすぎず、絶妙のバランスを保つロック・サウンドに落とし込み、聴き込むほどに深い味わいが感じ取れる『Nancy』。この人の才能はやはり、別格だ。

 「(本誌のページをめくって)日本のロックは最近どうですか? MAN WITH A MISSIONとか、いいよね。好きだよ。ああいうご機嫌な、デジタル・サイコの世界もカッコ良いよね。でも俺は俺の世界観の、こういう曲を出していくよ。自分のやり方で」。

 

▼浅井健一がジャケット、楽曲提供で参加した作品の一部を紹介

左から、竹内まりやの2010年のシングル“ウイスキーが、お好きでしょ”(MOON/ワーナー)、栗山千明の2011年作『CIRCUS』(DefSTAR)、柴山俊之の2014年作『ギラギラ』(PINK & BLUE)

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▼浅井健一関連の近作

左から、PONTIACSの2010年作『GALAXY HEAD MEETING』、SHERBETSの2012年作STRIPE PANTHER』、浅井健一の2013年作『PIL』(すべてSexy Stones)

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