Mikikiでも大規模な特集展開した2018年リリースの『AINOU』以降、今年は〈フジロック〉を含むフェスへの出演や地上波放送での紹介など、さらなる飛躍の1年を過ごした中村佳穂。彼女が今月半ばに行った、東京・新木場 Studio Coastでの主宰ライブ〈うたのげんざいち 2019〉の模様をここにお届けする。書き手は、『AINOU』リリース・パーティーの際にもレポートを執筆した人気ブロガーの伊藤聡。2019年も彼女の動きに注視してきた彼が、中村佳穂の〈げんざいち〉を考察した。 *Mikiki編集部
2019年の快進撃
2019年12月10日、東京・新木場 Studio Coast。中村佳穂にとって過去最大となる、2,500人のキャパシティーが満員となったライブ会場を見ながら、ほんの1年でここまで規模が拡大するものかと驚くほかなかった。彼女のアルバム『AINOU』がリリースされたのが2018年11月7日。思えば、2018年12月22日に下北沢のライブハウス440とClub 251にて、昼夜2公演を行なった際のキャパシティーは250人であった。多くの論者や音楽ファンから、2018年を代表する名盤と評された『AINOU』の快進撃はここから始まり、1年後〈うたのげんざいち2019〉と題された公演で、中村は2,500人(プラス、チケットを入手できなかった多くの人びと)が待つ大きなステージに立っている。会場到着時、すでに場内は開演を待つ観客で埋まっていたが、いつまで経っても入場してくる観客の列が途絶えない。思いのほか親子連れが多く、年代を問わない支持を感じさせるのも嬉しいところだ。このようにめまぐるしく、熱気を帯びた1年を経験できるミュージシャンは数少ないのではないか。

存在としての新しさ
客電が落ち、バンドのメンバーをともなって中村が登場すると、これまでに聴いたことのない2,500人分の大きな歓声が上がる。ピアノの前に立ち、歌のような、メロディーのついた語りのようなヴォーカルを響かせると、さっそく彼女が完全にペースを握った。即興で歌われる言葉とメロディーが、やがて〈wow、喋らないか 語らないか〉と楽曲“GUM”へシームレスに接続される瞬間は、何度聴いても本当にすばらしい。やはり、中村の存在は決定的に新しいとあらためて思う。
彼女の演奏を観るたび、新しい表現が生まれる場に立ち会っていると感じる。多くの観客が中村に感じているスリルもまた、彼女のたぐいまれな新鮮さ、予測のつかなさではないか。なぜここまで際立って新しい存在なのか、どうしてこれほど新鮮に耳に響くのかについて、今年リリースされたいくつかの新曲(“LINDY”、“q”、“Rukatan Town”)を聴き、ライブを観るなかで考えてきたが、具体的に言語化するのは難しい。なぜ中村はこれほどに新しいのか。

更新されたリズム
昨年『AINOU』がリリースされた直後、このアルバムの新しさは、音像の力強さを重視したレコーディング(サウンドメイク)や、音楽スタイルに拠る部分が大きいと感じていた。しかし今回のライブを見終えて、たとえどのようなジャンルを演奏したとしても、変わらず新しい存在ではないかと考えるようになった。KIRINJIの堀込高樹は、中村の特徴としてリズムを挙げ、ヒップホップやR&Bが持つテンポ感や譜割りを吸収した彼女は、どのような曲を演奏しても、新しい世代らしいリズムが生まれると指摘する。「歌のスクエアなビートのなかに三連符が入ってきたり、レイドバックさせたりとか。そういうスタイルがいまっぽいグルーヴに聴こえることを決定づけてるような気がします。仮にフォークギターを刻んでても、ああいう歌が乗った途端に新鮮なものに響くと思う」。ピアノを弾こうと、和太鼓を叩こうと、更新されたリズムによって旧来の弾き語りや和太鼓の演奏とは異なる躍動感が生まれ、どれもが真新しく響くのではないか。元になるリズムそのものが進化しているため、ジャンルを問わずフレッシュな響きをともなう。こうした堀込の指摘は的確であると思う。


即興をためらわない姿勢
1曲目“GUM”のうねるようなシンセベースのリズム感に圧倒されつつ、演奏は新曲を挟んで“アイアム主人公”、“FoolFor日記”、“SHE'S GONE”と続いていく。これらの曲で次々に繰り出される、即興の数々にも目を見張る。即興性もまた、中村の大きな特徴だ。バンドの演奏は非常に息の合ったものだが、完成度よりは、自由度や意外性をめざして高められているように思える。彼女の内側には、さまざまなアイデアやメロディー、言葉が汲めども尽きぬ泉のように満ちており、即興を通じて自由にあふれでてくるのではないか。観客はその奔放な表現力に触れ、ただ驚愕するほかない。こればかりは音源ではわからない、ライブでしか感じられない大きな魅力だ。


即興についていえば、彼女が音楽的に連帯するミュージシャン、武徹太郎やASAYAKE01のライブを見た際にも感じたが、彼らはステージ上での即興をいっさいためらわない。中村や武、ASAYAKE01らは、即興性を重視するスタイルでお互いに影響を与えあい、高めあってきたのだろう。従来のミュージシャンにとってはごく普通な、セットリストの楽曲をひとつずつ(リハーサル通りに、音源に対して忠実に)演奏していくライブの形式が、いくぶん味気なく感じてしまうような新鮮味がある。“アイアム主人公”で、曲のテンポを速めたり落としたりを繰りかえし、かと思えば、中村が言った数だけキメのフレーズを入れたりと遊びの要素を盛り込む構成も楽しいが、アルバムとはまったく印象を変えた“SHE'S GONE”の美しいメロディーにもはっとさせられる。彼女の音楽的瞬発力と即興のスタイルは相性がよく、ライブならではのスリルに直結しているのだ。
新たなキラーチューン誕生
ライブ中盤、ゲストに石若駿を呼び込んで演奏された“LINDY”は大きな山場となった。この曲は、ライブで確実な盛り上がりが期待できるキラーチューンとして、今後も演奏され続けるのではないか。“LINDY”で鮮烈に思い出されるのは、2019年7月13日、恵比寿リキッドルームで行われたライブである。ステージに和太鼓をセットし、3人の太鼓奏者を呼び込んだ同曲の演奏では、メンバー全員が和太鼓や金物を鳴らしながらステージ上を練り歩き、さながら初夏の祭りとでもいうべき開放感で会場を包んだ。
今回も、石若が勢いよくドラムを叩くかたわら、中村もステージに持ち込まれたパーカッションを叩き、観客の興奮を誘う。ドラムンベース風の素早いビートが、中盤から突如としてお祭り風の和太鼓と威勢のよいかけ声に変化する楽曲の自由度。ジャンルレスというにはあまりに自由な、中村にしか作れない音楽であるように思う。


その後、他のメンバーがいったんステージから下がり、石若と中村のデュオでのセッションも行われたが、これもどこまでが打ち合わせされ、どこからが即興なのか判断がつかない(あるいはすべてが即興なのだろうか?)、緊張感に満ちた演奏であった。これまでにもっとも大きな会場で行うライブでありながら、こうした実験を怖れない姿勢も頼もしい。
2020年の中村佳穂
リズム、即興、ジャンルレスと、中村らしさが発揮され、後半にも多くの新曲を挟みながら進められたライブ本編は“きっとね!”で終了。アンコールで演奏された“そのいのち”と合わせて、この対照的な2曲が自然に連なるのも彼女ならではだろう。ポップで弾けるような“きっとね!”と、聴く者の心にまっすぐ突き刺さる“そのいのち”。この日、会場でライブを見た知人のライター、崎谷実穂が終演後にSNSへ「喋りが歌になり、歌で喋る」と投稿していたのが印象ぶかい。ステージに立っているすべての瞬間が表現であり、なにげない言葉がピアノに乗った途端、気がつけば歌に変わっている。喋りと歌の境界線がどこにあるのか、観客にも、歌っている本人にもよくわからない。そうした中村の表現に触れた驚きを、うまく言い表していると思う。この日発表された新曲を含んだ、新しいアルバムが届けられる日も近いだろう。2020年、彼女のあらたな作品がどのように迎え入れられるのか、いまから楽しみでならない。



中村佳穂〈うたのげんざいち 2019〉
2019年12月10日 東京・新木場Studio Coast
SETLIST
1. アドリブ
2. GUM
3. 新曲
4. アイアム主人公
5. Fool For 日記
6. SHE’S GONE
7. get back
8. q
9. シャロン
10. You may they
11. LINDY(中村佳穂BAND+石若駿)
12. どこまで(中村佳穂×石若駿)
13. LIFE FOR KISS feat. 中村佳穂Band(中村佳穂BAND+石若駿)
14. 新曲
15. 新曲
16. きっとね!
~Encore~
17. そのいのち
中村佳穂BAND:
中村佳穂(ヴォーカル/ピアノ/グロッケンシュピール/DoumDoum)、荒木正比呂(キーボード/シンセサイザー/ハーモニカ)、深谷雄一(ドラムス)、MASAHIRO KITAGAWA(コーラス/サンプラー)、西田修大(ギター)
Special Guest:石若駿(ドラムス/ピアノ/シロフォン)