いま日本でもっとも忙しいミュージシャンのひとりとも言えるジャズ・ドラマーの石若駿が、新たなプロジェクトを立ち上げてアルバムをリリースする。Answer to Remember。プレス・リリースには〈今までに聴いたことがない新しいエクスペリメンタル・ミュージック・プロジェクト〉と書いてあるが、大袈裟じゃなく、既成の枠組みを取っ払った革新的な音楽がそのアルバム『Answer to Remember』で鳴らされているという印象だ。

ermhoi、KID FRESINO、黒田卓也、Karai、Jua、中村佳穂BANDらがフィーチャーされ、石若はプロデューサー的な立場も取りながら、ドラマーとして存分に個性を発揮。ゲストたちとの化学反応、曲展開のめまぐるしさと意外さ、音の質感など、何もかもが刺激的で面白く、聴くほどに発見がある。プロジェクトの成り立ちや特徴を、石若に訊いた。

Answer to Remember Answer to Remember Sony Music Japan International(SMJI)(2019)

 

自分たちの世代が頑張ってきたことがひと段落したような感覚があった
それから数年経って、またみんなで面白いことをするときが来たんじゃないかって

――Answer to Rememberのアルバムはソニーミュージックから発売されるんですね。

「はい。今回のアルバムのためにご協力いただいて」

――あくまでもAnswer to Rememberとしての契約であって、石若さんのほかのプロジェクトはまた別ということですよね?

「そうです」

――プレス・リリースには〈日本のポピュラー・ミュージックシーンのニュー・キーマン、ジャズ・ドラマー石若駿が発信する、今までに聴いたことのない新しいエクスペリメンタル・ミュージック・プロジェクト〉と書いてあります。ジャズ・シーンではなく、ポピュラー・ミュージックのシーンに一石を投じるアルバムであるとソニーは位置付けている。石若さん自身もそういう意識ですか?

「そうですね。最近の自分の活動を通して、ジャズのフィールドから外に出た感覚がすごくあって。例えば今回のアルバムにゲストで入ってくれているフレシノくん(KID FRESINO)のバンドをやったりとか、君島大空くんとやったりとか、くるりとやったりとか、ジャズ以外の音楽の現場がすごく増えてきた。そのことを客観的に見て、〈ジャズのバックグランドを持ちながらも外の世界を味わうことができるというのは、面白いもんだな〉と思っているんです。

普段はジャズも聴いているけど実際ジャズ・ミュージシャンとは一緒にやっていないというひとたちも多いわけですが、そういうなかで自分がいろいろやることによって面白い音楽がどんどん生まれるんじゃないかという期待もある」

『Answer to Remember』収録曲、KID FRESINOをフィーチャーした“RUN”
 

――ジャズ出身の自分がポピュラー・ミュージックのシーンをひっかきまわしてやろうというような気持ちもある?

「ひっかきまわそうということではないです。ただ、面白いことが起きて、面白い音楽が生まれることに貢献できるのは幸せだなと思っていて、そうなるように活動をしているということですね」

――その具体的な第一歩が、Answer to Rememberのこのアルバムであると。

「そうです。このプロジェクトを発足する段階からいま言ったようなことを視野に入れてやってきて。1年半前くらいからかな。実際、レコーディングに入るまでにもデモを作ってどういう方向性にしようかというミーティングをけっこうたくさんやっていた。だから計画的に進んできているんです。それがようやく、ひとつの形になった。そう考えると長い道のりでしたね。楽しかったですけど」

――形になって、どうですか?

「嬉しいです。〈頑張ったなぁ、自分〉みたいな。完成してみると、〈ああ、こういうこともあったなぁ〉とか、最早思い出深い感じですね(笑)」

――何度も訊かれたであろう基本的な質問になりますが、そもそもAnswer to Rememberは石若さんが何をしたくて立ち上げたプロジェクトなんですか?

「すごく細かく説明しますと、僕は高校に入る前は札幌にいて、その頃から日野皓正さんにすごくお世話になっていたというか、まあフックアップされて。そこが僕のミュージシャンとしてのキャリアの始まりだったんですね。で、東京に出てきて、日野さんのライヴで何度かやらせてもらったり、ほかにも日本のジャズ・シーンのレジェンドの方たちと高校生のときから共演することができた。

そういうふうにやっているうちに、自分と同い年で光るものを持ったジャズのミュージシャンが全国的にぽこぽこっと出てきて、そのひとたちと交流するようになったんですよ。例えば今回のアルバムにも参加してくれている中島朱葉ちゃんというサックスのミュージシャンだったり。あとピアノの海堀弘太は僕のキャリアの初期の仲間で、彼はどんどん素晴らしいミュージシャンになっていってますけど。

そういうミュージシャンたちとの交流を持ちながら自分のキャリアが進んでいったんですが、大学生になってもっといろんな音楽の仕事をするようになったら、同世代で光るものを持ったミュージシャンたちがさらに増えてきた。そういうミュージシャンたちとゴハン食べに行ったりセッションして遊んだりしていくなかで仲間になって、大学を卒業した頃にはそれぞれが自分のバンドやプロジェクトで面白いことをやるようになっていって。例えばWONKのサポートをしていたサックスの安藤康平くんがMELRAWというプロジェクトでかっこいい活動をするようになったりとか。

それで、これは2018年の忘年会シーズンのことなんですけど、2015年くらいからそうやって自分たちの世代が頑張ってきたことが、ひと段落したような感覚が自分のなかであったんです。だから安藤くんとかWONKの(江﨑)文武とかKing Gnuの常田(大希)とかと新年会で集まったときにそういう話をして、〈そうだよね〉と。その頃はみんな別々に活動していたんだけど、また力を合わせて面白いことをするときが来たんじゃないかという話をした。そういう心境になったのと、ソニーさんから話のあったタイミングが重なったことで始まったのがこのプロジェクトなんです。

だから、今回は僕が基地の中心になって、こうやってみんな集まってアルバムの形になりましたけど、そういうことが今度は別の誰かを中心にして起こるというのも狙いのひとつとしてあって。もともとジャズの仲間で、縁を大事にしながらやってきたことを、この時代にひとつの形にしたい。それで始めたのがこのプロジェクトということなんです」

――〈Answer to Remember〉というプロジェクトの名前にもそういう思いを込めた。

「そうです。〈思い出とか追憶に対しての、いまの自分の回答はこうです〉っていう」

 

これまでの日本のポピュラー・ミュージックは本当に素晴らしいものが多い
だけど、僕はいまの時代にすごく拘りがあるんです

――〈今まで聴いたことのない新しいエクスペリメンタル・ミュージック・プロジェクト〉ということで、つまりまったく新しい音楽を世に示したいという気持ちがまずあったと思うんですが……。

「はい」

――それと同時に、まさしくプロジェクト名が示している通り、石若さんがこれまでに触れてきたさまざまな音楽を現在の自分のフィルターを通して世に提示したい、つまり歴史を繋げていきたいというような気持ちもあるわけですよね?

「ありますね」

――そしてそれをジャズ好きなひとたちに向けて発信するというよりは、普段ポピュラー・ミュージックを聴いているひとたちにこそ聴かせたいという。

「そうですね。こういう音楽を楽しんでくれるひとがどんどん増えたら嬉しいなと思っているので」

――石若さんには、いまの日本のポピュラー・ミュージック・シーンがどう見えますか?

「いま、実験的で面白いことをポピュラー・ミュージックとしてやろうとしているミュージシャンがすごく多いと感じていて。それは僕よりちょっと若いミュージシャンたちだったりするんですけど。そのことが何かのきっかけで世界に知られて、〈これが日本の音楽の面白いところだ〉というふうに広がればいいなという気持ちが強くあります。だから、これからだと思いますね。

いままでの日本のポピュラー・ミュージックは本当に素晴らしいものが多いじゃないですか。その証拠にいまは70年代や80年代の日本のポピュラー・ミュージックのレコードが国外のひとたちに買われていたりとか、そういう現象もある。けど僕はいまの時代にすごく拘りがあって、僕がこういうプロジェクトをやることで、これから僕より若い世代が面白いことを始めるかもしれないし、今回参加してくれたひとたちも同じように考えて面白いことをやるだろうし。そうやって〈いまのポピュラー・ミュージックは本当に面白い〉と言われるようになるといいし、その一部になりたい気持ちが強いんです」

――〈やるなら、いまでしょ〉と。

「それはすごくあります。参加してくれたひとたちみんな、いま、すごいパワーがあるし、音楽的に馬力がある感じがしているので」

――石若さんは〈SONGBOOK〉というシリーズ・プロジェクトも続けてきたわけですが、あのプロジェクトとAnswer to Rememberの間に関係性や繋がりはありますか?

※11月13日にプロジェクト最新作『SONGBOOK IV』をリリース

石若駿 SONGBOOK IV APOLLO SOUNDS(2019)

 「録音の仕方としては、SONGBOOKでやってきたことと同じやり方をしているところもけっこうあるんです。例えば、トラックを最初に作って、メロディーがあって、歌ってくれるひとに自由に歌詞を書いてもらって、データを送ってもらうというやり方。それは共通するところなんですけど、明らかに違うこととしては、Answer to Rememberでは僕がめちゃくちゃドラムを叩く。そこは大きな違いですね。やっぱりドラマーは〈わーっ〉て叩いてるのが一番かっこいいと思っていて。でもいままでは普段のライヴでそれをやっているから、SONGBOOKのような自分のプロジェクトの作品ではもっと内向的な表現をしていたんですよ。ドラマーとしてよりも自分の作曲能力のほうを重視していたというか。それに対してAnswer to Rememberは、言葉は悪いかもしれないけど、躁状態の石若って感じですね(笑)」

――なるほど。確かに“TOKYO”とかそんな感じですね。めちゃめちゃ叩いている。

「はい。SONGBOOKが陰なら、こっちは陽。まあ、どっちも自分なんですけど」

『Answer to Remember』収録曲、ermhoiをフィーチャーした“TOKYO”
 

――どちらもプロデューサー脳が働いているとは思うんですが、Answer to Rememberではプレイヤー脳も同じくらい働いているという。

「そうですね。フィジカル面を前面に出したかったという。思えば、自分の作品でこんだけ叩いてるのって、ほかになくて。誰かのバンドでそうやって叩くシチュエーションはけっこうあったんですけど、自分の作品ではあんまりやる必要がない気がしていた。一般的にもドラマーのリーダー・アルバムって、自分のドラム・ソロを入れないものが多いんですよ。だけど、このプロジェクトでは入れちゃおうと。恥ずかしさもちょっとあるんですけど、やっぱりドラマーたるもの、わーって叩いてたほうがかっこいいので、今回は思い切りやっちゃったって感じですね」

――ドラムで空間を演出するとかそういうことではなく、まさしく思いっきり叩いてる曲が多いですよね。

「いまのポピュラー・ミュージックって、すごく作り込んでいるものが多いと思っていて。ドラムにしてもけっこう空間があって、お洒落感のあるものが世に溢れている。でも僕は、耳で聴いたら触り心地がわかるような音の質感が好きなんですよ。聴いた瞬間、ザラっとしてるなとか、柔らかいなとか、そういう触り心地のある音を大事にしたいというのがあって。作り込むことによる美しさというのもあるし、自分もそういう現場で叩くことがありますけど、Answer to Rememberでは〈わーっ〉て叩いて、ライヴでそれをやったときにすごくかっこいいものになることを予測しながらやってますね」

――瞬発力を大事にしていると言ってもいいですかね。あるいはライヴ感というか、相手がこうきたら自分はこういく、というような。

「そうですね。そういう音の駆け引きとか、音でわかる人柄とかを、ライヴで体感してもらいたいという狙いもあったりします」

――アルバムに収録された曲は、あくまでもとりあえずの記録であって、ライヴでやる度に変わっていくという。

「そう。それを全面的に見せたいですね」

 

いろんなひとといろんな音楽を体験することで新しい音楽が生まれる
それがどんどん続いていったらいいな

――作曲は、このプロジェクトをスタートさせてから行なっていったんですか?

「だいたいの曲がそうですけど、“410”という曲は違います。これは10年前くらいにバークリー音楽大学に短期留学していたときに出来た曲で、ライヴでも一回もやったことがなかったんですけど、今回引っ張り出してきて、新しいアレンジをして収めました」

――ATRBandと名付けられたバンドが、ボーナス・トラックを含めると4曲でフィーチャーされています。このバンドのメンバーは固定されているんですか?

「〈今回のアルバムのATRBand〉って感じですね。このアルバムのハウス・バンドのような位置づけで、ATRBandと名付けました。だからまた別の作品を作ったときはメンバーが変わるかもしれない。今回のメンバー以外にも大事な仲間がたくさんいるので、みんなと一緒にできたらなぁとか思いますし」

――ラッパーやシンガーをフィーチャーした曲がいくつかありますが、言葉とドラムを両方立たせることの難しさはなかったですか? 例えばその両方が拮抗してしまうことも起こりうるわけで、そのあたりのバランスはどう考えていたのかなと。

「フレシノくんと一緒にやった曲(“RUN”)に関して言うと、最初はこれ、インストゥルメンタルだったんですよ。だけど、この曲にラップを乗せたらかっこいいものになるんじゃないかという予想があって、一回レコーディングしたメロディーを全部取っ払ってトラックだけにして、それを何も言わずにフレシノくんに送ったんです。そうしたらフレシノくんの感覚のビートがついて返ってきて、ミラクルが起こった。予想を遥かに超えてかっこいいものになったんです。しかもフレシノくんは音のバランスにもすごく拘ってくれて、自分のエンジニアさんと密にやってくれた。アーティストがトラックに向きあう姿勢として、それは僕もすごく勉強になったんです。そういう意味で言葉とビートの両立ということに関しての不安は特になかったし、むしろそれを楽しめた感じでしたね」

――そういったことが、このプロジェクトの醍醐味でもある。

「そうですね。Karaiとやった“Cicada Shell”という曲も、もともと僕の出したメロディーとは違うメロディーに歌詞が乗って返ってきて、でもそれがすごいよかったりして。そういう実験的なところが楽しいんですよ。フィーチャリングものに関しては、どれも自分の予想を超えたものに仕上がったというのが嬉しいですね」

――エクスペリメンタルという意味では、中村佳穂BANDをフィーチャーした“LIFE FOR KISS”がその象徴的な1曲で、どこにもない新しい音楽だなという感動がありました。これはどんなふうに出来ていったんですか?

「もともと僕がLogicで組んだデモを、佳穂ちゃんのバンドに送ったんです。で、佳穂ちゃんのバンドの鍵盤の荒木(正比呂)さんとデータをやり取りしながら密に進めていって。荒木さんはシンセの使い方のセンスが最高によくて、僕の予想を超えためちゃめちゃかっこいいのが送られてきた。そこから進めるにあたって、やっぱり〈feat.中村佳穂BAND〉なんだから、ドラムは深谷(雄一)さんも叩くってことになって。

佳穂ちゃんのバンドのレコーディングの拠点は三重なので、僕が京都でライヴをやったあと、佳穂BANDのみんなが車で迎えに来てくれて、そのまま三重に連れていかれたんですよ。で、荒木さんのプライベート・スタジオで一泊して、翌朝早起きして僕のドラムを録って、シンセのバランスもそこで整えて、そのあと僕は名古屋でライヴがあったので、みんながまた車で名古屋に送ってくれた。で、名古屋のライヴも佳穂BANDのみんなが観てくれて、一緒に飲んで。まるで佳穂BANDに僕が入ったように生活を共にして、この曲が完成したんです」

――1曲作る度に、そこでフィーチャーしたひととの関係がものすごく深まる感じですね。

「そうなんですよ。どの曲も本当に楽しくて濃い時間だったなって思いますね。1曲のなかにいろんな思い出が詰まってるんです」

――時間をかけてこのアルバムを作ったことで、いまはどんな気持ちになっていますか?

「こうやっていろんなひとといろんな音楽を体験することで、自分のなかでまた新しい音楽が生まれると思うんですよ。それは常にそうで。それがどんどん続いていったらいいなと思います。続けることが大事だなと。このプロジェクトで来年はライヴもたくさんやりたいと思っているし。実際ナマで演奏してみてわかるだろうこともあると思う。あと、今回は世界的に配信したりもするので、日本のいまの音楽シーンの面白いものとして世界に伝わるといいなと思ってますし、世界各地のフェスとかにも出られたらいいなと。そうやって広がっていくことをすごく楽しみにしています」

 


LIVE INFORMATION

“Answer to Remember” OHIROME GIG Vol.1
2020年2月4日(火)東京・恵比寿LIQUIDROOM
開場/開演:18:00/19:00
出演:石若駿、MELRAW(サックス)、中島朱葉(サックス)、佐瀬悠輔(トランペット)、若井優也(キーボード)、海堀弘太(キーボード)、TONY SUGGS(キーボード)、君島大空(ギター)、MARTY HOLOUBEK(ベース)、新井和輝(ベース、from King Gnu)
DJ:柳樂光隆
ゲスト:KID FRESINO、ermhoi、Jua
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チケット:3,400円(オールスタンディング 別途1ドリンク)
一般発売:12月7日(土)10:00
チケットぴあローチケe+
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