気がつけば、中村佳穂は話題の存在になっていた。キャリア初インタヴューもMikikiに掲載されているが、2016年に〈フジロック〉出演を果たし、初作『リピー塔がたつ』をリリースした彼女は、2017年に入るとtofubeats『FANTASY CLUB』に参加。ペトロールズのカヴァーやKan Sanoとの共演でも話題を振りまきつつ、矢野顕子に喩えられる即興パフォーマンスと〈うた〉の力で、日本中のフェス/ライヴを賑わせてきた。

圧倒的にモダンな輝きを放つニュー・アルバム『AINOU』は、天才と呼ばれてきた彼女のイメージをいい意味で覆す作品だ。現行のブラック・ミュージックと、日本で独自進化してきたエレクトロニカのエッセンスが溶け合いながら、歌はビートに寄り添い、言葉は時代の空気を捕まえながら、見たことのない景色を描いている。リリース前から賛辞が飛び交っていたが、この原稿がアップされる頃には大騒ぎになっているはずに違いない。こう書くと大化けしたと思われそうだが、実際にはレミ街の荒木正比呂と深谷雄一、吉田ヨウヘイgroupの西田修大、CRCK/LCKSの小西遼などと一緒に、2年半にも及ぶ試行錯誤の末に完成した労作でもある。

サウンドの変化について、中村はこのあとのインタヴューで「このままフィジカルを強くさせていくだけだと、自分の才能に飽きてしまうかもしれない」と語っている。それから、〈伝える〉〈話し合う〉という表現が、彼女の口から何度も出てくるのも印象深い。自身のブログによれば、『AINOU』というタイトルには、『AINO(i know)U(you)』と共に『AINO(愛の)U(様)』という意味も込められているという。彼女はどのように音楽を愛し、人を愛し、他者との違いを受け止め、出会いとコミュニケーションを重ねてきたのか。じっくり尋ねてみた。

★中村佳穂『AINOU』特集記事一覧
Pt.2 中村佳穂『AINOU』はなぜ2018年を代表する名盤なのか? 柳樂光隆、佐藤文香、松永良平がクロス・レヴュー
Pt.3 中村佳穂『AINOU』を作った男たち――荒木正比呂×深谷雄一×西田修大×MASAHIRO KITAGAWAが制作秘話を明かす

中村佳穂 AINOU AINOU/SPACE SHOWER(2018)

一日の100%が音楽

――中村さんのライヴでよく覚えているのが、2017年6月に東京のO-nestに出演されたときのことで。たしか、その日知り合ったばかりのパーカッション奏者をバンドに加えてましたよね?

「ああ、そうでしたね!」

――随分オープンだなーと思った記憶が(笑)。あれは何があったんですか?

「リハーサルしてたら楽器を背負ってる人がいて。〈今日出るの?〉と聞いたら出ないというので、〈じゃあ一緒にやります?〉って声かけたら、叩きたいと言ってくれて。彼は佐藤ドンドコ君という、La Señasという世界各国を回っているおもしろいバンドのリーダーで。東京塩麹の額田(大志)くんとも仲が良いみたいだし、きっといい人だろうと(笑)」

――友達の友達はみな友達、「テレフォンショッキング」みたいですね。

「本当にそう。その延長線上でいまもバンドを組んでいる感じなので」

――そうやってメンバーを誘っては全国各地でライヴを繰り広げ、どんどん仲間を増やしてきたわけですよね。そういう活動を始めたのはいつ頃から?

「大学に入学してからすぐなので、7年前ですね。最初は1人でやっていたんですけど、その頃に路上で演奏していたビートボクサーの男の子、RyoTracksくんに出会ったり。奄美に結婚披露宴で行くと、そこでパーカッションを叩いていたのがスティーヴ・エトウさんだったり。〈カッコイイな、一緒に演奏したいな〉と思ったらすぐに伝えて。そこからバンドに加わってもらいました」

――おふたがたとはいまでも度々共演していますよね。そういう出会いもあれば、やはり別れも多かった?

「そうですね。〈この街で別れる〉みたいなタイプの人もいましたし。彼らと私はやりたい音楽がちょっと違う、だからここで一旦お別れしようという感じで」

――まさしくRPGさながら、パーティーが流動的に入れ替わってきたんですね。

「だからこそ、自分のバンド・メンバーに対しては、〈支えてくれる人〉という感覚が常にあって。私はプロデューサー的な立場でもあるけど、それこそメンバーは魔法を使うように、私には叩くことができないドラムでサポートしてくれたりする。だから現在のメンバーに対しても、一緒にいてくれてありがとうって感じで」

――うんうん。

「あとは、友人の繋がりもどんどん広がってきたし、私もいろんな音楽を聴くようになったので、最近は〈自分のいる街〉がレヴェルアップしている感じがしますね。まあ、プレイしている私の精神年齢は変わってないので、ちょっと不思議な気分でもありますが(笑)。武器だけが強くなってる感じというか」

――でも、なんでそういう活動を始めようと思ったんですか。武者修行みたいなノリ?

「そうじゃなくて、バンドの組み方がわからなかったんです。私は公務員の家系で、音楽をやっている人も周りにいなかったし、どうやったらいいのか知る機会がなくて。そこからオープンマインドに京都や関西に出まくった感じなので、最初はリハーサルのやり方もわからなかった。〈返しって……何?〉みたいな。そこをいろいろ雰囲気で察しながら(自己流で)やってきたんです。だから、バンドについても私なりに取り組んでみたら、オリジナリティー溢れる組み方になってしまったという(笑)」

――(笑)。ちなみに、学生時代はどんなタイプでした?

「ちょうど真ん中って感じですね。ちょっとオタクじみたところもあったから、そういう内向きな子たちと絵を描いたりもしていたけれど、逆にギャル系の子たちとも全然喋ってました。気になることがあったら〈何やってるの?〉と話しかけちゃうので、どちらのタイプとも仲良くしていましたね」

――ということは、人と話すのは得意なほう?

「自分ではそう思わないけど、気になることがあるとすぐ訊いちゃうんですよ。〈なんで?〉〈どうして?〉〈最近どう?〉みたいな。ミュージシャンだったら、〈1日のうち、何%音楽のこと考えてる?〉とか。そこから会話が弾むと、次に会ったときにその続きを話す感じです。〈最近どのくらい音楽のこと考えてる?〉って」

――ちなみに、中村さんは何%考えているんですか?

「100%かな? 常に音楽といるなーって感じがします」

 

1週間作業して、ほんの少しのメロディーを持ち帰る日々

――新作『AINOU』ではレミ街の荒木さんと深谷さんが大きな役割を果たしていますよね。彼らと一緒に作ろうと思った理由は?

「私が共演や対バンしてきたミュージシャンのなかでも、音楽性で言ったらいちばんかけ離れているかもしれないですね。でも、レミ街は生々しい音楽ではないはずなのに、どこか生々しさがあるんですよ。作りはビート・ミュージックなのに、無機質な歌声がそこに乗ることで流動的に聴こえる。そこが不思議で」

レミ街の2015年作『F E N E S T I C A』収録曲“CATCH”
 

――わかります。

「(荒木が携わった)tigerMosも凄く好きで、最初にアルバムを聴いたときは衝撃的でした。さらに一方では、中学生のコーラス隊や吹奏楽部とコラボしていたりもするんです。あんなに内向きで作り込んだサウンドを奏でる人たちが、学生の演奏を〈ようこそ〉と招き入れている。そのバランス感覚を尊敬できたし、そんな彼らに私のことを紐解いてもらいたかった。一緒にやることで希望が見出せそうな気がしたんです。ただ、それが作品になるまでには、ものすごく時間がかかるだろうとも思っていて」

――というと?

「レミ街みたいな音楽をそのままやりたいわけではないし、バンドとしてお互いの理解を深め、それをブラッシュアップさせていくためにどうするべきなのか。ライヴやセッションを重ねるのか、話し合いをするのか、それとも時間が解決してくれるのか。そうやって考えると、2年はかかりそうだなと。それで荒木さんたちに、〈時間はかかるだろうけれど、解決策は寝食を共にすることだと思います。一緒に合宿してもらえないですか?〉と伝えたんです」

――それはきっと、レミ街の2人にとっても大きな決断だったでしょうね。一緒に過ごしてみてどうでしたか?

「レミ街の荒木さんは特に私にとって新鮮な毎日を送っていて、朝8時前には起床して、夜の8時には作業を止めるんですよ。それから、音楽に疲れるとランニングするんです」

――とても健康的ですね。

「彼らはストイックなんですよ。朝起きたらセッションして、音楽の制作をして、時間が余れば走って、帰ってきたら楽器を玩具のようにして遊んでる。彼らも100%音楽のことを考えているんだけど、私とは真逆のタイプなんです」

――制作はどんなふうに進んでいったのでしょう?

「最初はお互いの手癖みたいなものしか出てこなくて、それだといままでの作品と大差ないというか、私か彼らのパーセンテージが大きいだけの曲になりそうな気がして。荒木さんはエンジニアもやられているので、ご自宅でデモをレコーディングしたんですけど、そういう作業を繰り返しては、〈しっくりこないねー〉と言いながら解散するという。なかなか形にならないまま、集まっては解散するというのを1年以上続けてました」

――タフな作業ですね。

「1週間くらい作業したのに、本当に少しのメロディーを持ち帰るだけのような日々でしたからね。でも、15歳も年上の尊敬するミュージシャンとそんな生活をさせてもらえるなんて、本当に有意義だったなと思います。最近、その頃の動画を観返しながら〈長かったな〉と実感しました」

――とことん制作にこだわったとは伺ってましたけど、そんなプロセスがあったとは。

「彼らはヴォーカルが際立つためにどこに音を配置するべきかという点について、すべてはバランスだと言い切っていて。でも、私はそのニュアンスがわからないんですよ。例えば、ドラムの〈ドゥン!〉って鳴りにしても、〈もっとハイが削れてるほうが、スネアが入ってきたときにいいんだよ〉とか話しているけど、どういうことか全然わからんと(笑)。ハイがあるままでもいいじゃないですかって言うと、〈それだと1回だけしか聴けない曲になるんだよ〉と返されて」

――そこまで計算しながら、サウンドを作り込んでいたんですね。

「他にも、おもしろいフレーズが出てきたので、それをどこまで広げていこうかという話になったとき、あんまり長い尺を私が(鍵盤を)弾きすぎてしまうと、すっきりしない曲になるんじゃないか?と伝えると、荒木さんは〈ここまでいったほうがカッコイイ〉と。曲の長さの良し悪しってセンスの問題じゃないですか。だから、頭ごなしに否定するわけじゃなく、〈あなたのことが好きだ〉という前提でもって意見を交わして。それから実際に録音してみて、聴きながら検証していくと。そうすることで〈あ、長いほうがいいです〉と私も納得できたりして」

 

いつか死が訪れるように、音楽への想いにも必ず終わりがある

――そうやって少しずつ、お互いの感覚やニュアンスを近づけていったと。前作『リピー塔がたつ』にもお2人は参加していましたけど、あのアルバムをあらためて振り返ってもらえますか?

「とあるライヴを企画した人がその日、誕生日とかだったりすると、演奏の質も変わってくるじゃないですか。そうして生まれる奇跡のようなものが〈リピー塔〉にはある気がします。大学4年間の集大成を記録するために、〈卒業するからみんな音楽で祝ってくれ〉とお願いしまくって(笑)。それで集まったメンバーの皆さんが、私が45分間弾き語りしたものに肉付けしてくださったアルバムなのかなと。だから、みんな私のことを知っているけど、メンバー同士では初見の方もいらっしゃったんですよね。それに比べて今作は、お互いのことをわかりあっているからこそ、音楽に対する想いをしっかり話し合った結晶というか。そういう話をすべてフィジカルで解決したのが〈リピー塔〉で、もう少し言葉で解決したのが『AINOU』という感じがします」

――そんな前作をふまえたうえで、今作ではどういったサウンドをめざしたのでしょう?

「2016年のフジロックに出演した時に、ジェイムス・ブレイクを観たんです。それがめちゃくちゃ格好良かった。(中村のバンドは)全員フジが初めてで、一緒に出演してくださったスティーヴさん以外はナメた服装で来てしまって(笑)。みんな寒いなか、身を寄せ合いながら観ていたんですけど、その場から動けなくなるくらいのサウンドだった。しかも、あんなにカッコイイのに音数が少ないんですよ。もう意味がわからなくて」

――僕も観ました、あれはすごかったですよね。

「それで、〈なぜだろう?〉って荒木さんや深谷さんに訊いたら〈サウンドメイクだよ〉って。私は自分がどう見えているのかを気にする癖があって、このままフィジカルを強くさせていくだけだと、自分の才能に飽きてしまうかもしれない――そんなふうにずっと思っていたんです。誰にでもいつか死が訪れるように、音楽への想いにも必ず終わりがある。もしも自分の才能に飽きてしまったら、きっと手遅れになってしまう。それを打破したい、新しい世界を見たい。そのためには、私にはそういうことを一緒に考える仲間が必要なんじゃないか。そのヒントがレミ街やtigerMosにあるかもしれない――そう考えていたところにジェイムス・ブレイクを観て、〈私はいま、ヒントを感じている〉と彼らに伝えたんです」

――そうでしたか。

「ちなみに、その時点ではまだ、練習のためにスタジオ入りしたこともなかったんですよ。〈フジロック〉に出てるのに(笑)」

――それはそれですごいけど(笑)。

「そこから一緒に合宿しようとお願いして。2人とどんなアルバムにしたいのか話し合っていたときに、リアン・ラ・ハヴァスやローラ・マヴーラの作品が思い浮かんで。どちらもフィジカルなタイプなのに聴きやすいし、同じアルバムを1か月聴いても常に新しい発見がある。穏やかなのに尖っていて、もう最高だなって。そこで、彼女たちやダーティ・プロジェクターズのように、しっかりサウンドメイクされているんだけど、生々しさもあるものを作ろうと考えました。特にローラ・マヴーラのファースト(2013年作『Sing To The Moon』)は衝撃的でしたね」

ローラ・マヴーラの2013年作『Sing To The Moon』収録曲“Green Green”
 

――そのアルバムが挙がるのはしっくりきますね。『AINOU』にも歌心があるし、音のコントロールが行き届いているなかに、生々しさや躍動感も宿っているので。

「嬉しい。2人にもローラのどこを聴いているのか質問したんです。私は歌やメロディーだったんですけど、彼らはビートを聴いていると。〈このビートにこのメロディーが乗っているのがいいんだよ〉って。〈はー、そうですか!〉みたいな(笑)。そういうやり取りを経て、彼らにメロディーを作ってもらうんですけど、英語しかハマらなさそうなものばかり渡されるんですよ。でも、私はどうしても日本語を乗せたかった。

だから、私は彼らの用意してくれたメロディーを噛み砕きながら、〈もう少し短いほうがいい〉〈長くしたほうがいい〉と話し合いながら進めて。日本語を入れていく作業を、最初の1年が過ぎたあたりから始めるようになりました。その頃には、私の好みもわかってもらえるようになったので、そこからはみ出さないようなメロディーを作ってくれるんですけど、何かしら新しいものを提案してくるのでかなり難しくて。最後まで悩みましたね」

――そこまで日本語にこだわったのはなぜ?

「私は日本人だし、日本語を普段から喋っているからこそ、それこそローラやジェイムス・ブレイクとご一緒したときに、その説明がちゃんとできる作品にしたかったんです。彼女たちに私のことがどう見えているのか訊きたいし、そういうときに嘘をつきたくない。もし彼女たちの音楽に寄せてしまったら、私がどう思うかなんて知りたくならないだろうなって。だから、新しい友達を増やすきっかけを作れそうなアルバムを、大人を巻き込んで全力で完成させていった感じです(笑)」