数多くのロック・レジェンドたちを撮影してきたカメラマンにして、ウェブページ〈久保憲司のロック・エンサイクロペディア〉を運営するなど音楽ライターとしても活躍しているクボケンこと久保憲司さん。Mikikiにもたびたび原稿を提供いただいております。そんなクボケンさんによる連載が、こちら〈久保憲司の音楽ライターもうやめます〉。動画配信サーヴィス全盛の現代、クボケンさんも音楽そっちのけで観まくっているというNetflixやhulu、FOXチャンネルなどの作品を中心に、視聴することで浮き上がってくる〈いま〉を考えます。

今回は、「タクシー・ドライバー」などの名匠、マーティン・スコセッシがロバート・デニーロら馴染みの老俳優たちとともに制作したギャング映画「アイリッシュマン」。アメリカ現代史を背景に、裏社会で生きるものたちの営みを描いた同作を、クボケンさんはどう観たのでしょうか。 *Mikiki編集部

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アメリカ版「仁義なき戦い」?

54歳になっても映画館の暗闇が大好きな久保憲司です。

いま話題の映画「アイリッシュマン」は、監督のマーティン・スコセッシが〈最近の視聴者が映画を観る場所は変化している〉と言っているように、まさにいまのストリーミング時代を代表するギャングものの大河ドラマ映画です。大河ドラマですが、内省的な作品です。だからストリーミングで観ると入り込んでしまうのでしょう。

それプラス僕が思ったのはこれは「仁義なき戦い」のアメリカ版だと。世界を代表する監督の最新作を東映チンピラ映画と比較したら怒られそうですけど、僕が観て最初に感じたのはこれです。「仁義なき戦い」を東映チンピラってのも日本映画ファンにぶっ殺されますね。

昔は「仁義なき戦い」を観たあとは、誰もが菅原文太さんになって、肩で風を切って暗闇のなかから出たら、ヤクザに肩があたってボコボコにされたものです。いまはちょっとでも手を出したら即逮捕です。だからヤクザなんか怖くない時代になったのです。世知辛い世の中になったものです。いやいやクリーンな世の中になったということでしょう。

なんて思って、この前久々に朝の6時くらいに歌舞伎町を歩いていたら、ホストがホストをボコボコにしばいてました。交番近くにあるのに警官とか全然来ないんですね。仕方がないから「にいちゃん、あかんでそんなんしたら、いまは防犯カメラいたる所にあるねんから、こんなのやってたら、訴えられたとき、一発でアウトやで」と止めました。2人は「お前、訴えたりしないよな」「しないすよ」と言いながらタクシーに乗って行きました。日本って変わらないなと思いました。

 

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血と暴力の世界

変わったと思いますけどね。「アイリッシュマン」はその変わる前の世界なんです。だから惹きつけられるのでしょう。

アメリカは変わったと思います。もう「アイリッシュマン」みたいなことはおこらないでしょう。誰がいま世界を牛耳っているんですかね。いやギャングが世界を牛耳っていたこともないと思うのですが、「アイリッシュマン」を観てると〈えーっ、アメリカの歴史ってギャングが作ってたの!〉と叫びたくなります。そういう話です。キューバ危機、ケネディ暗殺、全部マフィアがやっていた、ほんまかよと思ってしまうのです。

マーティン・スコセッシもこの映画の原作「"I Heard You Paint Houses": Frank "The Irishman" Sheeran & Closing the Case on Jimmy Hoffa」のことを〈出てくるのは実在の人物だが、物語が真実かどうかはわからない〉と理解していて、この映画を作っています。衝撃の事実とか、そんなのじゃなくある年老いた殺し屋の与太話として描いている所がいいのかなと。本のタイトルからして胡散臭いですよね、〈お前、ペンキ屋なのか(人を殺して、壁が赤く染まるから)〉。そんなこと人に言いますかね。

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でもファット・トニーとか、ベイビーフェイスとか名前つける人たちですからね。日本のヤクザにデブ政とか、赤ちゃん太郎とかそんなニックネームの人たちいないですよね。感覚が違うというか、僕のいたクラブ業界もそうだったのでなんとなくわかるんですけどね。法律の学位取ったからジャッジ・ジュールズ、口がうるさいからリサ・ラウドとかそんなのがDJ名になるのとかおかしいでしょう。ギャング・スタイルを継承してたんでしょうね。

与太話なんだけど、アメリカという国が血と暴力で出来ているという真実を突きつけている作品でもあります。アメリカが石油と宗教で出来ていると言うことを描いたポール・トーマス・アンダーソンの「ゼア・ウィル・ビー・ブラッド」と同じ空気を感じるのです。両作品とも説明臭くなく描いているところがカッコいいです。日本映画もこんなスタイルで日本とは何なのかを描くような作品が出てきたらいいですね。

 

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おじいちゃん4人、がんばる

いまはほかのマーティン・スコセッシの傑作と並ぶ最新の最高傑作と思っていますが、はじめはロバート・デ・ニーロ、ジョー・ペシ、アル・パチーノを40代にするCGメイクに全然入り込めず、この映画ダメだろと思ってました。3人とも動きがおじいちゃんなのです。アル・パチーノが初めて40代の演技をしたとき、その熱演ぶりにマーティン・スコセッシは感動して「カット!」と言ったら、CG担当の二人が「いまのアル・パチーノ先生の立ち上がり方は70代です、遅すぎます」と。

スコセッシ師匠、今作がアル・パチーノと初仕事だったらしく、「先生、いまの演技、遅すぎます。もう一度素早く立ち上がってもらえませんか」と言えずにCG担当の2人にそれを言わせようとしたそうです。どんな監督や! そんなのCG担当が言えるわけなく、言ってたら殺されてたでしょう。最終的にはマーティン・スコセッシが言ったそうです。「おじいちゃん4人しっかりしろよ」と言いたくなることもあるんですけど、なんかそんな細かいこと(細かくないか)は置いといて、惹きつけられる映画なのです。

こんなおじいちゃん4人を信じて、ちゃんと出資したNetflixは偉いなと。

ストリーミングって本当にいいですね。さよなら、さよなら、さよなら。