ガブリエル・アプリンがいつの間にか27歳になっていた。フランキー・ゴーズ・トゥ・ハリウッドの秀逸なカヴァー“The Power Of Love”が母国UKでNo.1を獲得し、世界にその名を轟かせたとき、彼女は確か20歳を迎えたばかりで、その時点ですでに自身のレーベルから作品を発信していたという活動的な面も伝えられ、なんと自立心旺盛なミュージシャンだこと、と強く印象付けられたもの。やがて絢香やAnlyといった日本人アーティストとのコラボを行ったことなどもあってJ-Popリスナーの間でも認知度も高めていくガブリエルだが、あの頃からずっと変わらず抱くイメージは、自分の行き先を自由に決めるために常にインディペンデントなスタンスを基本とする人だってこと。実際に彼女のキャリアを振り返れば、ひとところに留まることを良しとせず、徐々にスタイルを変化させながら表現の自由を享受してきたように映るのだ。
そんな彼女がいつしか10年選手になっていたことに驚きを覚えつつ、4年半ぶりのアルバム『Dear Happy』を聴く。この3作目がパーロフォンではなく自身のレーベル=ネヴァー・フェイドから発表されると聞いたときから、きっとこれまでになく開放感に溢れた作品が出来上がるに違いない、と想像していたものの、予想以上の風通しの良さに少し面食らった。全体の傾向は、最近のEPでも見られた通り、エレクトロニックな意匠を施したダンサブルな曲の比重がアップ。ミクスチャー度を高めているものの、ジョニ・ミッチェルとファイストの中間をターゲットにした2作目『Light Up The Dark』とも違う趣があり、何よりもロッキッシュな要素が薄れているのが特徴だ。人によってはこの変化をポップに振り切った結果と受け取るかもしれないが、どの曲にもごく自然体な彼女が見えてくるし、以前より軽やかな身のこなしで音楽を奏でている姿に誰もが気が付くはず。
資料によると本作は、世界をツアーして各地で触発された経験や文化を記録している、とのこと。なるほど、さまざまな方法論を手に取りながら本質的なところをガシッと掴みつつ刺激的な音楽を作る、そんなふうにここまでやってきた彼女にとって実にらしいコンセプトであり、自身の生き方を、日本に古くから伝わる伝統技法〈金継ぎ〉に当てはめた“Kintsugi”から窺えるのもそんな姿勢だったりする。シックな雰囲気のなかでポップなメロディーが光るこの曲は、彼女の充実した現在を伝えるのにもってこいで、弾けんばかりの歌唱も耳に残る(後半に登場する琉球民謡的な掛け声もおもしろい)。
当然ながら表現における歩幅の広がりぶりは、ヴォーカルの深みでも示されている。もっとも顕著なのは、ネオ・ソウル系シンガー・ソングライターのJP・クーパーとコラボしたミディアム“Losing Me”で、ソウルネス溢れるメロウでジェントルな歌声がひたすら心地良い。コラボといえば日本盤のみのボーナス・トラック“Miss You 2”も聴き逃せない。少し前に評判を呼んだ“Miss You”の新ヴァージョンに彼女は、エド・シーランに才能を見い出されたスコットランド生まれのニーナ・ネスビットを招聘しているのだが、同世代ならではの和やかな対話がこちらの気分もやんわりほぐしてくれる。
浮遊感と透明感を湛えたバラード“Dear Happy”を聴くと、ヒッピーな両親の影響でニック・ドレイクなどを聴きながら育った出自を改めて実感させられるし、つまるところ本作はここ何年かにおける彼女の音楽的変遷の集大成と言えるわけだが、昔からのファンにとっては、あっという間に進化を遂げ、スケール感を養っていくそのスピード感を楽しむことも楽しみのひとつとなるだろう。とにかく新しいシャツに着替えたガブリエルはひたすらまばゆい。
ガブリエル・アプリン
英ウィルトシャー出身、92年生まれのシンガー・ソングライター。11歳の時に両親から贈られたギターを演奏しはじめ、ブルース・スプリングスティーンやジョニ・ミッチェルらの音楽に親しんで育つ。YouTubeに投稿したカヴァー動画をきっかけに脚光を浴び、2010年に初のEP『Acoustic EP』を配信リリース。2012年にパーロフォンと契約し、“The Power Of Love”が全英1位を獲得する。2013年のファースト・アルバム『English Rain』は全英2位を記録。2015年の2作目『Light Up The Dark』リリース後に、拠点をふたたび自身のレーベルに移す。その後もマイペースに楽曲発表を続け、このたびサード・アルバム『Dear Happy』(Never Fade/AWAL/ワーナー)をリリースしたばかり。