松永さんの肩書きにはいつも〈リズム&ペンシル〉とついていたから、その「リズム&ペンシル」がたったの1号しか出ていないなんて、この本を読むまで知らなかった。そして、「リズム&ペンシル」の創刊号が出るまでにも(出た後も)一悶着があり……というか、二悶着も三悶着もある。

うねうねと蛇行しているうちに、気づけばまた元の道に戻ってきていて、行ったり来たりしながら、なんとか前に進んでいる。それが松永さんの半生なんだ、とこの本を読んで思った。

でも、そのかたわらにはいつも音楽があった。それがすごくいいし、とてもうらやましいと思う。

「ぼくの平成パンツ・ソックス・シューズ・ソングブック」は、Mikikiも大変お世話になっている音楽ライターの松永良平さんによるエッセイ集だ。平成元年から平成が終わった31年まで、松永さんが経験した出来事が、やわらかく軽快な文体によって1年ごとに語られていく。各年、その年の1曲が選ばれていて、だから〈ソングブック〉、というわけだ。

落ちこぼれ大学生の松永さんが友人たちと作りはじめた1冊10円のミニコミ「少年ヘルプレス」は、やがて「リズム&ペンシル」になり、1通の手紙をとっかかりにアプローチしたジョナサン・リッチマンに直撃取材をし、5年がかりで「リズム&ペンシル」の創刊号が完成。それでも、過剰在庫と借金と金欠に悩まされる毎日……。

その後も、NRBQへの(またしても)直撃取材やトム・アルドリーノと育んだ友情、『YUTA』というCDを持ってきた〈源くん〉とごく初期のSAKEROCKとの出会い(松永さんはその後、バンドの解散を見届けることになる)、ceroのツアーへの無茶な帯同や坂本慎太郎の海外ライブの追っかけなどなどが、高田馬場や高円寺、渋谷、NYといった街を舞台に綴られていく。いくつもの出会いと別れ、そして、愛と笑いと涙と音盤の日々。

ジョナサン・リッチマンに送った〈手紙〉というのは重要な気がしていて、というのも、クレイジーケンバンドの小野瀬雅生さんのライブのためにリズム&ペンシルがパンフレットを作る際、〈手紙〉は再び重要な働きをする(詳しくは、本書の〈平成13年〉を読んでほしい)。そう考えると、この本も、なんだか読者への手紙のように思えてくる。

そんな本書のなかでも、ぼくは特に前半が大好きで、松永さんは〈うだつがあがらない〉としか言いようのない、安定しない生活のなかで、「リズム&ペンシル」としてパンフレット制作をいくつも、がむしゃらに請け負っていく。後先なんて考えていないのだけれど、そこに通底しているのは、音楽へのピュアな愛情と〈おれがやらなきゃ誰がやる〉という根拠や理由のない謎の使命感。その疾走していくようなさまが、とにかくいきいきとしていて、いたく痛快だし、それこそが松永さんの仕事術やプロフェッショナリズム(のようなもの)の原点なんだな、と気づかされた。だからこそ、読んでいて、〈ああ、おれもやらなきゃな〉という気持ちにさせられる。そういった意味でも、読後は、受け取った手紙を読み終えた後のような気分になる。

松永さんの「平成パンツ」は、(もちろん、いい意味で)激動の半生の記録でもないし、ビッグな成功譚でもない。でも、ここにあるのは、きらきらと光り輝くエピソードと奇跡的な巡り合わせの連続ばかり。それらのひとつひとつが、松永さんの平成30年史をかけがえのない、このうえないものにしている。なんだか映画にできてしまいそう。

※このレビューは2020年2月20日発行の「intoxicate vol.144」に掲載された記事の拡大版です