映画主題歌、CM曲、展覧会のBGMなど、様々な楽曲が詰まった表情豊かな作品集
映画、ドラマ、CMなど、幅広い分野で活躍するシンガー・ソングライター/作曲家、コトリンゴ。その幅広さを一望できるコンピレーション・アルバム『小鳥百景 Kotringo Works』が届けられた。彼女がこれまで依頼を受けて提供した楽曲を集めた本作を聴くと、その多彩な仕事ぶりに驚かされる。こうした〈外の仕事〉は依頼主のイメージが最優先。CMは1分前後の曲も多く、オリジナル作品とは勝手が違うが、彼女に取ってはやりがいがある仕事だという。
「何もないところから作るより、〈こんな感じのものを〉って言われたり、決まった分数で作る方が燃えるんですよね(笑)。道しるべがある方が作りやすいというか。作ったものに直しを入れられることもあるんですけど、最近はそういうことも含めて楽しんで作れるようになりました」
収録曲のなかで最も知られているのは、劇場アニメ「この世界の片隅で」の主題歌“悲しくてやりきれない”だろう。彼女のカヴァー・アルバム『picnic album 1』に収録された曲を気に入って、片渕須直監督からクラウドファンディング用のティザーに使いたいと申し出があったという。
「でも、そのヴァージョンは激しいギターが入っていたりして映画に合わないと思ったんです。それでオーケストラ・サウンドで録り直したい、と監督に提案しました。ヴォーカルは自宅で、普通は歌には使わない特殊なマイクを使って録ったんです。暖かい音に録れるマイクなので歌に使ったらどうかな?と思って」
映画の主題歌で他に目を引くのは“楽園をふたりで”だ。作詞/坂本慎太郎、作曲/コトリンゴというユニークな組み合わせで、ハナレグミとデュエットしたこの曲は、坂本龍一との共同プロデュースで作られた。
「この映画のサントラは教授が作られていたので、一番最初のデモを提出した後、細かくアドバイスをいただいて、教授と相談しながら作っていきました。坂本慎太郎さんは教授からの推薦で、男性ヴォーカルを入れるというのも教授の提案でした。ハナレグミさんのお名前は私からですね。教授は私にとって先生みたいな存在でした」
また、本作にはCM曲が数多く収録されているのも嬉しいところ。様々なミュージシャンがアレンジを手掛けてきた“My Favorite Things”のカヴァー(JR東海)をはじめ、鉄道会社のCMが多いのが面白いが、広島電鉄のアプリ用に提供した“あなたがそこで降りるなら”には地元の風景が歌詞に描きこまれていてローカル色が出ているのも楽しい。
「この曲を作った時はパンデミック中だったので、広電に乗りに行けなかったんです。だから広島の知り合いに電話したり、地図を見たりして風景を思い浮かべながら歌詞を書きました。広島に行かないと聴けない曲なので、アルバムに入れられてよかったです」
収録曲のなかで珍しいのが、ムーミン展の会場のBGMとして制作された“彼女と世界の仲間たち~THE ART AND THE STORY~”だ。最初にタイプライターの音が聞こえて、そこに次第に音が重なっていくアレンジは、トーベ・ヤンソンが部屋の中でムーミンの世界を生み出していく様子を音楽で表現してみたとか。「会場のお客さんがムーミン谷にいるような気持ちになってくれたらいいなと思って」と彼女は微笑んだ。
思えば本作に収められた曲も、コトリンゴの部屋の中から生まれた物語。曲が書かれた時期も目的も違うのに統一感を感じさせるのは、色彩豊かなオーケストレーションや温かなメロディ、イノセントな歌声など、コトリンゴの作家性が外の仕事でもしっかりと息づいているからだろう。
そんなか、ちょっと異色なのが、パンデミック中にライヴハウス支援プロジェクトのために書き下ろした“DOOR”。この曲の演奏やプログラミングは、すべて彼女が手掛けて宅録された。「インストでもいいですよ、と言われたんですけど、言葉を乗せたくなって」書いた歌詞で、彼女は「ドアが開いたら あなたに会いに行こう」と歌う。その親密な歌声に彼女の素顔が垣間見えた気がしたが、本作では様々な表情のコトリンゴの歌に出会えるだろう。
コトリンゴ(kotringo)
音楽家。5歳からピアノをはじめる。バークリー音楽大学に留学し、ジャズ作曲科、パフォーマンス科を専攻。坂本龍一に才能を見いだされ、commmonsから2006年にデビュー現在は映画、ドラマ、アニメのサウンドトラックや、CMなどを手がけ、演奏のみならずオーケストラアレンジの表現も深め、音楽家として高い評価を受けている。また、近年はナレーションなど、声での表現の幅も広げている。