だって僕はレナード・コーエンではないわけだから

――その『A Song For Every Moon』から2年半ぶりとなる新作がいよいよリリースされます。2年半の間には何度かのツアーがあり、また2018年にはサム・スミスのUKツアーのオープニング・アクトを務めたりもしたわけで、なかなか濃い時間だったんじゃないかと思うんですが。

「うん、相当濃い時間だったし、素晴らしい経験ができたと思ってるよ。おもしろかったのは、デビュー・アルバムを携えてのツアーだというのに、たくさんの人に〈次のアルバムはいつ?〉って訊かれたこと。

〈そんなすぐには出来ないよ〉って言ってたんだけど、あまりにも訊かれるから、じゃあツアーをしながら作らなきゃって感じになって。1か月ツアーをしたら、1か月はスタジオに入って、またツアーに出るっていうことを繰り返した。ツアー中の外向きな状態と、スタジオで繊細な心を曝け出して作業している状態。そのふたつの世界を行き来するのはなかなかたいへんだったし、自分にとってチャレンジでもあったんだ」

――そのようにして作ったニュー・アルバム『To Let A Good Thing Die』は、作り始めの頃から青写真があったんですか?

「それほど明確な青写真はなかった。ファースト・アルバムだったら何を作ってもいいわけじゃない? ヘヴィー・メタルのアルバムだろうが、ビッグ・バンドのアルバムだろうが、フォーキーなアルバムだろうがなんだっていい。まだ自分のことをみんなが知らないわけだからね。そういう意味でファースト・アルバムには無限の可能性があったわけだ。

でも、ファースト・アルバムを出して、それを知ってもらったあとのセカンド・アルバムとなると、聴き手はその前提に立って聴くことになる。つまり前作からの発展が見えて、同時にもっとエキサイティングなものにしないと満足してもらえないわけだ。そういう意味ではシリーズ本の第2弾みたいな意識も必要なわけで、例えば『ハリー・ポッター』の次の作品が『ロード・オブ・ザ・リング』になってちゃダメだろうっいう(笑)。まあ、そんなことは考えていたけど」

『To Let A Good Thing Die』収録曲“Figment Of My Mind”
 

――では、具体的にどういったことを意識して作っていったのか、メロディー、サウンド、リリックとひとつずつ掘り下げて訊いていきますね。まずメロディーに関して。もともとあなたは展開が自然で古典的な曲を書く人という印象があるのですが、今作は前作以上に軽やかで流れるようなメロディーが多い気がします。そのあたりは意識しましたか?

「いや、特に意識してなかった。自分の耳だけを頼りに作ったというか。意識して何かをしようとすることって、ほとんどないんだよ。それをすると自分で限界を設けてしまうことにもなるから、自然の成り行きに任せるようにしている。まあ、どうやったって結局は自分らしいものになるわけで、いくら頑張ってもレナード・コーエンみたいな曲は作れないからね。だって僕はレナード・コーエンではないわけだから(笑)。レナード・コーエンみたいに書いてみたいけどね」

――でも、明らかに前作よりも楽曲の幅が広がりましたよね。それは恐らく〈こういうタイプの曲が自分らしいんだ〉という拘りをあまり持たずに、いま言った通り、ただ自分の心に忠実に書いているからなんでしょうけど。

「そうだね。そこはすごく重要なことだと思っている。以前、レノンとマッカートニーがほかの誰かのスタイルで曲を書こうとしたって話を何かで読んだことがあってね。〈ウディ・ガスリー風に作って歌ってみよう。次はビーチ・ボーイズ風にやってみよう〉って言いながら作って、歌い方も真似してたって話なんだけど。自分もそういうふうにやってみることがあって、〈よし、今日はビリー・ジョエル風のバラードを書くぞ〉なんて感じでやってみるんだ。

さっき言った〈レナード・コーエンみたいに〉って話と矛盾するようだけど、実際そんなふうにやってみると、かえって自由になれるというか、ごちゃごちゃ考えなくてもいいんだって気になるんだよ。で、そうやって作ってみると、結局出来上がった曲はビリー・ジョエルのバラードっぽいものじゃなくて、自分らしい曲になるってわけ」

――なるほど、それはおもしろいですね。因みにコンポーザーまたはソングライターで影響を受けた人にはどんな人がいますか?

「いま言ったビリー・ジョエルもそのひとりだけど、一番強く影響を受けているのはランディ・ニューマンかな。あとはポール・サイモン、レナード・コーエン、キャロル・キング、コール・ポーター、ニック・ドレイク、レディオヘッド。もっと言うと、J・コール、ケンドリック・ラマー、ア・トライブ・コールド・クエストとかからもけっこう影響を受けてるよ」

 

親密さを感じさせてくれるサウンドが好きなんだ

――続いてはサウンドに関する話を。今回、サウンド面で特にこだわったのは、どういったところですか?

「ファースト・アルバムの共同プロデューサーだったファイロと今回も一緒に作ったので、僕たちふたりのやり方を話すね。まず僕が曲作りをして、ピアノかギターで歌って録音する。次にそれをふたりで一緒に聴いて、どういうサウンドにすべきかを話す。それからファイロがビートを作る。そうするとメロディーとコードとビートが揃って曲の骨格ができるから、じゃあそこに何を足すかを考える。まあ、考えるというか、ごく自然に決まっていく感じなんだけどね」

――使用楽器や音数に関して、前作と変えようということは考えましたか?

「いや、変えるというよりは、前作の進化形をイメージしていた。前作では予算がなくて、家で録って、使えるのは電子ドラムだけという制約のなかであのサウンドを生み出したわけだけど、今回は少しスタジオに入って録ることもできたし、生ドラムを使うこともできた。手法的には前作と同じだけど、よりイメージを具現化できる環境になったように思う」

『To Let A Good Thing Die』収録曲“Nothing”
 

――聴くと、すごく近くて、親密感のある音の響きなんですよ。ヴォーカルも一緒で、すぐ近くで自分に歌いかけてくるような感覚が持てる。また、曲によっては贅沢なオーディオ・システムよりもラジカセとかで聴いたほうが雰囲気が出るものもあるように思います。そういった音響面にもけっこうこだわったんじゃないですか?

「さっきのメロディーの話と同じで、意識してこうしようみたいなことはほとんどないんだ。むしろ、あまり考えないようにしてた。じゃあなんでそういう響き方になったかと考えると、恐らく僕が好きだったジャズからの影響なんだろうね。ジャズは基本的に親密なリスニング体験ができる音楽で、ライブもたいてい狭い場所でやる。僕はジャズが大好きだったから、その影響じゃないかな。

それと、基本的にリヴァーブが好きじゃないんだよ。僕はドライな音を好むから、それもあって近くで鳴ってるように感じてもらえるんじゃないかな。ヴォーカルに関しては、チェット・ベイカーの影響だろうね。彼はマイクに近いところで静かに歌うから、聴く人はすごく親密に感じるわけで」

――ああ、チェット・ベイカーからの影響はよくわかります。特に“Regent’s Park”という曲は50~60年代のジャズっぽいムードがあって、若い頃のチェットのような甘い歌い方が印象的でした。

「うん。まあ、感じるままに自然体で歌っただけなんだけどね。その曲は『101匹わんちゃん』の音楽を手掛けたジョージ・ブランズの“A Beautiful Spring Day”という曲をもとにして、そこに歌詞をつけたものなんだ。歌詞は映画『101匹わんちゃん』に出てくる作曲家ロジャー・ラドクリフの視点から書いてみた」