フィリップ・グラスの幻の初期作品が50年ぶりに陽の目を見る。そのニュースを聞いて胸躍らせるのは、クラシックや現代音楽のファンだけではないだろう。1969年から70年にかけて作曲され、70年に数回演奏されたきり楽譜が行方不明となっていた“Music In Eight Parts”が、2020年の春に世界初録音されたのだ。グラスは76年にオペラ「Einstein On The Beach(浜辺のアインシュタイン)」を上演した際にかかった費用をまかなうため、多くの作品の自筆譜を売りに出しており、そのなかに“Music In Eight Parts”も含まれていた。それが2017年にクリスティーズのオークションにかけられ、ふたたび姿を現したというわけである。
この作品が書かれた70年は、グラスがミニマル的な作品を数多く生み出したキャリア初期のちょうど真ん中にあたる。つまり“Music In Eight Parts”は、“Music In Similar Motion”(69年)、Music In Fifths”(69年)、“Music With Changing Parts”(70年)を経て“Music In Twelve Parts”(71~74年)に向かって行く流れのなかに位置している。
タイトルの〈Eight Parts〉が示すとおり、この作品では8つのパート(声部)が対位法的に展開していく。シンプルな旋律のユニゾンからスタートし、少しずつリズムと旋律が変化し、ひとつずつパートが加わり、加速しながら進んでいく20分を超える作品は、まさにミニマル・ミュージックのお手本のよう。そこには、パリのナディア・ブーランジェのもとで西洋音楽を徹底して学び、その後インドに渡ってラヴィ・シャンカールから絶大な影響を受けた60年代のグラスの経験が結実していると言えるだろう。
フィリップ・グラス・アンサンブルによる今回の録音では、8つのパートをソプラノ・サックス2本、テナー・サックス、ソプラノ、キーボード2台(4手)が担っており、ヴィオラやチェロも含まれていた70年当時の楽器編成とは異なる。本来は2020年の春にお披露目公演が行われるはずだったが、COVID-19の影響でキャンセルとなり、それならばとアンサンブルのメンバーがそれぞれ自宅でレコーディングした音をミックスして、このEPが完成した。離れた場所で演奏していても、音と音とが重なり、次第に熱を帯びていく高揚感は伝わってくる。50年という歳月を超えて、私たちのもとに届けられた〈新しい音〉にぜひ耳を傾けていただきたい。