生誕100年記念に、フィリップ・グラス「MISHIMA」のあのインパクトを再び

 想像していただきたい。30センチLPジャケットだ。

 檄をとばす表情の男性がいっぱいに映っている。白いはちまきには中央に赤い円と漢字が黒く描かれ、はしはあたまのうしろをまわり片方の肩にかかっている。加えるに、下のほうにはローマ字が、赤くmishima、とある。

 ポール・シュレーダー監督による映画「Mishima: A Life In Four Chapters」、フィリップ・グラスによるサウンドトラック盤のジャケットは、こんなふうだった。いまもCDジャケットはおなじまま。大写しの男性はといえば、映画でミシマを演じる緒形拳。とてもつよいインパクトがあった。これは……と、尻ごみしたいのと、気になる、のアンビヴァレンスがあったのをおぼえている。

 ことし2025年は三島由紀夫生誕100年。1970年に45歳で自決している。すでに55年。半世紀以上経過しているから、ずいぶん前のことに感じるが、生きていたら100歳。いまはその年齢に達しているひともすくなくないし、身近にそういうかたもおられたりするだろうから、近いような遠いような、奇妙な気分になる。なるような気がする。それに、自決というスキャンダルはいまでも消えてしまったわけではない。

 三島由紀夫生誕100年・没後55年を迎える2025年11月25日の〈憂国忌〉(三島忌)を前に、〈三島由紀夫生誕100周年記念 フィリップ・グラス『MISHIMA』オーケストラとバレエの饗宴〉が開催される。〈オーケストラ演奏〉×〈舞踊〉×〈美術(横尾忠則作品画像)〉が融合する新しい舞台芸術だという。音楽は先に引いたシュレイダーの映画「MISHIMA」をベースにするとか。

 現時点の公演資料のみからわかることは多くない。そのなかからいくつか気づいたこと、想像できることを、わたしなりに、以下、記してみよう。

 すこし映画について想いだしておこう。

 原題にあるように、映画「MISHIMA」はタイトルのとおり、4つのパートからなる。映画の冒頭、目次のように、示される――〈1. 美(beauty)“金閣寺”〉〈2. 芸術(art)“鏡子の家”〉〈3. 行動(action)“奔馬”〉〈4. ペンと剣のハーモニー〉。最後、4つ目いがいは、カッコに括られていることからもわかるとおり、三島由紀夫の小説のタイトルだ。とはいえ、オムニバス形式ではない。3つの小説のダイジェストが、ミシマ最後の1日と生涯とオーヴァーラップする。

 映画冒頭はミシマが自邸の寝室で目覚めるところから。ミシマが自邸からでて市ヶ谷の自衛隊まで行き、檄をとばし、自決する。これが大枠。そのなかに、モノクロでミシマの幼少期、青少年期、作家デビュー、劇作への進出、ボディビル、私設の民間防衛組織の設立、訓練、決起、といった伝記的エピソードが挿入される。また、小説のダイジェストといえる3つのパートは、石岡瑛子の手によるものだろう、如何にもつくりもののセットなのだが、その〈如何にも〉の造形には、ほかの部分とのコントラストもあり、みごと。印象でいうなら、その一種の〈つくりもの〉感において、小林正樹監督の「怪談」を想いおこさせられるか。

 緒形拳はもちろん、坂東八十助、佐藤浩市、沢田研二、永島敏行、加藤治子、などなど、演じているひとたちの豪華さも忘れ難い。そうしたなか、ごくわずかだけれど、今回の舞台にかかわるアーティスト、横尾忠則の姿がある。横尾忠則の、1968年刊行のはじめての作品集は「横尾忠則遺作集」を持つ。こうしたタイトルとスタンス、作品そのもののが、この時代のものだったことは想いおこしておかなくてはなるまい。この作品集に三島由紀夫は序文を寄せ、ふたりは自決の数日前まで、やりとりをつづけることになる。ここでわたしが連想するのは、横尾忠則が一柳慧とつくったアルバム『オペラ 横尾忠則を歌う』。これは「遺作集」の、つまりは三島由紀夫自決の翌1969年、世界初のピクチャー・レコードで、ジャケットはといえば、刀をかかげる若い男性の絵――。

 

 それにしても、フィリップ・グラスのサウンドトラックはどのくらい流通したのだろうか。わたしは、1985年、届いたばかりだよ、とレコード店でジャケットをみせてもらって、(きっと)複雑な表情を浮かべた(のだとおもう)。グラスが三島由紀夫? 映画の情報はまったくなかったから余計に。音楽はグラスとすぐわかる。ただ、その時点では、ほかのグラス作品、すなわちフィリップ・グラス・アンサンブルによる作品に較べると、めずらしいひびきがしていた。打楽器と弦楽器が使用されていたからだ。

 グラスが(一般的なかたちでの)映画の音楽を手掛けたのはゴットフリート・レジオ「コヤニスカッティ」(1982)だったか。映像と音楽だけで、ひとのセリフや会話は一切ない。グラスが来日したときには、この音楽も演奏したように記憶する。それにくらべると、反復音型は多用されるが、もっとドラマに即したかたち。スネア・ドラムによる行進曲調のリズム、ティンパニのアクセント、グラス・アンサンブルを補強するような弦楽オーケストラのみならず、ところどころに効果音的な音響(小鳥や昆虫、カエルの鳴き声を模倣するような電子音)もはいってくる。グラスじしんがこうしたものまで手掛けたかどうかはわからないが、すくなくとも、それまでのグラスの作品が拡張されるように感じられた。グラスはその後、「クンドゥン」や「めぐりあう時間たち」など、多彩な映画に音楽を提供することになるが、この時点では、グラスの映画音楽、しかも三島由紀夫、この列島ではどうも公開はされないようだとのことから、一部、好奇心を刺激するものとなった。

 今回の公演で会場にひびくのは、フィリップ・グラスの音楽。ここにはマイケル・リーズマンが編曲者名でクレジットされている。

 映画「MISHIMA」のサウンドトラックも、オーケストラ指揮はリーズマン。この1943年生まれの作曲家にして指揮者、キーボード奏者は、1974年以来、グラスとともにしごとをしている。フィリップ・グラス・アンサンブルでも、グラスじしんはキーボードを担当、指揮はリーズマンにまかせている。アンサンブルとしてのサウンドを調整するにあたり、作曲者とはべつの視点(聴取点)が必要、との客観性が感じられなくもない。そうしたことをおもうと、もともとの映画の時点でも、すくなからずこの人の手がはいっているのではないか、と推測してしまったり。サウンドトラックにはクロノス・クァルテットが加わっているが、ここから弦楽四重奏曲第3番“ミシマ”へと独立した作品となり、2000年代になってからはリーズマンの編曲によるピアノ版も流通している。

 さて、バレエ。こちらにはわからないことが多い。ただ、三島由紀夫とバレエといえば、モーリス・ベジャールが東京バレエ団のためにつくった「M」を想いだす。作家の姓の頭文字Mであるとともに、〈海(Mer)、変容(Métamorphose)、死(Mort)、神秘(Mystère)、神話(Mythologie)といった三島の人生の表象〉(東京バレエ団のサイトより引用)をかさねた1993年の作品だ。三島由紀夫の小説の断片的なイメージはこちらにも多数あらわれる。今回の舞台では横尾忠則の作品がバレエとともに、スクリーン上に投影されるそうだ。バレエは、〈上野水香がグラスを踊る!〉ほぼ20年ぶりに牧阿佐美バレヱ団の、青山季可、逸見智彦、京當侑一籠とともに、も注目すべき。

 コンサートは、第1部がグラスのヴァイオリン協奏曲第2番“アメリカン・フォー・シーズンズ”。 第2部がピアノとオーケストラのための協奏曲“Mishima”。第1部の“ヴァイオリン協奏曲”、つい先日訃報の届いた演出家ロバート・ウィルソン――R.I.P...――との「浜辺のアインシュタイン」でもヴァイオリンは重要な位置にあることを想いおこせば、ヴァイオリン・ソロをとる川井郁子の存在は大きい。第2部“協奏曲「Mishima」”は、第1部と対照的にピアノがフロントにたつ。どのような編曲がなされているのか、ヴァイオリン/ピアノの対照もふくめ、気になるところ。

 映画「MISHIMA」サウンドトラック盤ジャケットのインパクトは、いまだに、わたしから消えさってはいない。この舞台がどのようになるのか、いまの時代にふれるのも、おもしろいようでコワいような、ふしぎな期待でぞわぞわするのだったが。

 


三島由紀夫【1925-1970】(みしま・ゆきお)
1925年、東京生まれ。1946年、川端康成の推薦で「人間」に「煙草」を発表し、文壇に登場。1947年、東京大学法学部を卒業後、大蔵省に勤務。翌年退職し、本格的に作家活動に入る。1949年、初の書下ろし長編「仮面の告白」を刊行し、作家としての地位を確立。主な著書に、1954年の「潮騒」(新潮社文学賞)、1956年の「金閣寺」(読売文学賞)、1965年の「サド侯爵夫人」(芸術祭賞)などがある。1965年にはノーベル文学賞候補に。「豊饒の海」四部作を完成させたあと、1970年11月25日、陸上自衛隊市ヶ谷駐屯地にて自決。享年45。

 


寄稿者プロフィール
小沼純一(こぬま・じゅんいち)

早稲田大学文学学術院教授。音楽文化論、音楽・文芸批評。今はこの酷暑をやりすごすことだけです……ふぅ……

 


LIVE INFORMATION
RENAISSANCE CLASSICS 三島由紀夫生誕100周年記念
フィリップ・グラス『MISHIMA』オーケストラとバレエの饗宴

2025年11月14日(金)東京オペラシティコンサートホール
開場/開演:18:00/19:00

■演奏曲
フィリップ・グラス:ヴァイオリン協奏曲第2番「アメリカン・フォー・シーズンズ」/ピアノとオーケストラのための協奏曲「Mishima」

■舞台美術
横尾忠則
※横尾先生による三島由紀夫テーマ作品(3~4点)を「MISHIMA」上演中に舞台美術(舞台上スクリーンに投影)として使用。

■指揮
栁澤寿男(京都フィル・ミュージックパートナー)

■管弦楽
京都フィルハーモニー室内合奏団特別交響楽団

■監修
三谷恭三(牧阿佐美バレヱ団芸術監督)

■振付
堀内充

■出演
川井郁子(ヴァイオリン)/滑川真希(ピアノ)/上野水香(東京バレエ団ゲストプリンシパル)/青山季可(牧阿佐美バレヱ団プリンシパル)/逸見智彦・京當侑一籠(牧阿佐美バレヱ団プリンシパルキャラクターアーティスト)
※オーケストラ共演による新作バレエを上演

https://classics-festival.com/rc/performance/mishima-2025/