“アイ・ラヴ・ユー、OK”、“時間よ止まれ”、“YES MY LOVE”。矢沢永吉のバラードの世界を堪能できるベスト・アルバム『「STANDARD」~THE BALLAD BEST~』が届けられた。

矢沢永吉 『「STANDARD」~THE BALLAD BEST~』 GARURU RECORDS(2020)

昨年、約7年ぶりのオリジナル・アルバム『いつか、その日が来る日まで...』をリリース。オリコンランキングで〈最年長1位〉を記録し、最高峰のロック・シンガーとしての存在感を改めて示した矢沢。今回リリースされる『「STANDARD」~THE BALLAD BEST~』は、約45年に及ぶソロ・アーティストとしてのキャリアのなかから、珠玉のバラードを厳選した作品。レーベルの枠を超えたオールタイムの選曲によりCD3組に全39曲が収録され、オーセンティックなロック・バラードを軸に、矢沢にしか表現できない艶、色気、ダンディズムをたっぷりと堪能できるベストに仕上がっている。

記念すべきファースト・シングル『アイ・ラヴ・ユー、OK』(75年)、初のチャート1位を獲得し、矢沢をスーパースターの座に押し上げた『時間よ止まれ』(78年)をはじめ、彼の歴史を彩ってきた名曲がずらりと並ぶ本作。ここから伝わってくるのは、メロディメイカーとしての才能だ。よく知られていることだが、矢沢永吉は基本的に作詞をせず、自身が紡いだメロディに対して作詞家が歌詞を付けるスタイルを取っている。そのため特にバラードでは、彼が持っている天性のメロディセンスが強く表れるのだ。ブルース、ロックンロールの本質を捉え、独特の叙情性と官能性をたたえた旋律が、しなやかにした強靭な肉体性をまとったヴォーカルとともに匂い立つように広がっていく矢沢のバラードは、まさに唯一無二。

本作『「STANDARD」~THE BALLAD BEST~』に収められている楽曲は、誰にもマネできない独創性と時代に左右されない普遍性を共存したまさに〈スタンダード〉ばかりだ。また、矢沢永吉のイメージを作り上げてきた作詞家の仕事にもぜひ注目してほしい。相沢行夫(“アイ・ラヴ・ユー、OK”など)、松本隆(“安物の時計”など)、西岡恭蔵(“A DAY”)、山川圭啓介(“チャイナタウン”など)、松井五郎(“東京”など)、ザ・コレクターズの加藤ひさし(“風の中のおまえ”)といった優れた作詞家たちによる歌詞は、そのまま矢沢の言葉になり、リスナーに強烈なインパクトを与えてきたのだ。

“キャロル”、“いつの日か”は再録音(ヴォーカル録り直し)され、“風の中のおまえ”、“YES MY LOVE”は新たにミックスを矢沢本人が手掛けたのも、本作の大きなポイントだ。ソロデビューアルバム『I LOVE YOU,OK』(75年)に収録された“キャロル”は、別れてしまった〈キャロル〉と過ごした日々を振り返り、〈おまえと俺とにそっと/めぐったあの季節を 忘れはしない〉と歌うこの曲は、初期を代表するラブ・バラード。オールディーズを想起させるメロディ、45年という月日のなかで培われた豊潤なヴォーカルが響き合う素晴らしいテイクに仕上がっている。

矢沢自身が出演した‘82コカ・コーラのCMイメージソングとしても話題を集めた“YES MY LOVE”(82年)も、キャリアを象徴する楽曲の一つ。この曲が収められたアルバム『P.M.9』には、ドゥビー・ブラザーズ、TOTOのメンバーなどが参加。80年代のAORを代表する凄腕のミュージシャンたちの演奏により、矢沢の音楽は完全に世界レベルへと達した。その音楽的な魅力は言うまでもなく、今もまったく色褪せていない。

『いつの日か』(94年)は、矢沢にとって初のドラマ主演作「アリよさらば」のエンディングテーマ。ピアノ、サックスによる激しくも切ないイントロから始まり、〈いつの日か もう一度 逢おう〉と語り掛ける渾身のバラードだ。〈本当の愛とは?〉というテーマが根底に流れている歌詞を全身全霊で歌い上げるパフォーマンスは、まさに圧巻。どんなに叫んでも、ピッチとリズムは全く乱れず、すべての言葉を真っ直ぐに響かせるヴォーカルにしびれる。

そしてアルバム『LOTTA GOOD TIME』(99年)に収められた“風の中のおまえ”は軽快なビートが心地いいミディアム・チューン。年齢を重ね、若き日の情熱を思い出しながら、それでも前に進んでいく姿を描いたこの曲は――コロナ禍においても活動を止めず、果敢にチャレンジを続けている――現在の矢沢永吉のイメージとも強く重なっている。

タイムレスな魅力を備えたバラードが集約された『「STANDARD」~THE BALLAD BEST~』。音楽性、歌詞の世界観、ヴォーカルの表現を含め、聴き返すたびに深みを増していく名曲の数々を心ゆくまで味わってほしい。そのときあなたは、矢沢永吉という稀代のロック・シンガーの豊かさと凄みを改めて体感することになるはずだ。