どこにいても、ほんの数秒踊るだけで魅せるダンサーたち
ジャンルを超越した表現が舞台で炸裂する
今夏シーズンのTBS系ドラマ「私の家政婦ナギサさん」で、主人公・相原メイの母親役を好演した草刈民代。日本を代表するバレリーナから女優へ転身してはや10年。今ではテレビや舞台で強烈な印象を魅せつける女優として知られるようになった。
「この10年間は踊り専門だった身体から、声を出す身体に変えていくことが大きなテーマとなっていました」
そんな草刈が10年振りに大きな舞台に立つという。それも我が国のダンス界の中で注目すべき8人のダンサー達と共に。2021年1月30日(土)に東京・Bunkamuraオーチャードホールで開催される〈INFINITY —DANCING TRANSFORMATION— ジャンルを超えたダンサーの競演〉と題されたこの公演。そのきっかけは新型コロナ感染症による自粛期間に草刈が中心となって制作した動画「#Chainof8」にあるという。
「YouTubeで発表した後3週間くらい経ってから、動画をもとに公演しませんかという話がありました。ただ動画を作った時点で、私自身が踊るつもりは特になかった。だから公演なんて考えもしませんでした」
草刈の他に菅原小春・熊谷和徳・上野水香・辻本知彦・中村恩恵・平原慎太郎・麿赤兒とそれぞれの世界で強烈な存在感を示す7人のダンサーが、フィリップ・グラスの楽曲に合わせて踊りを繋いでいく。まさしく〈Chain〉のように。ダンスそのものやダンサーそれぞれのファンはもちろん、口伝えにじわじわと評判が広まっているこの動画。本稿を読んでいらっしゃる方にも是非観てもらいたいが、そもそもは自宅にこもっていた時期にインターネット経由でさまざまな〈ダンス動画〉に触れたことが発端になっている。
「ネット上では手軽に自分の踊りを撮って投稿しているものが多かったし、テレビでも本格的に踊るダンサーの踊りは取り上げていませんでした。でも人々が魅せられる踊りを創っている人たちは日本にもいるわけで、そういう人たちの存在をアピールしたいという気持ちになりました」
その気持ちを最初に相談したのはコンテンポラリー・ダンスの平原慎太郎だった。
「平原君に話したら〈やれることならやりたいです〉と。そして〈草刈さんが言い出せばみんなやりますよ〉とも言ってくれました。でも今の時代、バレエだけでは訴求力に欠ける気がして、ダンス全体で捉えた方が良いと思ったんです。菅原小春さんは以前から注目していました。彼女の表現力は特別です。辻本君も彼がまだ若い頃にローラン・プティ作品を牧阿佐美バレエ団で踊ったことがあったので知っていましたし。タップの熊谷さんのことは平原君が教えてくれたんです。私はダンサーを引退してからはあまりいろいろな踊りを観ていなかったのですが、YouTubeにあった熊谷さんの動画を観たら凄かった! 早速連絡を取りました」
こうして創り上げた4分ほどの動画作品は、例えば他のダンサーからの反応はあったのだろうか。
「知り合いのダンサーはみな励みになったと言ってくれましたが、どうなんでしょうね。今の私は踊りの世界にいるわけでは無いですから。でも渡辺えりさんからすぐに電話を頂いたり、弁護士の亀石倫子さんが、こういったものを観ると、やはり芸術は必要だということがよくわかる、といったツイートをしてくださったりしました」
話を聞いている間、草刈は度々「今の私は踊りから離れている」ことを口にする。その言葉は自分がいた頃と最近の間に感じるギャップを暗示しているようだ。
「今のダンス界は私が踊っていた時代とは全然違いますね。以前はもっとバレエの存在が大きかったと思うんです。でも一般的な尺度で見ると、今やダンス界の中心は菅原さんなんじゃないかと思うくらい、状況が変わって来たように感じてしまいます。今、日本には様々なジャンルのダンスが存在してますが、そもそも西洋的なダンスの始まりは、大正時代に帝劇に招かれたローシーというバレエの演出家だったり、それから8年後に来日し日本バレエの母といわれるエリアナ・パヴロワ先生からなのではないかと思うんです。
それから100年以上経った今、いろいろな変遷を経て今に至るわけですが、今はどんなジャンルの踊りも海外とつながっているし、日本人も海外で勉強してきたり実績を積んできている人も多くなっています。でも、マスコミの取り上げ方や取り上げられる人は偏っていて、本当に実力のある人が多くの人に知られているかというと、そうではないというのが現状です。私はそこをもっとアピールしたい。私が踊っていた時期は、今から考えればとても良い頃で、バレエの存在感もまだ大きかった。でも今はダンスの存在すら、偏って小さくなっている気がします。内側にいる人は気がついていないかも知れませんが、いざ外から眺めてみると、〈どうしちゃったの? もうちょっと世間とつながっていても良いんじゃない?〉と思うんです」
オーチャードホールで披露される舞台は、そんな草刈の想いを具現化したものだといえるだろう。舞台に立つのは動画に参加した面々だが、舞踏だけは麿赤兒に替わって石井則仁が参加する。石井もまたストリートダンスやバレエを経て舞踏という表現に飛び込んだダンサーだ。
「1部はそれぞれ自分たちの作品。2部は私が選曲をし、誰と誰が踊り振付をするかというようなキャスティングもしました。私と中村さん、菅原さんの3人で踊るシーンもあります。11の色々な楽曲をつなげて、皆でオムニバスのような一本の作品を創ります。踊りの表現の面白さをいろいろな形で感じてもらえたら」
実はこの公演の前にもう一本、草刈は踊るという。場所は神戸にある横尾忠則現代美術館の展示室で映像作品として配信されるという。振付はドイツの劇場で芸術監督として活躍してきた森優貴。映像演出に夫君でもある映画監督、周防正行。衣装はレディ・ガガの靴のデザインで名を馳せた串野真也と気鋭のクリエイター達が集められた。
「1月の舞台の振付を中村恩恵さんにしていただいている時に、森君が帰ってきているらしいと教えてもらいました。彼の名前は知っていましたが、詳しくは知らなかったんです。年齢も一回りほど違うし、彼は神戸出身で早くからドイツで活躍していたようですし。作品の動画も観ましたが、あそこまでの作品が創れる日本人はこれまでに出ていないと思います。そもそも、日本にはヨーロッパのような創作環境はないわけですし。彼の芸術監督としての経験は貴重です」
踊りの世界に別れを告げ、女優としての立ち位置も確立した草刈民代が、再び踊りの世界に目を向けて挑む舞台。そこに集う観衆に草刈が望むのはどういったことだろうか。
「あの動画を作った時も思ったのだけど、このメンバーは自宅の寝室でもベランダでも、踊り出すと数秒でもおおっ、と思わせるだけの存在感があります。それに触れることが、踊りを観る醍醐味でもあります。皆さんにはそのあたりに興味を持って来て頂ければありがたいですね」
表現を追求するダンサー達が魅せる本気の踊りを体感する。きっとそんなひとときになるに違いない。
草刈民代(くさかり・たみよ)
牧阿佐美バレエ団の主要バレリーナとして活躍。09年4月 「Esprit~ローラン・プティの世界」をプロデュース。国内11都市、14公演を行いバレリーナとしての幕を閉じる。日本のバレエを一般に広めることに大きく貢献した。女優としては96年には映画「Shall we ダンス?」(周防正行監督)に主演し、数々の賞を受賞。10年のNHKの大河ドラマ 『龍馬伝』にてテレビドラマ初出演。11年、主演バレエ映画「ダンシング・チャップリン」(周防正行監督)が公開。 12年、映画「終の信託」(周防正行監督)に主演し、第36回日本アカデミー賞優秀主演女優賞を受賞。今後も様々な分野での活動が期待される。
寄稿者プロフィール
渡部晋也(わたべ・しんや)
ライター&舞台写真家として、音楽家、役者、ダンサーなど様々なクリエイターに話を聞けるのは嬉しいこと。きっとこれからもやめられない。ようやく劇場も動き出しミュージカル「生きる」、架空畳「インテグラルの踵は錆びない」、加藤健一事務所「プレッシャー」、新宿梁山泊「唐版 犬狼都市」などを観劇。尺八奏者・小濱明人のリサイタルでは生き様と覚悟を込めた演奏に触れることが出来た。
LIVE INFORMATION
INFINITY —DANCING TRANSFORMATION— ジャンルを超えたダンサーの競演
○2021年1月30日(土)
昼の部 14:00開演(終演16:00予定)
夜の部 18:00開演(終演20:00予定)
会場:Bunkamuraオーチャードホール
芸術監督・演出:草刈民代
出演:菅原小春/熊谷和徳/上野水香/辻本知彦/中村恩恵/平原慎太郎/石井則仁/柄本弾/草刈民代/他
振付:辻本知彦/平原慎太郎/菅原小春/田中裕子/熊谷和徳/中村恩恵/草刈民代/他
音楽:SOHN/Mooryc/Kyson/Antony and the Johnsons
舞台美術・衣裳:丸山敬太
www.classics-festival.com/rc/infinity/
横尾忠則 × 草刈民代の世界 —アートとダンスの競演—
○配信開始時期:2021年1月(予定)
出演:草刈民代/森優貴
振付:森優貴(神戸市出身・前ドイツ・レーゲンスブルク劇場ダンスカンパニー芸術監督)
上演作品:in between(森優貴振付作品)
衣裳:串野真也
音楽:フィリップ・グラス
映像演出:周防正行
会場:横尾忠則現代美術館・「横尾忠則の緊急事態宣言」展示室
www.ytmoca.jp/