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コラム

ポール・マッカートニー(Paul McCartney)『McCartney III』ひとりで音楽に向き合った宅録シリーズの伝統を紐解く

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精力的だった2010年代

 思い起こせば、近年のポールは年齢のことを忘れさせるぐらい精力的だ。この10年だけで見ても、トミー・リピューマやダイアナ・クラールと組んだジャズ・カヴァー作品『Kisses On The Bottom』(12年)、複数の人気プロデューサーを起用した『New』(13年)、そしてグレッグ・カースティンのプロデュースで36年ぶりに全米1位を獲得した『Egypt Station』(18年)とコンスタントにアルバムを発表している。また、過去の編纂作業としては2010年に『Band On The Run』から始まった〈Archive Collection〉シリーズが着実にカタログを増やし、2020年には『Flaming Pie』(97年)のリイシューまで辿り着いたところだ。さらにはカニエ・ウェスト&リアーナとのコラボ“FourFiveSeconds”(15年)や、フランク・オーシャン“White Ferrari”(16年)のコライト、盟友リンゴ・スターをはじめとするレコーディング参加など、外部での仕事も数多い。そしてライヴという面では日本でも伝説的な武道館公演が話題になったように現役のライヴ・パフォーマーでもある。それこそパンデミックがなければ、50周年を迎えた〈グラストンベリー〉でヘッドライナーを務める予定だったのだ。そう考えれば、動きの取れない状況ですぐレコーディングに切り替える判断も実にポールらしいと言えるのかもしれない。

 で、蛇足ながらも付け加えておくと、もちろん今作がポールにとって3枚目のソロ・アルバムというわけではない(そりゃそうだ)。基本的に『McCartney』と冠されたアルバムにおいて、彼は一人で曲を書き、一人ですべての楽器を演奏してレコーディングしている。そもそもビートルズ、ウイングスというふたつのバンドで世界を席巻したポールは、通常のソロ作においてもシンガー・ソングライターというよりはバンドマンたる自身を基本姿勢としてきたのだろう。同時に、新顔を含めたプロデューサーたちとの共同作業にも積極的に取り組んできたのは事実が示す通りだ。そんな彼があえて独力でのアプローチを選んできた、非常に数少ない機会こそが(結果的には)『McCartney』のシリーズを作ってきたというわけである。

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