ポール・マッカートニーが贈る『McCartney III』とは何か?
「僕はロックダウンの時期を自分の農場で家族と過ごしていた。毎日自分のスタジオに通っていた。映画音楽の仕事を少ししなければならなかったんだけど、それがオープニングで使われることになった。それが終わった後で、さあ何をやろうか?と考えた。何年も前に少しだけやりかけた曲がいくつかあったけれど、いつも時間がなくなって半分くらいのところで終わっていた。だから、そういう曲にはどういうものがあったのかを思い出していった。そして毎日、その曲をもともと書いた楽器でレコーディングを始めて、だんだんと楽器を足していった。とても楽しかったよ。仕事のためではなく、自分のために曲を作っている感じだった。というわけで、やりたかったことをやったんだ。それがアルバムになるとは思ってもみなかった」。

PAUL McCARTNEY 『McCartney III』 MPL/Capitol/ユニバーサル(2020)
このたび登場した2年ぶりのニュー・アルバム『McCartney III』について、ポール・マッカートニー自身はこのようにコメントを寄せている。奇しくも2020年は彼がみずからの姓を冠したソロ・デビュー作『McCartney』のリリースから50周年。コメントをそのまま受け取るならば当の本人は特にアルバムなどを予定していなかったようだが、コロナ禍におけるロックダウンを受け、隔離状態を活かして作り上げた楽曲たちが『McCartney III』という形を織り成していったということだろう。
精力的だった2010年代
思い起こせば、近年のポールは年齢のことを忘れさせるぐらい精力的だ。この10年だけで見ても、トミー・リピューマやダイアナ・クラールと組んだジャズ・カヴァー作品『Kisses On The Bottom』(12年)、複数の人気プロデューサーを起用した『New』(13年)、そしてグレッグ・カースティンのプロデュースで36年ぶりに全米1位を獲得した『Egypt Station』(18年)とコンスタントにアルバムを発表している。また、過去の編纂作業としては2010年に『Band On The Run』から始まった〈Archive Collection〉シリーズが着実にカタログを増やし、2020年には『Flaming Pie』(97年)のリイシューまで辿り着いたところだ。さらにはカニエ・ウェスト&リアーナとのコラボ“FourFiveSeconds”(15年)や、フランク・オーシャン“White Ferrari”(16年)のコライト、盟友リンゴ・スターをはじめとするレコーディング参加など、外部での仕事も数多い。そしてライヴという面では日本でも伝説的な武道館公演が話題になったように現役のライヴ・パフォーマーでもある。それこそパンデミックがなければ、50周年を迎えた〈グラストンベリー〉でヘッドライナーを務める予定だったのだ。そう考えれば、動きの取れない状況ですぐレコーディングに切り替える判断も実にポールらしいと言えるのかもしれない。
で、蛇足ながらも付け加えておくと、もちろん今作がポールにとって3枚目のソロ・アルバムというわけではない(そりゃそうだ)。基本的に『McCartney』と冠されたアルバムにおいて、彼は一人で曲を書き、一人ですべての楽器を演奏してレコーディングしている。そもそもビートルズ、ウイングスというふたつのバンドで世界を席巻したポールは、通常のソロ作においてもシンガー・ソングライターというよりはバンドマンたる自身を基本姿勢としてきたのだろう。同時に、新顔を含めたプロデューサーたちとの共同作業にも積極的に取り組んできたのは事実が示す通りだ。そんな彼があえて独力でのアプローチを選んできた、非常に数少ない機会こそが(結果的には)『McCartney』のシリーズを作ってきたというわけである。
〈McCartney〉シリーズの伝統
50年前……70年の初作『McCartney』は、ビートルズが終焉に向かう状況に押されて出来た産物だった。69年秋にジョン・レノンがバンド離脱を宣言した後、その事実が世間には伏せられた状況でポールは打ちのめされるも、妻のリンダの励ましもあってソロでのレコーディングに取り組みはじめたのだ。結果的にその制作プロセスは、リラックスした雰囲気のなかで創作欲の再生を図る試みとなり、素朴でハンドメイド的な作風は楽曲たちに時代を超える魅力をもたらすことになった。プレッシャーを感じることなく創作そのものを楽しんだ姿勢は、現代にまで至るインディー~ローファイなミュージシャンたちにも通じるものだろう。結果的にヒットした同作に自信を得てポールはソロ・キャリアを構築、71年には妻リンダやデニー・レインとウイングスを結成することになるのだった。
そのウイングスで精力的にレコーディングとツアーを繰り返し、世界的に大きな成功を収めた70年代のポールだったが、その裏で制作されていたのが80年5月リリースの2作目『McCartney II』だ。直前の1月にはウイングスで来日した際にポールが空港で逮捕され、それを契機にバンドは活動休止~解散(81年)となってしまうのだが、レコーディング自体は79年の半ばに終わっていたという。豪華ゲストたちを迎えたウイングスの前年作『Back To The Egg』への反動かもしれないが、エレクトリックでユニークな宅録に挑んだ『McCartney II』は結果的にポール流のテクノ・ポップやニューウェイヴ作品として80年代的なポップソングの在りようを先取りすることになった。ポールにしてはカルト人気の高い作品ともいえるが、ニューウェイヴ・ファンク的な全米No.1ヒット“Coming Up”は、ジョン・レノンが触発されて音楽活動を再開するきっかけだったともされている。これ以降のポールは『Tug Of War』(81年)からソロ名義での活動に絞っていくことになるのだが、〈McCartney〉マナーの作品が出ることはなかった。
それから40年後の『McCartney III』である。サセックス州のホッグ・ヒル・ミル・スタジオで制作された本作は、過去2作の伝統に則って文字通りの一人で作ったセルフ・プロデュース・アルバムだ。レコーディングはポールがギターやピアノを弾きながら歌を録り、そこにベースやドラムをダビングする行程で進められたそうだ。この手法は、ポールが90年代初頭に作りながらも未発表に終わっていた“When Winter Comes”に手をつけた際に思い付いたらしく、ポールは同曲に新たなメロディーをつけてアルバムのオープニング曲“Long Tailed Winter Bird”を作り、元の“When Winter Comes”にはイントロを加えた“Winter Bird / When Winter Comes”という形でアルバムの最後に配置。この対になる2曲に挿まれる形で楽曲が並び、全11曲のアルバムとなっている。
また、過去2作のアートワークで使われた写真が亡き妻リンダの撮影だったのに対し、今回は娘のメアリー・マッカートニーによる写真がメインで使われ、他にも甥のソニーやポール自身が携帯で撮った写真も使われているという。69年生まれのメアリーはまさに『McCartney』の裏ジャケでポールのコ—トの中に包まれて写っているわけで、そんなところにも何かを感じずにはいられないだろう。過去2作はポール自身にとっての大きな節目や転換点を記録するアルバムだったが、今回はそこにどのような意味が乗ってくるのか、まずはその中身をじっくり堪能してみたい。
ポール・マッカートニーの近作。
ポール・マッカートニーが参加した近年の作品を一部紹介。
〈Paul McCartney Archive Collection〉の近作。
『McCartney』シリーズとポールの近作たちを駆け足でご紹介!

ビートルズ崩壊寸前の状況下で、打ちのめされたポールが独りで臨んだ初のソロ・アルバム。リンダのバック・ヴォーカル以外はすべてポールの歌と演奏で、習作のような曲と屈指の名曲“Maybe I'm Amazed”などがユニークに混在する。リンダが撮影したジャケに包まれ、『Let It Be』に先駆けてリリースされた。

PAUL McCARTNEY 『McCartney II』 Parlophone(1980)
録音は前年ながら、ポール逮捕~ウイングス活動休止のタイミングも重なって話題となった、自宅録音によるソロ2作目。リンダの関与を除けばすべて主役の歌と演奏のみで構築され、ニューウェイヴ調の“Temporary Secretary”や実験的なインストも披露。チープで可愛いシンセ・ポップ“Coming Up”がヒットした。

PAUL McCARTNEY AND WINGS 『Chaos And Creation In The Backyard』 Parlophone(2005)
もともと制作を依頼したジョージ・マーティンの紹介でナイジェル・ゴッドリッチをプロデューサーに起用、ほぼすべての楽器をポール自身が演奏するというアイデア自体は〈McCartney〉シリーズにも近いアルバム。前作『Driving Rain』リリース直後に亡くなったジョージ・ハリスンに捧げられた一枚でもある。

PAUL McCARTNEY 『New』 MPL/Capitol(2013)
10年代最初のオリジナル作は、エグゼクティヴ・プロデュースも担ったジャイルズ・マーティンを中心に、マーク・ロンソン、イーサン・ジョンズ、ポール・エプワースという計4名のプロデューサーを起用した野心作に。ビートルズ時代を含む多面的なポール感が提示され、ジョンについて歌った“Early Days”も収録。

PAUL McCARTNEY 『Egypt Station』 Capitol/ユニバーサル(2018)
5年ぶりのオリジナル・アルバムでは、アデル『25』などで名を馳せるグレッグ・カースティン(とライアン・テダー)をプロデューサーに起用。〈Sgt. Pepper's〉や『Tug Of War』など格調高い系の名作を想起させるコンセプチュアルな構成と端正な仕上がりが素晴らしく、ソロ作では36年ぶりに全米No.1に輝いた。

PAUL McCARTNEY 『Flaming Pie: Special Edition』 Capitol/UMe(2020)
『McCartney III』に先駆けて登場した〈アーカイヴ・シリーズ〉の最新弾は、ジェフ・リンを起用した97年作の豪華リイシュー。Disc-2では自宅録音のデモ音源が丸ごと開陳されている。この蔵出し作業に本人が何かをインスパイアされたのかはさておき、生前のリンダや子どもたちの声も聞こえる作りが微笑ましい。