ここはT大学キャンパスの外れに佇むロック史研究会、通称〈ロッ研〉の部室であります。夏休みに入った校内は閑散としていますが、ロッ研の閑人たちは相変わらず部室に集っているようですね。おや、原付を飛ばしてこちらに向かってくるのは……。
【今月のレポート盤】
逸見朝彦「うわわ! いきなり原チャリが突っ込んできた!」
汐入まりあ「テツ君、部室を破壊するつもりですか!?」
鮫洲 哲「スイヤセン! そんなことより、俺の話を聞いてください!」
汐入「嫌です!」
鮫洲「いやいやいや、さっきタワレコに寄ったら店内でホワイト・ラングも真っ青の超爆音ロックが流れていたんすよ。ヤバイ新人が登場したと思って店員に訊いたら、何と80年代の音源だって!」
汐入「スワンズかソニック・ユース?」
鮫洲「それが……もっとスピード感のあるスゲエ音で! しかも日本のバンドっす!」
汐入「もしかしてHIGH RISE?」
鮫洲「流石は姐御だ、ご存知なんすね!」
逸見「HIGH RISEは日本が世界に誇る最強のハード・サイケ・ロックンロール・バンドですよ!」
鮫洲「逸見も知ってたのかよ!?」
逸見「もちろんです。彼らは〈ブルー・チアーとギターウルフのミッシング・リンク〉だ……と、ブロガーのバキトさんが書いていましたから!」
汐入「微妙に違う気もするけど、わかりやすく説明すればそんな感じかも」
逸見「82年から活動を開始した3人組で、日本のアングラ・シーンでは早くから名を馳せていて、灰野敬二などとも共演しているんですが、それ以上に海外での評価が高く、サーストン・ムーアやジェロ・ビアフラも絶賛していますね。で、93年にはマッドハニーの前座を務めたり。いまは廃盤ですけど以前は輸入盤も存在していたようです。ここ15年近く活動は停止し……」
鮫洲「スマホで検索しながら喋ってんじゃねえぞ、コラ!」
汐入「ところで、私の家には彼らの全アルバムがあるはずなのに、テツ君の持っているそのCDは見覚えがありません」
鮫洲「これは『TAPES+』っつうタイトルの……」
逸見「88年の初単独ライヴ時に会場限定でリリースされたカセットテープを、初CD化したものですね。しかもアルケミーやドイツのドシエ制作のコンピに提供した音源も加えての激レアな計13曲入り!」
鮫洲「だから、スマホを見ながら話すなっつうの! とにかく、姐御もいっしょに聴きましょうや!」
汐入「うわ~、改めて向き合うと確かに日本のバンドとは思えない音ですね。時代が変わるごとにグランジやストーナー・ロック、シューゲイザーと比較されてきましたけど、もっと独創的!」
鮫洲「まさにそうっすね! 基本はコードがあって、キャッチーなリフもあるんすけど、高速ギターが枠組みからどんどんハミ出していって、超スリリングっつうか。こんなの他に聴いたことねえっす!」
汐入「ロック・フォーマットから逸脱しそうなほどの加速度が特異なトリップ感を生み、猛烈にサイケデリックですよね」
逸見「こ、こんなにHIGH RISEってカッコ良かったのか……」
鮫洲「おい、実際に聴くのは初めてかよ!」
逸見「ところで、いま検索していて知りましたが、6月末に84年作『PSYCHEDELIC SPEED FREAKS』も初CD化されていたみたいですよ」
汐入「え! CDの音質では再現不可能と言われていたファースト・アルバムがついに!?」
逸見「でも限定500枚だったようで、すでに入手困難だとか」
汐入「うわ~、一生の不覚! 泣きたい!」
鮫洲「姐御が珍しく狼狽してるっすね」
梅屋敷由乃「皆さん、ごきげんよう! あらあら、今日は壮絶な音楽が流れていますね。ブルックリンの新人さんかしら? というか、会長さんが涙目ですけど……」
汐入「ユノちゃん、聞いてよ~」
梅屋敷「いま美味しいお紅茶を煎れますので、ちょっとだけお待ちくださいね。それにしても強烈なサウンドですこと! 轟音が猛スピードでグルグル渦巻いて、何だか私の頭もグルグルと……あら、どうしましょう、目眩が……」
鮫洲「おい、大丈夫か!?」
夏バテ気味の身体に大音量のサイケデリック・サウンドを浴びた梅屋敷さんは、軽い貧血を起こしたようですが、どうやら無事のようで一安心。それにしても、世の中にはとんでもない音楽が存在しているのですね。 【つづく】