甘い口当たり
USシーンにおけるオーガスト・アルシーナやタイ・ダラー・サインらの成功ぶりをみると、もはやラップと歌唱の境界線なんてあってないようなもの、という気にもなるし、ヤング・サグやケヴィン・ゲイツといったアーティストにしても、歌うような柔軟なフロウがブレイクのキーなのだと感じさせられる。どんどんボーダレス化が進むヒップホップ・シーンにおいては、やはり器用でいて絶妙なセンス感覚を持つ者が求められる、ということなのかもしれない。
そして、日本でも自由自在なフロウでトラックを乗りこなす人物が、とうとうアルバム・デビューへと漕ぎ着けた。彼の名は、JAZEE MINOR。
「ロングアイランド・アイスティーってカクテルは、テキーラやウォッカやジン、強烈な酒を混ぜてるけれど、飲み口はスゴく甘いじゃないですか。自分のアルバムも同じで、インパクトを重視して作った曲が入っているけど、結果、飲み口は甘くて耳触りがいい、という雰囲気を重視しました」とは、『BLACK CRANBERRY』というアルバム・タイトルに込めた意味についてのJAZEE本人の説明。「架空のお酒をイメージした」という通り、リキュール並みのパンチ力を持つ厳選された10曲が並ぶ。〈ズバリ自分の強みは?〉という問いに「音楽をやっていなくても女の子にモテること、ですかね」と答える彼らしい、色気のあるコンセプトだ。
「飲み口は甘い」という彼の台詞を受けて、かねてから日本のヒップホップ作品を追いかけてきたリスナーにとっては、JAZEE MINOR=シンガー、というイメージが浮かぶかもしれない。これまでにBCDM “We Shine(SPREAD DA SHINE pt.2)”、DJ HAZIMEの“Back To Back(Still Luv H.E.R.)”、YOUNG HASTLE“Blackout”などの諸作で聴かせてきたフロウは、どれもシンガーとしてのもの、つまり、〈歌うJAZEE MINOR〉だったのだ。しかも、その端正かつワイルドな佇まい……あれ、JAZEE MINORってラッパーだったの?
「“We Shine”は、あの頃の自分にとっては結構なチャレンジでした。ああいうふうにフックを歌うことは、それまでにもなかったことで。でも、それで名前が広まって、ある意味、自分の可能性を感じることができたというか。ただ、それまでの自分はヴァースで普通にラップをしていたし、(自分のアルバムでは)やっぱりそういう部分を見せたいなって」。
ビックリさせてやろうと
そもそも、音楽を聴きはじめたのはヒップホップから。「日本のヒップホップ作品は、中学生の頃から聴いていましたね。Dragon Ashの“Grateful Days”でZeebraを知って、どんどん掘っていったら日本にもこんなにヒップホップが根付いてたんだ、と気がついて。高校に入ってからはサッカー一筋だったんですけど、そんななかでも仲間内でリリックを書いたり」と、早い段階からすでに創作活動を行っていたという。その早熟さゆえか、高校を卒業した彼はすぐにNY行きを決意する。
「そのときは井の中の蛙のようで。高校3年生でキャリアをスタートするのはちょっと遅いんじゃないかなと感じたんです。だったら、本場に行って飛び級しちゃおうぜ、と」。
結果、その音楽的感覚にはドラマティックな変化が。
「NYに行ったあとは、音楽の〈純度〉みたいなものをすごく意識するようになりました。音楽的なキャリアもゼロの状態で行ったので、あのタイミングでNYに行ったのはスゴく良かったですね」。
帰国後、都内でライヴを重ねながらJAZEEはそのセンスを研ぎ澄ませていく。その延長戦上に先述の“We Shine(SPREAD DA SHINE pt.2)”でのブレイクがあったわけだが、ときにそのイメージから、シンガーとカテゴライズされることに抵抗もあったのでは?
「でも、自分でも予想はしてたんで。そういったシンガーとしてのイメージをあからさまにしたうえで、このアルバムを作ったんです」。
なんという確信犯! 確かに、リード・シングルとして発表された“100”を聴くと、ラッパー、JAZEE MINORのスピット具合にぶっ飛ばされる。「皆をビックリさせてやろうと思いました」と語る通りの、ハードな仕上がりだ。しかも、ゲストに招いたのはAKLO。まさに好敵手。
「(AKLOには)喰らいましたね、勉強になりました。〈AKLOを招いて、歌じゃなくラップで勝負する〉ってことが、いちばんアピールしたかったですね。いままで俺が見せられていなかったところであり、フィーチャーされてこなかった部分。“100”では、それを良い形で見せられたと思う」
飾らない自分でいたい
「これまでさんざんいろいろなフィーチャリング仕事をしてきたから、自分のアルバムには厳選したアーティストしか呼びたくなかった」と語る通り、意外なほどにゲスト陣は少なく収まった。“Be Right”では盟友YOUNG FREEZに、初共演となるY'Sが参加。どこかノスタルジックな雰囲気を漂わせる楽曲は、少し意外な出来だ。
「YOUNG FREEZは自分のビジネス・パートナーというか、昔からいっしょに曲を作っていて、お互いの良さも知っているので。Y'S君とはリリース日が被るのも知ってたから、ここでは、Y'S君が自分のアルバムでは出してない味を出せればいいなと思って」。
また、もう一つ意外だったのは内省的なリリックも目立つ点。“100”で見せた勢いの良さも保ちつつ、ときにクールダウンさせて自分自身のことを振り返る瞬間も、アルバム本編には少なくない。
「そこは意識しましたね。最後、10曲目に“KAGAMI”って曲があるんですが、それは〈飾らない自分でいたい〉という曲で。何かこう、日本のラッパーで派手なこと歌っていても、ぶっちゃけ現実感がないこともあるじゃないですか。だから、俺は自然にこう……肩肘を張らずに書いたリリックを歌っていきたくて」。
本作では自身によるプロデュース楽曲も収録。今後はプロデュース業にも力を入れたいと言いながら「いまはすでに次のヴィジョンしか見えていない。どんどん頭の中にやりたいことが出てきて、もっといいものを作ろうという気持ち」と語るJAZEE MINOR。これからの日本のシーンに、どんな風穴を開けてくれるのか本当に楽しみだ。まずは『BLACK CRANBERRY』を聴いて、その世界観にどっぷりと酔いしれてほしい。
▼JAZEE MINORの客演した作品を一部紹介
左から、BCDM&ビンク!の2012年作『NUMBER.8』(ファイル)、YOUNG HASTLEの2012年作『Can't Knock The Hastle』(STEAL THE CASH)、2012年の企画盤『SKY-HI presents FLOATIN' LAB』(BULL MOOSE)、LUCK-ENDの2012年作『HIGH GRADE CONTENTS VOL.3』(JUICY)、GRADIS NICE & OJ BEERT SIMPSONの2013年作『JUICE TIME』(SAVANNA TOKYO)、BIG-Tの2013年作『ALIVE』(THE FOREFRONT)、DJ HAZIMEの2013年作『AIN'T NO STOPPIN' THE DJ VOL. 2』(ユニバーサル)、T.O.P.の2014年作『UNDERWORLD ANATOMY』(R-RATED)
※ジャケットをクリックするとTOWER RECORDS ONLINEにジャンプ