表に出るものと裏方に徹するもの、その中間をいきたい

──良い耳をもったメンバーとお客さんによってソングライティングの技術が磨かれていったわけですね。そんななかでソロの話になりますけど、作るとなるまでの流れはどういった感じだったんですか。

「ソロをやりたいなっていうのは昔から思っていたんですけど、5、6年前からちょこちょこ〈やりませんか〉っていう話をもらってたんです。ただ、何かしらのツアー・サポートだったり、ノーナでアルバムを作ってる時期だったりして、なかなか踏ん切りがつかなかったんですよ。その頃は、ソロをやるならこういうことをしようとか今以上に考えてたし、今以上に何でもできるって考えてたんですけど、時間が経つにつれて、出来たら出来た順番で発表する、そういうことのほうが健全だし、大事なんじゃないかっていう考えに徐々に変わってきて。やっぱり、頭で考えてもしょうがないというか。今回、BONNIE PINKさんといっしょにやった“Little Bit Better”とか、出して初めてホッとしたというか、そこでようやくスタートできたなっていう感覚でした」

──その“Little Bit Better”と、ご自身で歌った“ホライズン”が最初に発表した2曲になりましたね。

「自分が歌っているのとゲスト・ヴォーカルを迎えたもの、ズルいといえばズルいというか、どっちかだけでもないんだよってのを打ち出したくて。やっぱり自分の声を聴かせないと説得力ないなって思ってたんですよね。それでムチ打って、歌詞も書いて、同時に2曲出そうかって」

──NONA REEVESの曲でもたびたび歌声を聴かせてはいましたけど、自分で1曲まるごと歌うということはなかったですよね。

「歌声って顔みたいなものなので、好きとか嫌いの問題じゃなく、ここにこういう人がいるんだよっていうのを見せないとダメかなと思って。歌うこと自体は嫌いじゃないし、家でも鼻歌とか歌ってたし、そもそも歌謡曲少年だった頃は歌が好きで音楽を聴いてましたからね。別にギターが好きで聴いてたわけじゃなく、やっぱり好きなバンドってヴォーカルが好きなバンドだったりするんですよ」

──当然ですが、奥田さんの〈匂い〉が作品に表れていてよかったです。

「一発目がBONNIE PINKさんのだけだったら〈あー、そういう感じで行くのね〉って、ちょっとナメられてたかもしれないですね(笑)。すごく裏方的なね、そういうのも好きなんですけど、その中間をいきたいなっていうのがあって」

──2曲発表したあと、アルバムの直前に一十三十一さんとの“それは、ウェンズデー”を配信しました。バンマスとしてずっとサポートしてきた一十三十一さんなので、勝手知ったるところもあるかと思います。

一十三十一
 

「この曲は一十三十一しかないなと思って作った曲なので、アルバムのなかではいちばん憂いがあるというか、ニュー・ミュージック的というか。メロディーの構成も多くて、Aメロ、Bメロ……Eメロぐらいまである感じで、洋楽的というよりは80年代の日本のテクノ・ポップ、YMO歌謡みたいな。わりとカクカクした音に作っておいて、そこにやわらかいヴォーカルが入ってくるとグッとくる、僕が思ういちばんおいしい邦楽の時代感が出せたなって思ってます」

──微妙に一十三十一の王道からずらしてるところが新鮮です。

「一十三十一さんはここ数年、意識的にシティ・ポップの世界観を歌ってきたじゃないですか。ノーナも、デビューの時からシティ・ポップってカテゴライズされても文句を言えないような音楽をずっとやっていたわけですけど、その距離感を測ってきた20年でもあったんですよね。今考えれば無駄な抵抗なんですけど、なるべくそこにカテゴライズされすぎないように距離を保ってきたんですけど、一十三さんはむしろ意識的にそこを取り込んでいるし、それはそれですごくアティテュードとして潔いなあと思っていて。

だからまあ、ベクトルとしてはノーナと反対方向なんですけど、筋の通し方はすごく分かるなあと思っていたから、ソロをやる時は絶対に一緒にやりたいと思っていて。共通の言語、聴いてきた音楽も近いものがたくさんありますからね。僕はよく、曲のなかにラー・バンドっぽさって入れたくなるんですけど、彼女もラー・バンド好きだし」

──ああ、なるほど! ラー・バンドのどんなところがクセになる感じなんでしょう。

「コード感だったり、音色ですよね。シンセの音色。かっこよすぎない、キメキメすぎない感じがグッとくる。ラー・バンドのニュアンスと、アース・ウィンド&ファイアー“September”の循環コードっていうのをどこかで入れたがるのは僕のクセですね。“ホライズン”も大きく言えば“September”のコード進行だし、自分のアルバムだから自分の手グセが多くても文句は言われないかなって(笑)」

 

入江陽との出会い

没(a.k.a NGS)(Dos Monos)
 

──曲を上げていくなかで躊躇がないというか、あまり奇を衒ったものはなさそうですね。Dos Monosの没(a.k.a NGS)さんのラップをフィーチャーした“Dogs”はちょっと意外性があるかも知れないですけど。

「うん、やったことないことをやってみようっていう感じではなかったですからね。“Dogs”も没くんのワイルドなラップが入っているけど、ラップ自体はノーナも歴代、色んなラッパーに来てもらってやってましたからね。郷太もやるし。そういう点でいうと、その“Dogs”を歌ってくれた入江陽くんとの出会いは大きいですね、今回。男性で歌ってほしいって思った時に、パッと浮かんだのが入江くんで、僕にないものをたくさん持ってる。主に声と言葉なんですけど、すごく好きなヴォーカリストで、歌詞もおもしろいし、本人もユニークな人なんで」

入江陽
 

──入江さんとはそもそもどういった接点で?

「軽い面識はあったんですけど、今回のタイミングでディレクターが紹介してくれたところもあって。ただまあ、彼も人脈の広い人なので、共通の知り合いはたくさんいて。最初に会って話した時に、得意分野が僕ときれいに分かれているところもあったんですが、ただやっぱり、好きなテイストはすごく似ているんじゃないかと思ったんですよ。彼の音楽って、ちょっと不吉じゃないですか。不吉なところに僕も惹かれるから(笑)。スイートな曲のなかにも不吉・不穏な部分を入れたくなる、そういうことをやってるのがラー・バンドだったりするんですけど、入江くんの魅力も良い意味で不吉なところなんですよね」

──歌詞のユニークさ、言葉選びは世代ならではの新鮮さがありますよね。

「コピーライター的というか、僕とはひとまわりぐらい年が違うと思うけど、僕よりも上の世代に近い感覚を受ける時もあるし、確実に世界観というか、彼個人の特殊性なんだと思います」

──入江さんは3曲で歌詞を書いてますけど、なかでも“ごめんね”っていう曲がすごく耳に残りました。

「そういう感想は何人かに言ってもらえました。すごくストレートなんですが、ちょっとコワい歌詞なんですよね。これ、最初は入江くんに歌ってもらおうかなって悩んでたんですけど、こういう歌詞だからこそ僕が歌う意味があるのかなって思って。僕の、わりとコントロールの利かないヴォーカルで歌うことによって伝わるところ、自在に歌を操れる人が出せない切実さっていうものが出せたかなって思うんですよね、恥ずかしいですけど。

〈ごめん〉っていう感情がなかなかひと筋縄ではいかない、言うのは簡単だけど、どういう次元で謝っているのかっていうのが一番大事だから。こんなに〈ごめん〉って言うことはないだろうっていうぐらいこの曲のなかで言ってますもんね。もはや懺悔に近いというか(笑)。こういう引っかかりというのも、入江くんのコピーライター的センスによるものなのかなって思います」