洗練の極みと言うべきシティな音を紡いできたマエストロが、若き歌い手を迎え、 ニュー・モデルで始動! その眼差しに映る音楽、そして社会の現在地とは……?
2003年のデビュー以来、クラブ・ミュージックの感覚を取り入れた独自のプロダクションで国内におけるシティ・ポップ・リヴァイヴァルの先駆者として活動してきたクニモンド瀧口のプロジェクト、流線形がこのたび〈RYUSENKEI〉と名義を改め、発足55周年に際して再始動した名門レーベル、アルファよりニュー・アルバム『イリュージョン』をリリースした。本作から新たに、気鋭のシンガー、Sincereを正式メンバーとして迎えているのに加え、総勢19人ものミュージシャンたちによる卓越した生演奏を交えた〈オーセンティック〉とも言える録音によって、そのサウンドをいっそう有機的なものへと深化させている。新体制となったRYUSENKEIがめざす現代の〈シティ・ミュージック〉の形とは。瀧口とSincereに話を訊いた。
現在進行形のシティ・ポップではなく
――新体制に至った流れを教えていただけますか?
瀧口「まず、今作のディレクターを務めてくれているソニーの蒔田(聡)さんと『CITY MUSIC TOKYO invitation』(2020年)というコンピを作っていたときに、流線形の次の展開の話になったんですけど、蒔田さんが〈ソニーから出しませんか?〉と提案してくれたんです。そのとき、〈アルファが設立55周年で復活するかもしれない〉という話を聞いて、僕としても若い頃から親しんでいたアルファという特別なレーベルから出せたらおもしろいなと思って、具体的に相談させてもらいました。そのうえで、これまでのように都度フィーチャリング・ヴォーカリストを迎えて活動するスタイルではなくて、パーマネントなシンガーと一緒にもっとフットワーク軽く活動していければ、と考えたんです」
――Sincereさんとはもともとお知り合いだったんですか?
瀧口「いえ。ネイティヴの英語を歌えるシンガーを探していくなかで彼女の存在を知ったんです。たまたまInstagramに彼女の歌声が流れてきて、直感で〈とても素敵だな〉と思ったのがきっかけですね。ダメ元で〈興味ありませんか?〉とDMを送りました(笑)」
――Sincereさんは流線形の存在はご存じでしたか?
Sincere「そのときは知らなかったんです。すぐに調べて聴いてみたら、自分には馴染みのないジャンルだったけれど、とてもいいなと思い、〈ぜひやってみたいです!〉とお返事しました。実際にお会いしたのは、それからしばらくあと、去年の夏頃でしたね」
――ニュー・アルバムのレコーディングはどのように進めていったんでしょうか?
瀧口「まず僕がデモを作り、それをSincereのキーに合わせて調整していきました。前作の『インコンプリート』(2022年)まではヘッドアレンジが多かったんですけど、今回は新体制になっての第1弾ということで、ちゃんと作り込んでから録音に臨むことを意識して。それを元に参加ミュージシャンにスタジオで演奏してもらいました」
――今作の録音には、山之内俊夫さんや千ヶ崎学さんといった馴染みの面々から、まきやまはる菜さん、山下あすかさん、シンリズムさんといった比較的若い方まで多くの音楽家が参加しています。いまの時代、こんなにたくさんのミュージシャンを集めて生音のオケを録音するスタイルは珍しいですよね。そういう手法からも、かつてのシティ・ポップ文化へのオマージュを感じます。
瀧口「確かにその意識はありますね。打ち込み中心になっている現在進行系のシティ・ポップとは差異化しようという気持ちもあって、あえて古い時代――具体的には70年代後半頃の制作スタイルに近いことをやっています。これだけ多彩な人を集められたのは、長く一緒に制作をしてきたスタジオ・ハピネスの平野栄二さんが持つコネクションのお陰ですね」
――“月のパルス”と“静かな恋のメロディ”ではSincereさんが英語詞を書かれていますが、プレス資料によると、イメージの参考として瀧口さんから昔の少女漫画を渡されたらしいですね。
Sincere「はい。くらもちふさこさんやあきの香奈さんの漫画を勧めてもらいました。昔の少女漫画を読んだことがほとんどなかったので、どう表現するのがいいか悩んだ部分もあったんですけど、〈イメージが湧いてくるまま好きに書いていいよ〉と瀧口さんが言ってくれて。自分以外の方の書いた曲に英語の歌詞をあてるという作業自体が新鮮で、メロディーに合う言葉を探すために何度も試行錯誤しました」
瀧口「僕とSincereは親子ほど歳が離れているし、育ってきた環境もまったく違うので、一緒に音楽を作るにあたって共通言語のようなものがあるといいなと思ったんです。そういう理由もあって、僕がかつて親しんでいた漫画を読んでもらったんですけど、仮に解釈が全然違っていたとしてもおもしろいし、逆にひとつの魅力になると考えたんです。英語を乗せる方法についてもとても勉強になりましたし、ネイティヴのシンガーならではの鋭い感覚が反映されていると思います」