「カポネ大いに泣く」©G.E.P.

もうひとつの違う近代のグルーヴ

 「江戸時代までは大道芸であったちょぼくれ、ちょんがれ、阿呆陀羅経、でろれん祭文などの諸芸が集まって、明治時代になって〈浪花節〉として東京で鑑札を取得」、「全盛時には日本を覆うほどの勢い、そこからの衰退の早さ激しさもとんでもない」。のっけから引用で恐縮だが、本映画祭にも出演される玉川奈々福さんが編んだ「語り芸パースペクティヴ かたる、はなす、よむ、うなる」(2021年、晶文社)の第9章〈浪曲〉の〈口上〉のなかの文章だ。〈鑑札〉についてはここではふれない。同書を参考されたい。

 また、出演作「雲右衛門とその妻」が上映される三波春夫は、座談会を収録したものだが、名著の誉れが高い「遠くちらちら灯りがゆれる」(1985年、らむぷ舎)において、「浮連(うかれ)節が後に東京で浪花節とよばれた」と言っている。河内音頭の兄弟分〈江州音頭〉が、「江州から他所(よそ)へ出ていった時に、他所の人があれは江州から来たということから」(同書、朝倉喬司の発言)名づけられたという話題の延長で出てくる発言だ。

 いやあ、なんか引用の上に、いきなり魅力的な音楽・芸能ジャンルを多発してしまったが、それもあり、またしても浪曲の謎は深まるばかりということになるかもしれない。

 さて、泉鏡花という文学者がいる。この人の作品は非近代的な文学の代表のように語られることも多いが、かといって、その文学は明治以前のそれとは大きく異なっている。〈近代〉もまた謎だが、それはともかく〈近代〉に背を向ける、あるいは、もうひとつの違う近代とでもいうべきものがその文学にはあるのかもしれない。鏡花に関してはなによりも文体の作家だと考えているが、彼の書く文章を音読していると、どこか浪曲風になってしまう。グルーヴがそれっぽいのだ。

 鈴木清順の〈日活後〉とでもいうべき時代の代表作「陽炎座」(1981年)が鏡花の原作であることを思い出してもいいかもしれない。先に名前を出した三波春夫や村田英雄といった浪曲経験のある歌手たちが出演する作品群も上映されるが(「日本侠客伝 雷門の血斗」あたりは、〈浪曲〉がらみでなくとも見ておくべき名作だ。凝った細部も素晴らしい)、鈴木清順が彼らしさを全開に、数年前に惜しくも亡くなったショーケンこと萩原健一を浪曲師という設定の主役に据えた「カポネ大いに泣く」(1985年)にも注目が集まるだろう。

 原作は梶山季之の1971年の短編小説だが、鈴木清順が映画にしたくなるのもむべなるかななおもしろ小説を書いた梶山もまた浪曲的なグルーヴをもった文章の書き手だったと考えている。月産1000枚というのも梶山レジェンドの一つだが、この〈トップ屋〉〈流行作家〉は、語るように書いていたはずだ。月産1000枚というのは〈書ける〉量ではない。

 梶山が広島出身であったことを思い出してみれば、例えば、広澤彪右衛門原爆死亡説(巡業中に連絡が取れなくなり、原爆で死亡したのではと囁かれたが、実際には違った。いずれにしろ、それだけ広島でも浪曲上映はかなり盛んだったということの証左でもある)や、何かといえば、替え歌を歌い浪花節を唸ってみせる「はだしのゲン」を思い出してもいいが、実際に少し調査をしてみても、痕跡的なものには出会えても、被爆までの広島での浪曲に関しても証言にはなかなかに出会えない。冒頭に引用した〈口上〉での隆盛と衰退の激しさとはそのようなものだったのだろう。

 「サイタマノラッパー」も上映されるのも、ラップが炙り出す〈浪曲〉への問いという意味でも興味深いが、5日間で、計16回の上映、1回の活弁つき上映、15回のライヴとトークという構成からしても、〈浪曲映画〉というよりも〈浪曲/映画〉祭というべき体になっている。成瀬巳喜男監督「桃中軒雲右衛門」、加藤泰「骨までしゃぶる」とかは見たいものだ。

 なにはともあれ、もうひとつの違う近代のグルーヴ、浪曲にまずはなにがなんでかわからないままでも浸ってみること。話はそれからだ。

 


EVENT INFORMATION
第3回浪曲映画祭―情念の美学2021 映画16作品、浪曲11口演、活弁付き上映1回
2021年6月25日(金)~2021年6月29日(火)東京・渋谷 ユーロライブ

「桃中軒雲右衛門」© 国立映画アーカイブ

「サイタマのラッパーSR2」©Spotted Productions

■出演
浪曲師=三笠優子/玉川奈々福/東家孝太郎/玉川太福/富士綾那/天中軒すみれ/国本はる乃/木村勝千代/港家小そめ(登場順)
曲師=伊丹秀敏/沢村豊子/沢村美舟/玉川みね子(同)
活弁士=坂本頼光+伴奏=沢村美舟(三味線)
トーク・ゲスト=山根貞男(映画評論家)/入江悠(映画監督)

■作品
「カポネ大いに泣く」「桃中軒雲右衛門」「雲右衛門とその妻」「人生劇場 飛車角」「日本侠客伝 雷門の決斗」「男の勝負─仁王の刺青」「国定忠治」「野田版 研辰の討たれ」「SR サイタマノラッパー2」「骨までしゃぶる」「次郎長三国志第八部 海道一の暴れん坊」「虎造の荒神山」「清水港は鬼より怖い」「サラリーマン清水港」「港家小柳IN-TUNE」
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