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コラム

永野英樹が語るアンサンブル・アンテルコンタンポラン(Ensemble Intercontemporain)の魅力、来日公演の聴きどころ

EXOTIC GRAMMAR VOL. 75-2

© J. Radel

「コンテンポラリーだからこそ生で聴いてほしい」
永野英樹が語るアンサンブル・アンテルコンタンポランの魅力

 アンサンブル・アンテルコンタンポラン(以下EIC)は76年にピエール・ブーレーズによって創設された、同時代音楽を専門とする室内アンサンブルである。創設から40年以上の月日が経ち、ブーレーズもこの世を去ったが、EICは今日も同時代音楽の最前線で活動し、その発展に貢献し続けている。EICの存在は、同時代音楽の作曲家たちにとって重要であるばかりでなく、今やパリの文化生活には欠かせないものだ。EICのコンサートには若者たちの姿が多く見られる。EICの本拠地、シテ・ド・ラ・ミュジーク周辺の〈箱〉でテクノやエレクトロを楽しむ感度の高い若者たちは、ごく自然にEICのコンサートへも出かけていく。クレマン・ルブランのような同時代音楽専門の専属ナビゲーターが、洗練されたレクチャー(仏語でMédiation de la musique)でそんな彼らの好奇心をさらに刺激する。EICの活動によって、パリでは同時代音楽が文化生活の中で生きたものとして聴かれ、語られているのだ。

 今回のサントリーホール サマーフェスティバル2021(以下SSF)ではテーマ作曲家、マティアス・ピンチャーとともに、彼が音楽監督を務めるEICが来日し、ピンチャーの作品はもちろんのこと、武満徹、細川俊夫、坂田直樹ら世代の異なる邦人作曲家の作品から、ブーレーズ、ラッヘンマン、リゲティ、グリゼイといった戦後の〈古典〉まで幅広く演奏する。これは同時代音楽ファンを超えて、全ての音楽ファンにとって事件である。そんな注目の来日を前に、EICのメンバーを長年務め、SSFではソリストも務めるピアニストの永野英樹氏に、EICの魅力や、今回のプログラムの聴きどころを聞いた。

――永野さんは95年にEICのメンバーになられていますが、入団当初はいかがでしたか?

「オーディションに合格したのが95年の秋で、96年1月から演奏に加わりました。4月にバーゼルで行われたブーレーズの“シュール・アンシーズ”の初演が最初の大きな仕事でした。これはパウル・ザッハーの90歳のアニバーサリーだったのですが、この段階ではまだ曲がほとんどできていなくて、初演時は今のような大規模な作品ではなかったんです。楽譜も練習当日に渡されて、長さも数分程度しかありませんでした。その後再演の度に改訂されていって、今のような2つのセクションから成る30分を超える作品になりました」

――入団していきなり、音楽史に残るような作品の初演に参加され、ブーレーズのワーク・イン・プログレスを直に体験されたのですね。永野さんがメンバーになられてから四半世紀の年月のなかで、EICはどのように変化していったのでしょうか?

「創設者のブーレーズが2016年に亡くなり、今ではブーレーズと一緒に仕事をしたことのない若いメンバーが多くなってきました。2000年以降、ブーレーズがEICを指揮するのは年に数回でしたが、ブーレーズから学んだ音楽との向き合い方や新ウィーン楽派の解釈など、精神的な面で彼の存在は大きかったので、ブーレーズを知らない世代がメンバーに増えてきたことは変化として感じられます。と同時に、そうした若い世代は驚くほどのテクニックを持っているので、演奏はどんどんレベルアップしています。
また若いシェフたちによってレパートリーも変化したと思います。例えば、かつてEICが取り上げるアメリカの作曲家といえばカーターでしたが、ロバートソンはそこにライヒやアダムスを加えました」

――フランス社会の中でのEICの役割もまた、この25年で変化していったのでしょうか?

「EICは一貫して同時代音楽の発展というミッションに取り組んできましたが、20世紀、21世紀のレパートリーをただ演奏するだけでなく、社会との結びつきのなかでコンテンポラリー・ミュージックの普及活動を展開するということは年々重要になっています。例えばEICの本拠地があるフィルハーモニー・ド・パリ(シテ・ド・ラ・ミュジーク)はパリの北部にあって、サン=ドニという少し治安のよくない地域と隣接していますが、私たちはそうした地域の学校などに出かけて行って、子供たちにワークショップを開いたり、もう少し大人向けの場合はレクチャーコンサートを開いたりして、文化の届きにくい地域でも積極的に活動しています」

――そうした活動でも20世紀、21世紀の作品を取り上げるのですか?

「もちろんそうです。子供たちとリゲティの作品について勉強して、実際にリゲティ風の響きをみんなで作ってみたりするんですよ」

――子供たちがリゲティのワークショップに参加しているのは、日本だとちょっと想像できませんが、素晴らしい試みですね。子供たちはリゲティの音楽にどんなリアクションをするのでしょうか?

「日本では小学校で楽譜の読み方を勉強したり、大作曲家たちについて勉強したりするので、音楽についての〈教養〉がありますが、フランスにはそういった授業がほとんどないので、バッハもベートーヴェンもモーツァルトもなく、全ての音楽がフラットな状態なのです。だからリゲティの音楽を何の先入観もなく聴いて、同じ音楽として受け止めます。現在レザール・フロリサン、パリ管弦楽団、そしてEICという3つの音楽団体がフィルハーモニー・ド・パリを本拠地にしていますが、それぞれが、バロック、古典、ロマン派音楽、コンテンポラリーのレパートリーを通してそうした教育活動に携わっています」

――今回のSSFはEICの魅力を存分に堪能できるバラエティー豊かなプログラムとなっていますが、今日は特に永野さんがソリストを務める作品を中心に、その聴きどころをうかがいたいと思います。まずリゲティのピアノ協奏曲ですが、この作品を聴くポイントはどんなところにあるでしょう?

「リゲティの音楽はバルトークに代表されるような東欧の民族音楽を出発点として、そこにアフリカのリズムや微細な対位法が組み合わさっています。今回演奏するピアノ協奏曲は、まずなによりリズムが楽しい作品です。そこからもう少し掘り下げてみると、作品全体に現れるリゲティが〈嘆きの歌〉と呼んだ半音階のモチーフが、ときに対位法的に、ときにリズム的に処理されていて、そこに着目してみるとさらに楽しめるのではないかと思います」

――“構造”第2巻はブーレーズのトータル・セリーの集大成となった作品ですが、その徹底したトータル・セリアリズムゆえに、どう聴いてよいかわからないという方も多いかと思います。この作品はどういったところに注目したらよいでしょうか?

「こういう曲だからこそ生で聴いて欲しいですね。生の演奏で聴くとその印象が大きく変わると思いますよ。第1部は厳格なトータル・セリーで書かれていて、リズムや拍子もかなり複雑で、本当に演奏が難しい作品です。ブーレーズとイヴォンヌ・ロリオによる演奏映像を見ると、弾いていないところではブーレーズが指揮をしているくらいです。第2部の楽譜はかなり自由な書き方になっていて、〈管理された偶然性〉の要素も入って来るので、ピアニストはお互いにアイコンタクトを取りながら演奏していきます。2人のピアニストのアンサンブルや手の動きに注目して、生だからこそ味わえる音響を楽しんでください」

――EICの音楽監督であり、今回のテーマ作曲家でもあるマティアス・ピンチャーは永野さんから見てどんな音楽家でしょうか?

「最初にピンチャーと出会ったのは作曲家としてでした。ブーレーズの指揮で彼の作品を演奏しました。オーケストレーションが巧みで、耳の良い人だなあ、と思ったのを覚えています。“初めに[ベレシート]”は監督になってから、EICのために書いた作品ですが、これは彼の音楽の魅力がよくわかる作品だと思います。ピンチャーのユダヤ人としてのアイデンティティは彼の音楽に通底する重要な要素で、そこから生み出されるエモーショナルな部分が作曲家、指揮者としての魅力に繋がっているのではないでしょうか。マーラーの“大地の歌”などは、彼のそういった側面が垣間見えると思います」

――最後に日本の音楽ファンへ向けてメッセージをお願いします。

「所謂〈現代音楽〉と言われる作品は、録音で聴くとどうしても壁のようなものができてしまうこともありますが、生で聴いていただくとその真の魅力を感じていただけます。 EICは今回が3回目の来日となりますが、20世紀の古典から最新作まで、これほどたくさんの同時代音楽をEICの演奏で聴ける機会は貴重ですので、ぜひこれを逃さずに、お聴きいただけたらと思います」

 


永野英樹  Hideki Nagano
1968年名古屋生まれ。東京芸術大学音楽学部附属音楽高等学校卒業、東京芸術大学音楽学部ピアノ科入学後渡仏。パリ国立高等音楽学院に学ぶ。95年、ピエール・ブーレーズが主宰するアンサンブル・アンテルコンタンポランのソロ・ピアニストとして迎えられ、現在まで活動を続けている。日本でもリサイタルやオーケストラとの共演も多く、これまでに、NHK交響楽団、読売交響楽団、大阪センチュリー交響楽団、東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団、東京都交響楽団などのオーケストラと、指揮では岩城宏之、シャルル・デュトワ、秋山和慶、高関健、井上道義、矢崎彦太郎、沼尻竜典、下野竜也らと共演。レパートリーは、現代作品に留まらず古典の作品も多い。

 


寄稿者プロフィール
八木宏之 Hiroyuki Yagi

青山学院大学文学部史学科芸術史コース卒。愛知県立芸術大学大学院音楽研究科博士前記課程(音楽学)およびソルボンヌ大学音楽専門職修士課程(Master 2 Professionnel Médiation de la Musique)修了。プログラムノート、CDライナーやレビュー、エッセイなど多数執筆。Webマガジン「FREUDE」創設者。

 


LIVE INFORMATION
サントリーホール サマーフェスティバル 2021

ザ・プロデューサー・シリーズ アンサンブル・アンテルコンタンポランがひらく
■東洋―西洋のスパーク
2021年8月22日(日)東京・赤坂 サントリーホール 大ホール
開場/開演:17:20/18:00
出演:シェシュティン・アヴェモ(ソプラノ)*/青木涼子(能声楽)*/藤村実穂子(メゾ・ソプラノ)**/ベンヤミン・ブルンス(テノール)**/アンサンブル・アンテルコンタンポラン/アンサンブルCMA
指揮:マティアス・ピンチャー

曲目
細川俊夫:オペラ「二人静」~海から来た少女~日本初演* 原作(日本語):平田オリザ 能「二人静」による(1幕1場/英語上演・日本語字幕付/演奏会形式)
グスタフ・マーラー/コーティーズ 編曲:「大地の歌」(声楽と室内オーケストラ用編曲)**

■EICアンサンブル
2021年8月23日(月)東京・赤坂 サントリーホール ブルーローズ(小ホール)
開場/開演:18:20/19:00
出演:エマニュエル・オフェール(フルート)/ソフィー・シェリエ(フルート)/アラン・ビヤール(クラリネット)/ヴァレリア・カフェルニコフ(ハープ)/ディエゴ・トージ(ヴァイオリン)/ジョン・スタルフ(ヴィオラ)/オディール・オーボワン(ヴィオラ)/エリック゠マリア・クテュリエ(チェロ)/セバスチャン・ヴィシャール(ピアノ)/アンサンブル・アンテルコンタンポラン

曲目
バスチアン・ダヴィッド:ピアノのためのソロ
クレール=メラニー・シニュベール:「L’Impatiente de Balfour」ヴィオラとハープのための
坂田直樹:「月の影を掬う」クラリネットとピアノのための
武満徹:「そして、それが風であることを知った」フルート、ヴィオラ、ハープのための
マティアス・ピンチャー:「ビヨンドII(『明日に架ける橋』)」フルート、ヴィオラ、ハープのための
ジェラール・グリゼイ:「時の渦[ヴォルテクス・テンポルム]」ピアノと5つの楽器のための

■コンテンポラリー・クラシックス
2021年8月24日(火)東京・赤坂 サントリーホール 大ホール
開場/開演:18:20/19:00
出演:ソフィー・シェリエ*(フルート)/永野英樹**(ピアノ)/アンサンブル・アンテルコンタンポラン
指揮:マティアス・ピンチャー

曲目
ピエール・ブーレーズ:「メモリアル(…爆発的・固定的…オリジネル)」フルートと8つの楽器のための*
ヘルムート・ラッヘンマン:「動き(硬直の前の)」アンサンブルのための
マーク・アンドレ:「裂け目[リス]1」アンサンブルのための     
マティアス・ピンチャー:「初めに[ベレシート]」大アンサンブルのための
ジェルジュ・リゲティピアノ協奏曲**

テーマ作曲家 マティアス・ピンチャー
サントリーホール国際作曲委嘱シリーズNo. 43 (監修:細川俊夫)

■ブーレーズを少々
〇8/25(水)東京・赤坂 サントリーホール ブルーローズ(小ホール)
開場/開演:17:20/18:00
曲目
ピエール・ブーレーズ: ピアノ・ソナタ第2番*/2台ピアノのための「構造[ストリュクチュール]」第2巻
ピアノ:ディミトリ・ヴァシラキス*/永野英樹

■室内楽ポートレート(室内楽作品集)
2021年8月25日(水)東京・赤坂 サントリーホール 大ホール
開場/開演19:30/18:50
曲目
マティアス・ピンチャー:「音蝕」ソロ・トランペット、ソロ・ホルン、アンサンブルのための 日本初演*/「光の諸相」チェロとピアノのための 日本初演**
出演:クレマン・ソーニエ*(ソロ・トランペット)/ジャン=クリストフ・ヴェルヴォワット*(ソロ・ホルン)/ディミトリ・ヴァシラキス/永野英樹**(ピアノ)/エリック゠マリア・クテュリエ**(チェロ)

アンサンブル・メンバー:上野由恵(フルート)/池田昭子(イングリッシュ・ホルン/オーボエ)/田中香織(クラリネット)/山根孝司(バス・クラリネット/クラリネット)/中川日出鷹(ファゴット)/神田佳子(パーカッション)/稲野珠緒(パーカッション)/篠﨑和子(ハープ)/秋山友貴(トランペット)/成田達輝(ヴァイオリン)/大江馨(ヴァイオリン)/安達真理(ヴィオラ)/山澤 慧(チェロ)/ジュール・ボワティン(トロンボーン)/加藤雄太(コントラバス)

■作曲ワークショップ(日本語通訳付)
2021年8月26日(木)東京・赤坂 サントリーホール ブルーローズ(小ホール)
開場/開演:18:20/19:00
レクチャー:マティアス・ピンチャー/細川俊夫
出演:辺見康孝(ヴァイオリン)/ 北嶋愛季(チェロ)/菊地秀夫(クラリネット)

■オーケストラ・ポートレート(委嘱新作初演演奏会)
2021年8月27日(金)東京・赤坂 サントリーホール 大ホール
開場/開演:18:20/19:00
出演:岡本侑也*(チェロ)/東京交響楽団
​指揮:マティアス・ピンチャー 

曲目
マシュー・シュルタイス:「コロンビア、年老いて」世界初演
マティアス・ピンチャー:「目覚め[ウン・デスペルタール]」チェロとオーケストラのための  日本初演*
マティアス・ピンチャー:「河[ネハロート]」オーケストラのための
モーリス・ラヴェル:「スペイン狂詩曲」

第31回芥川也寸志サントリー作曲賞選考演奏会
2021年8月28日(土)東京・赤坂 サントリーホール 大ホール
開場/開演:14:20/15:00
出演:椎野伸一(ピアノ)/原島拓也(琵琶)/新日本フィルハーモニー交響楽団
指揮:杉山洋一

曲目
第29回芥川也寸志サントリー作曲賞受賞記念サントリー芸術財団委嘱作品 稲森安太己:「ヒュポムネーマタ」ピアノとオーケストラのための 世界初演
第31回芥川也寸志サントリー作曲賞候補作品 桑原ゆう:「タイム・アビス」17人の奏者による2群のアンサンブルのための
杉山洋一:「自画像」オーケストラのための
原島拓也:「寄せ木ファッション」琵琶とオーケストラのための
https://www.suntory.co.jp/suntoryhall/feature/summer2021/