Photo by Chloe Sells
 

デトロイト・シーンの新鋭トラックメイカー、タミー・ラッキスがファーストEP『Notice』を引っ提げて日本デビュー。レバノンからの移民を親に持つ彼女が作り出す、英語とアラビア語による歌が特徴のダンス・ミュージックは、ほかにない魅力を持っている。特にタイトル曲にして爽快なディープ・ハウス“Notice”は、2021年のサマー・アンセムのひとつだろう。音楽ライターの小野田雄が、デトロイトの様相をふまえながら『Notice』を解説した。 *Mikiki編集部

巨大なアラブ人コミュニティーが存在するデトロイト

1920年代以降、自動車産業の隆盛と共に発展を遂げ、59年設立のモータウン・レコードより生み出されたソウル・ミュージックのマスターピースが躍動する街を象徴してきたアメリカ北部ミシガン州のデトロイト。80年代以降は、自動車産業の衰退や都市計画の失敗などによる街の荒廃を背景に、デトロイト・テクノやデトロイト・ハウスが独自に発展。世界の音楽シーンに多大な影響を与えてきた。

しかし、2013年7月に米連邦破産法9条の適用を申請し、破産したデトロイトには多額の投資資金が流れ込み、荒廃したインナーシティーは再開発が急速に進行。景気が回復すると共に失業率も劇的に低下し、街の様相は様変わりしつつあると言われている。他方、全米でNYに次いで、アメリカ系アラブ人の人口比率が高いデトロイトには約20万人のアラブ系移民が居住。なかでも人口の3分の1をアラブ人が占めているフォード城下町のディアボーンは全米最大規模のモスク〈イスラミック・センター・オブ・アメリカ〉を持ち、アラブ系住民の巨大なコミュニティーが存在する街でもある。

 

〈変わりゆくデトロイト〉を体現するダンス・ミュージック

そんな〈変わりゆくデトロイト〉、そして、〈デトロイトの知られざる側面〉を体現するのが、中東の国レバノンの移民2世であるプロデューサーのタミー・ラッキスだ。リッチー・ホウティンを輩出したデトロイト対岸のカナダ・オンタリオ州ウィンザー、そしてデトロイトに隣接する米ミシガン州ディアボーンというふたつの街で育った彼女は、自身がヴォーカル、ギターを担当していた3人組バンド、タミー&ジ・エネミーズ(Tammy & The Enemies)の活動を経て、4年ほど前からデトロイトのダンス・ミュージック・シーンに傾倒。

まさに再開発が進むデトロイトのコークタウン・エリアにあるワイン・バー/ミュージック・ヴェニュー、モーターシティー・ワイン(同名レーベルも主宰しており、2019年にはコンピレーション・アルバム『Intimate Settings』を発表)にて、ゴーストリー・インターナショナル所属のプロデューサー/ドラマーのシゲト(Shigeto)ことザカリー・サギノーが毎週月曜日に行っていたハウス・パーティー〈Monday Is The New Monday〉に足繁く通い、DJやダンサーとしてフロア感覚を吸収しながら、プロデューサーとして独自のサウンドを育んできた。

タミー・ラッキスの2020年のDJミックス
 

そんな彼女が、シゲトと実弟ベン・サギノーのレーベル、ポーティッジ・ガラージ・サウンズ(Portage Garage Sounds)のバックアップのもとデビューEP『Notice』をリリース。このレーベルは、ラッパー、アール・スウェットシャツのツアーDJも務めるブラック・ノイズ(Black Noi$e)や南米チリ出身でデトロイト在住のパブロ・R・ルイス(Pablo R. Ruiz)ら異才によるオルタナティヴなダンス・ミュージックを発表してきた。モーターシティー・ワインでのパーティーで過去2年に渡って試行錯誤してきたライブ・セットにおける〈ベストな瞬間のスナップショット〉という本作は、バンドや弾き語りで培われてきたソングライティングとデトロイトのダンス・ミュージック、そして、英語とアラビア語を行き来するヴォーカルが一体となった個性的な作品世界を広げている。

 

ジョン・ヒューズ映画 × レイヴな名曲“Notice”

日本限定でCDリリースされる本作には、先に配信とアナログ盤で発表された『Notice』の4曲に加え、2020年に発表したファースト・シングルから“Get Up”と“Moon Rock”の2曲をボーナス・トラックに収録。“Hello??”では、パーカッシヴなリズムと共にジャッキンなグルーヴを展開。ディープ・ハウスとダンスホール・レゲエが交錯する“Wen Rayeh”は、みずからアラビア語で歌うエキゾチックな旋律が聴き手のトリップ感を増幅させる。さらにハードウェアを用いたライブ・テイク“Shark Island”は、デトロイトの流儀を織り込んだ剥き出しのマシーン・ビートと、それらにかけられたエフェクトが強烈だ。

『Notice』収録曲“Hello??”
 

フューチャリスティックなシンセサイザーと甘美なメロディが溶け合ったディープ・ハウス・チューン“Notice”は、作品のハイライトとなる1曲だ。ノスタルジックな甘酸っぱさをたたえたサウンドは、80~90年代に一世風靡した青春映画の名匠、ジョン・ヒューズ監督の作品でクライマックスに流れるような音楽をイメージし、さらに彼女が〈10代の頃にレイヴで聴いてみたかった〉という音を意識したという。この曲に象徴されるように、従来のラフでタフなデトロイト・サウンドにはないしなやかさや意外性が、タミー・ラッキスの作品世界を今後も育んでいくことになるはずだ。

『Notice』収録曲“Notice”