真新しいカンヴァスに散りばめられた、心を震わせる鮮やかなサウンド・カラー。ビート・シーン希代の画伯が『E s t a r a』にて描いた己の変化とは……
LAのビート・ミュージック・シーンで絶大な信頼を得る男は、それ以前からLAという土地のストリート・カルチャーやアートに深く根差した存在でもあった。ブレインフィーダーおよびアート集団のマイ・ホロウ・ドラムに所属する、ティーブスことムテンデレ・マンドワ。NYはブロンクスの出身で幼い頃には全米各地を転々とし、やがて移り住んだLAがさまざまな意味で彼の視野を広げた。
まずは画を描きはじめ、スケーターでもあったそうだが、兄弟の使っていたFruityLoopsでのビート制作は2006年からスタートしたそう。dublabに関わり、ベアデッド・ベイビーズなるユニットでの活動も進行していた折、ノサッジ・シングやガスランプ・キラーのミックス作品にトラックがピックアップされ、メアリー・アン・ホブスのコンピ『Wild Angels』(2009年)には“WLTA”が収録。同年にはブレインフィーダーから出たテイクのDJミックス『The Brain Stays Fed』にも“My Whole Life”が収められているから、前後してコンタクトはあったのだろう。フライング・ロータスの絶賛を浴びた才能の程は、2010年のファースト・アルバム『Ardour』においていきなりあきらかにされることとなった。
ティーブス本人のペインティングに包まれたトラックの数々は、デイドリームで覆われた何とも心地良い雰囲気作りによってシンプルなビートの胎動をメロディーにこだまさせるもの。リリース当時にボーズ・オブ・カナダが引き合いに出されたのも頷けるが、実際には父の死を乗り越えて制作されたものだという。
「自分が音楽を作る時は、聴覚以外の感覚が遮断されて、頭のなかが真っ黒な〈無〉になっているんだ。それで無意識のうちに作り終わると、正気に戻るような感じなんだよ」。
そう考えると、メロディックにしてドリーミーなティーブスのビートは、彼にとって瞑想的な体験の産物なのかもしれないし、スウィートで美しい逃避行の軌跡なのかもしれない。いずれにせよ、難解なイメージを抱かれることも多い界隈にあって、幻想的でヴィジョナリーなサウンドの気持ち良さをカンヴァスにわかりやすく配色してくるあたりが、ティーブスのユニークだとも言える。
2011年には楽曲集という位置付けの『Collections 01』をリリース。それに前後してはレーベルのショウケース・ツアーなどで何度かの来日も経験し、ライヴ・ペインティングも披露した。昨年にはプレフューズ73ことスコット・ヘレンとのプロジェクト=サンズ・オブ・ザ・モーニングでもアルバムを発表。「プレフューズ73の『One World Extinguisher』のドラムの鳴りと、自分のサウンド・テクスチャーを組み合わせたような作品」という『Speak Soon Volume One』は、スコットとカンヅメ状態で作られたらしく、その経験はティーブスの新たなクリエイティヴィティーを大いに喚起したはずだ。そして、そういった数々の刺激を踏まえて今回届けられたのがセカンド・アルバム『E s t a r a』というわけである。
LAのスタジオで集中して制作されたという今作からは、前作『Ardour』の美点を抽出して鮮やかにデザインされたような印象を受ける。大雑把に言うなれば、筆捌きから感覚的なタッチがやや後退してカンヴァスにはより具体的な像が描かれているようにも思えるのだ。そんな印象を導き出す要因のひとつが、多数のゲストの存在だろう。ジョンティの歌唱を幻想のなかに塗り込めた“Holiday”、同様にアン・ワイスのヴォーカルを機能させた“Shoouss Lullaby”(シゲトがドラムスで参加している)などが美しく調和をはかり、盟友プレフューズ73も参加。本編ラストにはラーシュ・ホーントヴェット(ジャガ・ジャジスト)を招いた“Wavxxes”も控えている。いろいろな意味で多様性を極めているビート・シーンにあって、ティーブスの掴んだ穏やかな創造性は、控えめに言っても彼への信頼をまた一段と高めることになるだろう。5月には〈Brainfeeder 4〉にてまたも来日するようなので、その心地良い才気に触れてみてはいかがだろうか。
▼関連作品
左から、2010年作『Ardour』、2011年の編集盤『Collections 01』(共にBrainfeeder)、プレフューズ73と結成したサンズ・オブ・ザ・モーニングの2013年作『Speak Soon Volume One』(Yellow Year)
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