VTuber=ヴァーチャルYouTuberによる音楽活動が盛んに行われている昨今、数多くの楽曲やアルバムがリリースされている。なかには、独自の音楽性から、VTuberのファンであるかどうかを問わずに、〈新しい音〉を求めるコアなリスナーに訴求する楽曲も少なくない。いま話題になっている宝鐘マリンの“Unison”は、その最たる例だろう。
〈ホロライブ〉に所属する人気VTuber・宝鐘マリンの新曲“Unison”は、EDM/フューチャー・ベース系の音楽性で知られるプロデューサーのYunomiが手がけている。宝鐘マリンというVTuberの魅力を凝縮させながら、音楽的な実験精神にあふれた、端的に言って〈ヤバい〉一曲だ。この野心的な楽曲のおもしろさ、そしてVTuber音楽シーンの独自性について、ブログ〈Closed Eye Visuals〉や音楽メディアで筆を揮うs.h.i.が分析した。 *Mikiki編集部
宝鐘マリン, Yunomi 『Unison』 cover corp.(2021)
極上のミニマル・テクノ × 豊かなヴォーカル=〈中毒性〉抜群の名曲
“Unison”は宝鐘マリンの2つめのオリジナル曲で、8月11日のリリース直後からファン層を越えた強烈な反響を引き起こした。同時発表のインスト版を聴けばわかるように、トラックはそれ単体でも成立する極上のミニマル・テクノで、シンゲリをグリッチ化してノイ!やベーシック・チャンネルあたりに寄せたような趣もあるビートは、小枝が艶やかにしなるような音色の良さもあってか、コード感ほぼゼロの起伏に乏しい展開を全く飽きさせない。そこに乗るのが起伏の豊かなヴォーカルで、部分的に中国音階的にもなる※1J-Pop的な歌メロは、皆が慣れ親しんだコード進行の面影を単線で匂わせる。こうした配合は表情の豊かさと淡白さを極めて見事なバランスで両立させており、パーツだけみれば変拍子なようでいてトータルでは綺麗に4拍子に収まるリズム構成もあってか、曲の終わりから頭に戻っても全く違和感なく聴き続けることができてしまう。
MVもそうした音楽性に見合った素晴らしいもので、可愛らしいアニメ絵がドラッギーな曼荼羅エフェクトで変性しつつ最後には戻ってくるサイケデリックな演出※2は、親しみやすさと危険さを兼ね備えた音楽の持ち味に完璧に寄り添っている。流麗な歌詞※3やリリース直後のツイートでいう〈中毒性〉※4をよく体現するこの曲をみると、聴きやすさと実験性を両立するにあたってこれを超える手法もそうはない、一つの解を示している名曲なのではないかとも思える。
〈メジャーなアングラ〉の最先端としてのVTuber音楽シーン
この曲を聴いていて個人的に実感させられるのが、こういう革新的なアイデアが育まれる領域としてのVTuberの面白さである。もともと日本のJ-Pop周辺では、アニソンやボカロ、音楽ゲームといった〈オタク〉に紐付けされる界隈や、ももいろクローバーの出現以降に飛躍的な拡張をみせたアイドル・シーンなど、親しみやすさと音楽的な冒険を高度に両立する領域※5が伝統的に存在・発展し続けてきた。このように、音楽ジャンルとしてはマニアックな印象を持っていないものの内実は驚異的に豊かな領域が〈メジャーなアングラ〉として日本の音楽シーン全体を支えてきた経緯があるし、宝鐘マリン&Yunomiの“Unison”や、同日リリースの月ノ美兎『月の兎はヴァーチュアルの夢をみる』をみれば、そうした気風はVTuberシーンにも非常に良い形で引き継がれているように思われる。
ちょうど1年前にリリースされた前曲“Ahoy!! 我ら宝鐘海賊団☆”から“Unison”への急激な変化※6を鑑みると、宝鐘マリンの音楽性はまだ定まっておらず、これからどこに向かうか想像もつかない混沌とした可能性を湛えているようにみえる。そうした不安定な感じを明確なアーティスト・イメージで押さえ込んでしまえるのもVTuberならではの特性で、〈インターネット発の音楽〉以降だからこその〈メジャーなアングラ〉を体現している部分なのではないかと思う。