イヤホン・ヘッドホン・スピーカーを徹底比較!

今回レンタルした製品は、イヤホン2種類(Bluetoothイヤホン/有線イヤホン)、ヘッドホン1種類(有線ヘッドホン)、そしてスピーカー1種類(Bluetoothスピーカー)だ。いずれも綺麗な箱に入れられており、まるで新品同様の佇まいである。また中身に関してもクリーニングが丁寧にされているため、安心して使うことができる。

そして今回試聴用に私がセレクトしたのは、録音のバランスの良さからオーディオ・チェック用の作品として名高いドナルド・フェイゲンの名盤『The Nightfly』(82年)。その中からアルバムの冒頭を飾る“I.G.Y.”を選び、各オーディオ製品を使って聴き比べてみた(再生はPCにて行い、Spotifyを使用)。またそこでの聴こえ方を踏まえて、それぞれのオーディオ製品に最適だと私が考えるアルバムを1枚ずつセレクトした。ONZOのサービスを利用するにあたって、ぜひ参考にしてみてほしい。

『The Nightfly』収録曲“I.G.Y.”
 

INAIR M360 Wireless

INAIR社製のBluetoothイヤホン。製品価格は19,800円で、スタンダード・クラスから借りることができる。この製品が特徴的なのは、耳への装着部分の形状だ。いわゆるカナル型のものとは違い、耳栓のように穴を塞ぐ形にはなっておらず、イヤホンと言うよりむしろ〈耳に入れるスピーカー〉と形容した方が近いかもしれない。とは言え決して装着感がゆるいわけではなく、同封されたガイドに従って正しい向きで装着すればズレてこないようになっている。

〈INAIR M360 Wireless〉で聴く“I.G.Y.”

決して音圧は高くなく、音の質感は比較的軽めである。とは言え低音はしっかり出ており、出音のバランスはいい。このイヤホンで聴くベースラインは言わば、細い筆でしっかりと描かれた、大友克洋の漫画における描線のようだ。そしてギターのカッティング音の意外なほどの煌びやかさに驚く。これまでこの曲を聴いてギターの音に耳が行くことはほとんどなかったのだが、歯切れがよくメタリックな輝きを帯びたその音色に思わず耳を奪われた。Bluetoothイヤホンというと、音質よりも利便性を重視して選ぶものというイメージを何となく持っていたのだが、音質の上でも決して侮れないなと実感した。

〈INAIR M360 Wireless〉に最適な1枚
ドゥルッティ・コラム『The Return Of The Durutti Column』(80年)

『The Return Of The Durutti Column』収録曲“Sketch For A Summer”
 

ギターの響きをよりしっかり味わいたいと思い、そのために最適な〈ギターが主役を張る音楽〉を考えたときに真っ先に思い浮かんだのが、ドゥルッティ・コラムのデビュー作にしてポスト・パンクの不朽の名盤であるこれだった。もちろんギターが主役の音楽と一口に言っても、ヘヴィメタルやシューゲイザーなど他にもいろいろあるわけだが、このイヤホンには厚みや重みを湛えたギター・ミュージックより、キラキラとした比較的軽めのサウンドが合うと思う。ドゥルッティ・コラム以外でも、フェルトやスミス、オレンジ・ジュースといった80年代のUKギター・ポップは全般的に相性がいいかもしれない。

 

JH Audio Roxanne AION

価格が299,980円という、JH Audio社製の超高級な有線イヤホン。これもスタンダード・プランから借りることができる。装着部分の形状はカナル型になっており、しっかりとしたフィット感がある。また写真からもわかるかと思うが、コードの材質が縄のようになっているため、頑丈で断線のリスクが低そうであることが窺える。断線によって何度もイヤホンをダメにしてきた身としては、これだけでもとてもありがたく感じられる。さて、その性能はいかに……?

〈JH Audio Roxanne AION〉で聴く“I.G.Y.”

開始から約1秒、金属質でありながら温もりをも感じさせるハイハットの鳴りを聴いた途端に確信する。このイヤホンは並大抵のものではない、と。その幸福な予感を鮮やかに裏付けていくかのように、ベースの太くごりっとした音の質感、ドナルド・フェイゲンの声のかすれと得も言われぬ艶……すべてが異次元なほど生々しく響き、新鮮な驚きが耳を襲う。中でも圧巻だったのは、コーラス部分の聴こえ方だ。普通のイヤホンではほとんど感知できなかった声の束の厚みや、その空間的な配置の妙が感じられ、さらにそれまでアンサンブルの中に埋もれていたコーラスがまるで炙り絵のように浮き上がって聴こえてくる。これには思わず鳥肌が立ってしまった。これだけのクォリティーの製品が借り放題のラインナップの中に入っていて気軽に試せるというのは、すごいことだと思う。

〈JH Audio Roxanne AION〉に最適な1枚
フェイ・ウェブスター『I Know I’m Funny haha』(2021年)

『I Know I’m Funny haha』収録曲“Sometimes”
 

2021年も下半期に入って約2か月が経ったが、6月末に出たフェイ・ウェブスターのニュー・アルバム『I Know I’m Funny haha』は、今年これまでにリリースされた作品の中でもとりわけ録音に優れていると思う。それだけに、リリース当初からいいリスニング環境でじっくり聴いてみたいと考えていた。今回このイヤホンで『I Know I’m Funny haha』を聴いてみて、その素晴らしさに思わず笑みがこぼれてしまった。アコースティック・ギターの音のそよ風のような心地よさ、バス・ドラムの音の重厚な響き、エレクトリック・ピアノの音のエレガントな広がり方……いや、これ以上言葉で記述するのはよそう。百聞は一〈聴〉にしかず、とにかく実際に試してみてほしい。

 

HIFIMAN Arya

HIFIMAN社製のヘッドホン。有線タイプで、使用の際には付属のコードを接続する。価格は145,200円で、プレミアム・プランからレンタルすることができる。艶のある黒で統一された高級感のあるデザインに、まず心を奪われる。黒い箱に恭しく収められたその様子は、まるで奉納品のようだ。だがもちろん売りは、デザイン性の高さだけではない。耳へのフィット感が抜群であり、長時間装着していても疲れない。また薄さナノメートルの振動板の採用をはじめ、音質を向上させるための様々な工夫が凝らされているようだ。なおこの製品に付属しているコードの端子は6.35mmであり、PCなどで採用されている3.5mmのジャックには非対応であるため、注意してほしい(ただし変換アダプターを装着すれば使用できる)。

〈HIFIMAN Arya〉で聴く“I.G.Y.”

低域、中域、高域と、全ての帯域をムラなく響かせるバランスの見事さに圧倒される。しかもそれだけでなく音の解像度もまた極めて高いので、各帯域を構成する楽器のフレーズ一つ一つがくっきりと分離された形で聴こえる。ドナルド・フェイゲン自身が〈こういう音で聴いてもらいたい〉と感じていたイメージに限りなく近いのではないか。実際の彼の考えなど知る由もないにもかかわらず、思わずそんな風に感じてしまうくらい、その音の出方の塩梅は絶妙だった。究極の中庸さ。そんな言葉が頭に浮かぶ逸品だ。

〈HIFIMAN Arya〉に最適な1枚
エリック・ドルフィー『Out To Lunch!』(64年)

『Out To Lunch!』収録曲“Hat And Beard”
 

音源を完璧なバランスで再現するこのヘッドホンの優秀さに触れて、〈これを異様な音響世界を持つ作品と合わせてみたらどうだろう〉という好奇心が湧いた。そこで個人的に〈早すぎた音響派作品〉だと思っている怪作にして傑作、エリック・ドルフィーの『Out To Lunch!』と合わせてみた。すると、これが予想以上に素晴らしいマッチングを見せてくれた。サウンド設計上の綿密な配慮に基づき周到にリハーサルを行った上で録音されたという本作は、そもそもライブ盤とは一線を画す箱庭的音響世界を有している。このヘッドホンは、その特性を見事なまでに引き出してくれるのである。時空のゆがんだ世界を映し出したアートワークを見つめながら、このヘッドホンで本作を聴いていると、向こうの世界に吸い込まれて元の世界に戻れなくなるような感覚に陥る。でもそれもまたアリなんじゃないか、と思ってしまう。

 

Devialet Phantom II 95 dB

据え置き型のBluetoothスピーカー。DEVIALET社製で価格は179,000円、プレミアム・プランにて借りることができる。一見するとスピーカーだとわからないような、丸みを帯びた独特のデザインが未来的で可愛らしい。使い方はいたって簡単。コンセントを挿して電源を入れ、本体に刻まれた5つのマークのうち一番左にあるBluetoothマークを長押ししてデバイスとペアリングすれば、すぐに使うことができる。

〈Devialet Phantom II 95 dB〉で聴く“I.G.Y.”

全帯域がしっかりと出るが、特に低域の響きの豊かさがものすごい。しかも人工的に強調された感じの響きではなく、あくまでオーガニックな響きなのだ。そのため、アンソニー・ジャクソンによる名ベースラインも、臨場感あふれる艶やかな響きで堪能することができる。とは言え、それはいわゆる〈ドンシャリ系〉製品における他の帯域を圧するようなものとは違い、あくまで他の帯域の楽器と調和しながら、曲の輪郭をくっきりと際立たせる役割を果たしている。可愛らしい見た目とは裏腹に、抜群の安定感で完璧に任務をまっとうする無骨な仕事人のようなスピーカーだ。

〈Devialet Phantom II 95 dB〉に最適な1枚
ディアンジェロ『Voodoo』(2000年)

『Voodoo』収録曲“Playa Playa”
 

低域の鳴りの豊かさを心ゆくまで味わうには、やはり低音の響きがミソの音楽であるブラック・ミュージックが最適だろう。しかもシンセサイザーなどがフィーチャーされたエレクトロ二ックなサウンドよりは生楽器主体のオーガニックなサウンドで、録音はデッドなものが望ましい。そこで推薦したいのが、ディアンジェロの言わずと知れた名盤『Voodoo』だ。実際に私がアルバム1曲目の“Playa Playa”をこのスピーカーで再生したところ、その相性のあまりのドンピシャぶりにしばし呆然としてしまった。他にもドクター・ジョンやアラン・トゥーサンらによるニューオーリンズ音楽や、ザ・バンドなどのアーシーなサウンドのロックも合うのではないかと思う。