ここはパンデミックにより失われたオールナイトのクラブ
そんな『Wide Awake!』のダンサブルな側面によりフォーカスを合わせ、ロックとクラブカルチャーを結合したアルバムが今作『Sympathy For Life』であることは間違いなのだが、同時にそれは、〈踊れるポップなアルバム〉や〈ディスコパンクの作品〉といった一言で片づけられるほど単純なものでもない。まさにディスコパンクなナンバーあり、ハウスがUKに渡り巻き起こったセカンド・サマー・オブ・ラブあり、同ムーブメントやヒップホップ/ブレイクビーツの影響を受けたロックバンドが次々と登場したマッドチェスターありと、様々な要素があるからだ。
またそれだけでなく、エレクトロニックミュージックの開祖的存在であるシルヴァー・アップルズや、ドイツのノイ!、カン、ファウストといったクラウトロック勢のエクスペリメンタルでミニマルなスタイルが、テクノやアンビエント、あるいはスーサイドやディス・ヒートのような凶暴性をはらんだノイジーなポストパンクを経由して派生していくような流れすら今作にはある。とにかくカバーしているレンジが広くて深くて混沌としている。しかし、それでいて複雑で難解な印象は薄く、そのカオスが妙に心地よくしっくりくるのは、曲作りやアレンジの手法によるところが大きい。
ほとんどの曲は、長いものだと40分を超える長尺の即興演奏を、The xxやホット・チップ、キング・クルール、ホラーズらを手掛けたプロデューサー、ロデイド・マクドナルドとともに2~6分台に編集していったものだという。結成から10年を越えた今のパーケイ・コーツだからこその阿吽の呼吸やバンドのパッションと、ロック畑ではないロディの持つダンスミュージックのロジックが重なり合うことで生まれたのが今作だ。
そのグルーヴという名のナビゲーターにひとたび体を預ければ、忘れていた何かを思い出すように湧き上がってくる衝動。そう、ここはパンデミックにより失われたオールナイトのクラブ。ただ音に埋もれて踊っていたい欲望の受け皿であり、理不尽なことを容赦なく突き付けてくる社会を潜り抜けた、誰の占有地でもないパーティーの景色が脳内に広がる。
ダンスに明け暮れる一晩のドラマを描く『Sympathy For Life』
冒頭を飾るマッドチェスターのヒット曲とシンクロするような“Walking At Down Town Place”は、現実の世界を見つめながら帰路につく人々の歩みと逆行して、期待に胸を膨らませながらさっそうと夜遊びに向かう道中で頭のなかに流れる、目的のベニューを象徴するアンセムのよう。
ストゥージズばりのガレージサイケがギアを上げダンサブルな高揚感を帯びていく“Black Widow Spider”もまた、パーティーのハイライトを彩ることのできるシングルだ。
クラウトロックとファンクとダブが重なり合うミニマルでドープな“Marathon Of Anger”や、サイケデリックロックとアシッドハウスが融合した“Planet Life”は、終電というたがを外したあとの酩酊状態にばっちりはまりそう。特に“Planet Life”は、プライマル・スクリームが『Screamadelica』で、13thフロア・エレベーターズの“Slip Inside This House”をカバーしていたことへのオマージュのようであり、マンチェスターのクラブ、ハシエンダでハッピー・マンデーズのナンバーが鳴り響いていた光景が見えてくるような、〈パーティーそのものから影響を受けているレコード〉である本作を代表する曲と言っていいだろう。
60年代のミニマルな電子音楽から70年代のスーサイドばりの冷酷でサディスティックなポストパンクへと繋がる、覚醒作用に満ちたノイズが炸裂する“Application/Apparatus”は、アンダーグラウンドへの憧れを満たしてくれる曲だ。
後半は、パーケイ・コーツを初期から知るファンが思わずにんまりする作品中もっとも泥臭いガレージロックが今作で獲得したグルーヴに乗ってダンスフロアを貫く“Homo Sapien”、マッドチェスターの雄ストーン・ローゼスのパーカッシブな16ビートと共鳴しているようなタイトル曲、リズムのレイヤーがたまらなく気持ちいいサイケデリックなディスコ“Trullo”という〈待ってました〉なフロアキラー3連発。
ラストは、PJハ―ヴェイのコラボレーターとして知られている今作のもう一人のプロデューサー、ジョン・パリッシュとともに作り上げた大曲“Pulcinella”。コロナ禍以降に制作された悲観的な曲ではあるが、その悲しみを包み込むようなサイケデリアによって、夜を使い果たしたクラウドに向けた賛歌にも聴こえてくる。
このように、『Sympathy For Life』は多種多様な〈ただ気持ちいいビート〉が一晩のドラマを描いているような流れを持ったアルバムだ。