矢沢永吉がソロデビュー50周年を迎え、ニューアルバム『I believe』をリリースした。目まぐるしく変化する音楽シーンを半世紀もの間、ロックスターとして走り続けてきた矢沢は、現在新たな作品を携えてのドーム公演アリーナツアーを目前に控えている。

そんな矢沢も、時には怯えを抱きながら挑戦を繰り返してきた。ミュージシャンやロックスターという肩書に隠れて普段は見ることができない〈ひとりの人間としての矢沢永吉〉について知るべく、幾度となく彼へ取材してきたライターの長谷川誠に印象的な発言などを振り返ってもらった。 *Mikiki編集部


 

新たな可能性に挑むチャレンジャー

ソロデビュー50年を超えても音楽シーンの最前線で走り続けている矢沢永吉には、〈ワン&オンリー〉という言葉がふさわしいだろう。矢沢は2025年9月14日に76歳の誕生日を、9月21日にはソロデビュー50年という節目を迎えた。その直後の9月24日には6年ぶり、35枚目のオリジナルアルバム『I believe』を発表し、11月8日からは東京ドーム2DAYSを含むツアー〈EIKICHI YAZAWA CONCERT TOUR「Do It! YAZAWA 2025」〉を開催予定だ。数字だけを見ても破格だが、数字には表れない部分でも矢沢は唯一無二の存在である。本コラムでは、筆者が過去に担当したインタビューやライブ同行取材を通じて感じた〈人間・矢沢永吉〉に迫る。

筆者が矢沢に初めてインタビューしたのは1991年、19枚目のアルバム『Don’t Wanna Stop』リリース時の音楽雑誌「ROCK’N ROLL NEWSMAKER」(後の「R&R NEWSMAKER」)での取材だった。『Don’t Wanna Stop』は、ロンドンとロサンゼルスという2つの都市で半分ずつレコーディングした、2つの異なるテイストが共存する意欲的な作品である。当時の矢沢の発言で印象に残ったのは、可能性についてのこんな言葉だ。

「すべてのこと(仕事や活動)に当てはまるけど、重要なのは可能性に挑むこと。可能性って、未知のものでしょ。だから面白いし、やりがいがある。特に音楽は可能性にあふれているものだから、飽きることがないんですよ」

矢沢永吉 『Don’t Wanna Stop』 東芝EMI/GARURU RECORDS(1991)

1991年、『Don’t Wanna Stop』リリース後に行われた〈BIG BEAT〉ツアーでの“BIG BEAT”“BITCH (message from E)"のライブ映像

表現者としての矢沢の大きな特徴は、挑戦心、好奇心、冒険心が旺盛なことだろう。ライブハウスで公開レコーディングを行ってのアルバム制作、ロックオペラをテーマとしたツアーの敢行、プリプロでのギター音源を全面的に採用したアルバム制作など、矢沢は毎回のように新たなことに挑んでいる。インタビューでの矢沢は、珠玉の言葉を数多く発していたが、ライブへの同行取材でも多くの驚きをもたらした。ここでは、忘れがたい体験となったライブ取材のエピソードを3つ紹介しよう。いずれも、「ROCK’N ROLL NEWSMAKER」での取材時のものである。

 

不安になるからこそ面白い

1996年11月からスタートした〈WILD  HEART〉ツアーでは、リハーサルから初日11月15日の青森市文化会館でのステージまで、何度か取材を行った。矢沢はここまで入念に準備をするのかと驚いたことを覚えている。都内での数日間にわたるリハーサルののちに場所を移して、岩手県の奥州市文化会館で3日間のゲネプロを行い、その後、青森市文化会館での本番にのぞんだのだ。ゲネプロのためにわざわざ別のコンサートホールを確保するのはきわめて珍しいだろう。しかも3日間にわたるゲネプロである。

ツアーメンバーはドゥービー・ブラザーズのジョン・マクフィー(ギター)とガイ・アリソン(キーボード)に加え、1987年から矢沢のツアーに参加しているジョージ・ホーキンス(ベース)、このツアーが初参加となるミッチ・ペリー(ギター)、マーク・ウィリアムス(ドラムス)だった。初参加のメンバーが2人いること、コーラスもサックスもいない5人編成であることなど、挑戦的なツアーとなったため、特に入念なリハーサルが行われたのだ。矢沢はこう語った。

「初めてのメンバーを入れるのは大変なことですよ。それでもやるのは色を変えたいから。得意のテリトリーが10あったら、あえてそのうちの5を捨てることも必要になる。〈安心〉〈納得〉だけで終わるのはつまらない。不安になるからこそ、面白い」

矢沢のリハーサルは独特だ。入念であると同時に、実に密度が濃い。舞台監督、音響スタッフ、照明スタッフ、バンドのメンバーなど、常に誰かと打ち合わせをし、指示を出している。その会話では日本語と英語が飛び交うだけでなく、「ズンチャ、ズンチャ、ズン」など、楽器の演奏を口で真似した音が混じっていく。さらにそこに身ぶり手ぶりが伴う。自分のイメージやアイデアを全身を使って相手に伝えているのだ。

そして、矢沢が相手に伝えているのはコンサートのディテールだけではない。ライブにかける情熱である。よりよいコンサートを行うために、矢沢が全力を投入していることは、リハーサルの何気ない一瞬からも垣間見えた。

世間一般での矢沢のイメージは〈豪快、大胆、自信満々〉というものかもしれない。が、リハーサル取材で感じたのは、彼ほど神経が細やかで、人への気配りをする人は稀だということだった。そして何よりもストイックで生真面目だ。