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歌うのは愛のポジティブなパワー

――まず、Disc 1には18曲収められていますが、その選曲意図を教えていただけますか。

「今まで歩んできたキャリアの中で、ポジティブな思考やお互いに対する敬意が込められているものを選びました。

また、音楽に敬意を持つとともに、一方では音楽ジャンルに対するこだわりは持ちたくありませんでした。つまり、自分はジャズシンガーであることに満足していますが、ゴスペル、ブルース、ソウル、ダンスミュージックにまたがるものも入れたかった。

収録曲を見てみると、愛のポジティブさに言及するものが多いですね。1曲目の“Hey Laura”に関してはちょっと混乱したような愛で、〈あなたが僕に嘘をついても僕は信じているからいいよ〉という捻じれたオプティミズムが存在しており、2曲目の“Liquid Spirit”は〈愛を解き放つ〉という意味を持ち、3曲目の“Revival”は人生の再生において押さえつけることができない愛情のパワーが歌われています。そして、僕の好きなナット・キング・コールの“L-O-V-E”も入れています」

『Still Rising - The Collection』収録曲“L-O-V-E”。ナット・キング・コールのカバー

――ブルーノートと契約する前のモテマから出した曲も『Still Rising』には入っています。それらも1枚の中に違和感なく並んでいて、あなたは昔から持ち味なり個性なりをちゃんと確立していたんだと思いました。

「それはおそらくその時点で、僕がある程度の年齢だったからであり、人生を重ねていたからじゃないでしょうか。最初のアルバム(2010年作『Water』)を出したのが38歳だったので、その段階で自分は何を伝えたいのか、それをどういうふうに伝えていきたいのかがしっかり把握できていたのだと思います。僕が表現している愛は想像上のものではないんですね。それは実際に経験してきた生や死、心を打ち砕かれるような経験や人生の楽しさを僕が知っていたからだと思います。

実はモテマとブルーノートの間で関係ができ紳士協定のようなものがあったようで、モテマの2作目『Be Good』(2012年)はもしかするとブルーノートからリリースされる可能性もあったんです。結局そうはならなくて、僕のアルバムは『Liquid Spirit』(2013年)以降ブルーノートから出るようになりました」

『Still Rising - The Collection』収録曲“Illusion”

――Disc 1の10曲目以降の8曲は新しくアレンジし直した曲や新曲も入っています。

「兄は亡くしましたが兄弟愛の大きなエネルギーは存在しており、今後はどうなっていくんだろうということを考えて歌った曲を新たに入れたいと思いました。

“Bad Girl Love”は〈しっかりつかまって船に乗っていくんだ〉という歌詞ですが、その愛が叶うかどうかは分からないながらも〈最終的に愛を取るリスクは尊いものなんだ〉というテーマを持っているんですね。

12曲目の“My Babe”(1955年発表の、ブルーススタンダード)は、どちらかというとブルースクラブで皆が幸せそうにビールを飲んでいるようなシンプルでジョイフルな光景を描きたかった。ブラック・ライブズについて悲劇的なとらえ方ではなく、どちらかというともっと楽しいブラック・ライブズを描きたかったんです」

『Still Rising - The Collection』収録曲“My Babe”

 

違う音楽と重なっていくことがジャズの伝統

――16曲が収められたDisc 2についてもお訊きしたいのですが、聴いてびっくりしました。ジャズ、R&B、エレクトロ、クラシックに属する人たち、そしてイギリス人やフランス人もいますし、現代的な技術の恩恵を受けての故エラ・フィッツジェラルドらとの時空を超えたデュエット曲もあります。こんなにも様々な人々とコラボレーションしていたという事実に驚きました。しかも、それがちゃんと1枚に違和感なく収まっています。

「違うジャンルの人たちであってもジャズを愛してリスペクトしており、私の音楽を聴いてくれて知ってくれていることが驚きですね。実際、いろんなジャンルの人たちから電話をもらいます。例えば、(英国の)ディスクロージャーやサム・スミス、メアリー・J・ブライジやエリカ・バドゥら様々なジャンルの人たちが私に連絡をくれるというのは本当に驚くべきことです。

自分がジャズから外に出て自己表現していくことは、広い音楽仲間意識を生むことにもなっています。そして、それをすることは同時にジャズを聴いていない人をジャズに引っぱり込こんでいくことにも繋がります。それって、異なる花粉を交配させることに近いのではないでしょうか。

Disc 2のリストを見ても、世界でも素晴らしいトップクラスのボーカリストであるダイアン・リーヴス、レイラ・ハサウェイ、リズ・ライトなどがいて、自分でも驚きます」

『Still Rising - The Collection』収録曲“Satiated (with Dianne Reeves)”

――様々なジャンルの人たちと自然に、両手を広げてコラボレーションをするという行為はまさにジャズ的な態度だと思います。

「そう、まさにそれがジャズの姿勢です。生粋のジャズ信仰者であっても、おおらかに音楽を探求することが肝要であり、すべてを認めていくべきだと思います。過去を振り返ってもジャズがラテンやブラジル音楽を探求したり、ノラ・ジョーンズがカントリーミュージックを探求したりしています。ワールドミュージックやヨーロピアントラディッショナルの中にもジャズが存在していますし、違う音楽と重なっていくことがジャズの伝統なのではないかとも思います。私は新しいことをやっているジャズの反逆児ではなく、それはマイルス・デイヴィスやディジー・ガレスピーが常にやってきたことであって、私はその足跡をたどっているだけです」