オリジナルとカヴァーを自在に行き来してきた、輝かしいキャリア

71年に米カリフォルニア州サクラメントで生まれたグレゴリー・ポーター。彼は幼少期にナット・キング・コールと出会って以来、その歌声に魅了されてきた。

その後みずからも歌い手として、ナット・キング・コールに留まらずダニー・ハサウェイやマーヴィン・ゲイといったシンガーにも影響を受けながら、芳醇でコク深い個性を確立していく。そしてジャズ・クラブでの研鑽の日々を経て、2010年にアルバム『Water』でデビュー。

2010年作『Water』収録曲“1960 What?”

2013年にはドン・ウォズのラヴコールを受け、ブルーノートと契約を交わす。同レーベルからリリースされた3枚目のアルバム『Liquid Spirit』は〈世界で最もストリーミングされたジャズ・アルバム〉という記録を打ち立て、翌年のグラミー賞で〈ベスト・ジャズ・ヴォーカル・アルバム〉を受賞した。

2013年作『Liquid Spirit』収録曲“Liquid Spirit”

以降もオリジナル曲によるアルバムを次々とリリースする一方で、カヴァーにも精力的に取り組んでいく。そのなかでも2017年にリリースされた『Nat King Cole & Me』は、ポーター自身の人生と彼が最も影響を受けたというナット・キング・コールの作品世界を見事に交錯させた、一つの到達点と言えるだろう。

2017年作『Nat King Cole & Me』収録曲“L-O-V-E”

 

4年ぶりにオリジナル曲へと回帰した新作『All Rise』

そんなグレゴリー・ポーターが、『Nat King Cole & Me』以来となるニュー・アルバム『All Rise』を2020年8月28日(金)にリリースする。

GREGORY PORTER 『All Rise』 Blue Note/ユニバーサル(2020)

プロデューサーは、ジェイミー・カラムらを手掛けたトロイ・ミラー。LAのキャピトル・スタジオとパリのサン・ジェルマン・スタジオで録られたポーターとバンドによる音源に、ロンドンのアビー・ロード・スタジオで録られたロンドン交響楽団ストリングスの音源を重ね合わせた、豊かな聴き心地の作品となっている。

本作に収められているのは、全てポーターによる書き下ろし楽曲だ。『Take Me To The Alley』(2016年)から4年を経て再びオリジナル曲の制作に取り組む上では、やはりナット・キング・コール作品とがっぷり四つに組み合った経験が大きく影響したようだ。

「ナットから教わったことの一番は、〈intimacy(親しみやすさ、身近さ)〉だ。彼は歌詞の中にまで登っていって、どんな曲だろうと自分のものにしてしまえる人だった。他にも〈表現の明瞭さ〉など、学んだことはたくさんある」。

だが本作は当初から〈全曲をオリジナルで貫く〉という計画の下、制作されたわけではなかったという。

「キャリアの最初の頃から、レコーディングをするたびに〈どうしても今、これを言わなきゃ〉と思えるようなことが生まれ、前に出てきてしまう。今回も、実はカヴァー曲をやる予定はあったんだ。ところがカヴァーよりも、自分の曲のエネルギーがぐいぐいと前に出て主張してきた。おかげで他人の曲が入らなくなっちゃったんだ(笑)。でもカヴァー曲も、またいつかレコーディングしたいと思っているよ」。

ポーターは本作においてもこれまでのオリジナル作品同様、みずから経験するなかで芽生えた感情に衝き動かされるようにして、曲を紡いでいったようだ。

「たとえば“Concorde”は、世界中を旅し、ロイヤル・アルバート・ホールやウィーンのオペラハウスのステージに立ち……そんな素晴らしい経験をしてきたが、いちばん自分にとってかけがえのない〈場所〉は、帰ってきて空港から出た時に息子が出迎えてくれる、その場所だ、という気持ちを歌っている。僕は自分が本当に経験し、心を動かされたものに基づいて曲を書いてきた。“Mister Holland”を書いたのも、人種問題に触れるのが流行っているからなんかじゃない。それが自分の人生に触れてくるリアルなテーマだったからだ」。

『All Rise』収録曲“Concorde”“Mister Holland”

2020年5月25日に米ミネソタ州ミネアポリスで起こった、アフリカ系アメリカ人の男性ジョージ・フロイドの暴行死事件と、それに端を発する〈Black Lives Matter〉のムーヴメント。彼と同じアフリカ系アメリカ人であるポーターが、一連の出来事に強い衝撃を受けたであろうことは想像に難くない。

「興味深いのはジョージ・フロイドの死がこれほどの広がりを見せたことだ。今は流れを変える分岐点なんだと思う。世界中のブラック・ピープルが〈Black Lives Matter〉を口にする時、決して〈ブラック・ピープル以外の命には意義がない〉と言っているわけじゃない。ただ〈もし僕らの命が他よりも意義がないとされるのなら、せめて他の命と同じレヴェルまで上げようじゃないか〉と言っているわけで、根っこにあるのはあくまで〈平等を求めたい〉という想いなんだ。僕もいままでそういった、互いへのリスペクトを望む気持ちを歌ってきた」。