一聴しただけで心の中に入ってくるような、慈しみに満ちた深い歌声……。その滋味の深さは、グレゴリー・ポーターがジャズの本懐を知り、天賦の才を介して出しているからだと、説明したくなる。かようなタイムレスな歌声や歌唱力を持つ彼だが、一方ではR&B的な今様さを聴き手に与える担い手でもある。それは往往にして彼が自らのオリジナル曲を歌う場合に顕著に現れよう。そうした何気に今のヴァイブを抱えるメロディーやストーリーを出すことができるソングライティング技量もまた、ポーターの大きな武器だ。彼は本当にスケールの大きな現代ジャズシンガーの道を堂々歩んでいる。
そんな彼の新作『Still Rising - The Collection』は、34曲も収められた2枚組作品だ。過去の6枚のアルバムをソースにすると書くとベスト盤かと思われそうだが、そこには新しくアレンジされた曲や新/未発表曲が収録され(Disc 1に8曲)、そしてDisc 2はと言えばなんとモービーやジェイミー・カラムら様々な人たちとの、こんなバージョンがあったのかと驚かされるデュエット曲で占められる。前作『All Rise』の続編のようなアルバムタイトルを持つ『Still Rising』をポーターはどんな思いで作ったのだろうか。ロンドンに滞在中の彼に、話を訊いた(2021年12月13日、Zoomで収録)。
GREGORY PORTER 『Still Rising - The Collection(スティル・ライジング~ベスト・オブ・グレゴリー・ポーター)』 Blue Note/ユニバーサル(2021)
兄の死で気づいた自身の音楽の大きな愛情
――今、NYにいるのでしょうか。
「ロンドンにいます。ジュールズ・ホランド※のテレビ番組に出演するために来ていますよ」
――今は、アメリカからヨーロッパへなど外に自由に行くことができているんですよね。
「ええ。安全に気を使って旅行しています。マスク、手洗いをして、旅の間はほぼ毎日検査をしています」
――前作の『All Rise』はコロナ禍の暗い状況を受けて、よりポジティブな気持ちを込めたアルバムでした。
「『All Rise』はすごく誇りに思っています。パンデミックが始まる前にレコーディングしたアルバムですが、この状況において、愛や人生や生きることに対しての達観した見解を伝えるものになったと思っています。パンデミックが始まって1年半もの間苦労した後でもいまだに示唆する内実を持っており、新作の『Still Rising』は『All Rise』の収録曲も交えた、その延長線上にある作品です」
――『Still Rising』は2枚組で、これまでに発表した曲+αを収めています。このおり、大々的にレコーディングができないからこそ、過去の自分が歩んできた人生を振り返り、新マテリアルを加え、これまで積み重ねてきた成果をまとめようと思ったのでしょうか。
「そういう意図はあまりないですね。一番の理由は兄が亡くなってしまい(ロイド・ポーター、死因はCOVID-19の合併症)、心が傷ついた状態を自分の曲を聴き直すことで癒していたことが大きいです。自分の音楽そのものが癒しとなり、改めて力を持っていることに気づきました。“No Love Dying”や“Liquid Spirit”や“Revival”などを聴き直す中で、新たな聴こえ方がしたので、もう一度それらをくくり直したいと思いました。抑えることができないようなすごく大きな愛情を描いているこれらの曲を聴くことで、どんどん気分が上向いていったんですね。パンデミックに対して音楽が持つポジティブな面を生かして、再提出してみたかったのです」
――お兄さんは、年齢は1つしか違わないんでしたっけ?
「はい、僕の1つ上です。兄も過去の録音に立ち会っているんですよ。だから、彼も音楽の中にいるというとても個人的な意味合いがあるとともに、もちろん皆さんに聴いてもらう意義があると思って作りました」