「レナードの言葉の周りに演奏が自然に生まれてくるようなオーガニックな音楽が欲しかったんだ」

 いまはネット上に星のように散らばる曲が個人の好みにしたがって、あるいは無作為に聴かれる機会がふえている。では半世紀以上ポピュラー音楽でアルバムが担ってきた音楽のありようは必要なかったということなのだろうか。もちろんそうではない。好きな曲だけを拾い集めることと、ひとまとまりの音楽を連続して聴くことでは、楽しみ方の次元が異なる。それは無数に散らばる星を個別に眺める喜びと、想像された星座の物語を味わうことのちがいにたとえられるかもしれない。

VARIOUS ARTISTS 『Here It Is: A Tribute To Leonard Cohen』 Blue Note/ユニバーサル(2022)

 『ヒア・イット・イズ:トリビュート・トゥ・レナード・コーエン』は、音楽をアルバムで聴くことの醍醐味を教えてくれる作品だ。世にトリビュート・アルバムの数は多いが、選び抜いたミュージシャンの演奏で多彩な歌手が名曲に取り組んだこのアルバムの筋の通し方には格別なものがある。

 言うまでもなく、レナード・コーエンは“スザンヌ”“電線の鳥”“ハレルヤ”などのスタンダードを作ったカナダ出身のシンガー・ソングライター/詩人/小説家。プロデュースしたラリー・クラインはジャズとポップスの境界線上で数々の名作をプロデュースしてきた人だ。ズームで彼にこのアルバムの制作にまつわる話を聞いた。

 「レナードとは、わたしの前妻のジョニ・ミッチェルを通して知り合った。1982年のことだったと思う。歳月を重ねるにつれて親しくなって、素晴らしい関係が続いた。わたしが次にルシアナ・ソウザと結婚したときも式に出席してくれた。ジョニとルシアナ、両方の結婚式に出席してくれたのはたぶん彼だけだと思う(笑)。レナードとはつきあいが深かったので、彼が亡くなったときは、ほんとに寂しい毎日が続いた。5年ほど経って、ようやく他のミュージシャンや歌手たちと彼の作品に取り組む時が来たんじゃないかと思ったんだ」

 アルバムにはノラ・ジョーンズ、ピーター・ガブリエル、ジェイムス・テイラー、グレゴリー・ポーター、サラ・マクラクラン、メイヴィス・ステイプル、イギー・ポップら豪華な顔ぶれが参加している。もちろん奥さんのルシアナ・ソウザも。

 「ブルーノートのドン・ウォズと打ち合わせしたとき、アルバムの構想を話したら、彼もいいアイデアだと賛成してくれて、進めることになった。最良のコンテクストを決めて、形にする方法が決まるまでには少し時間がかかった。初期のアルバムから近年のアルバムまで、レナードの作品の幅広さを提示したかったから、歌手ごとにこの曲はどうだろうと打診していった。ほとんどの歌手/ソングライターにとって、レナードは目の前にそびえる高峰みたいな存在だから、圧倒される、自分にはできないと言う人もいたし、日程が合わなかった人もいた。幸運だったのは、わたしの好きな人たちばかりが参加してくれたことだ。こういうアルバムを作る楽しさは、この歌をこの人がうたえばどんなふうになるのだろうと頭の中で想像することからはじまる。ノラ・ジョーンズには“スティア・ユア・ウェイ”を提案した。レナードが亡くなる前の最後のアルバムに入っていた曲で、あまり聴かれていないけど、とても奥深い作品なんだ。ノラもこの曲を知らなかったけど、聴いたら気に入って、レコーディングはとてもうまくいった」

 最初にやった曲をたずねたら、ナサニエル・レイトリフのうたう“フェイマス・ブルー・レインコート”だった。かつてジェニファー・ジョーンズがアルバム・タイトルにしたこともある曲だ。

 「ナサニエルはデンヴァーに住んでいるんだけど、バンドと一緒に顔を突き合わせてやりたいからと、ロサンゼルスに来てくれた。そう言ってくれたのはうれしかった。ふだんこういうプロジェクトだと、アーティストは世界中に散らばっているから、演奏とうまくかみ合うかどうかを確認するために、まずガイドで別の人にうたってもらうんだけど、一緒にやれて意味があったね。コロナ騒ぎで、ロサンゼルスまで来れない人も多かったから」

 

 演奏は基本的にマニュエル・ウィルキンス (サックス)、ビル・フリゼール(ギター)、グレゴリー・リース (ペダル・スティール)、ケヴィン・ヘイズ (ピアノ)、ラリー・ゴールディングス (ハモンド・オルガン)、スコット・コリー (ベース)、ネイト・スミス (ドラム)が行なっている。透明感のある美しい演奏ぞろいだ。ミュージシャン選びではどんなところに気を配ったのだろう。

 「ジャズの素養のあるミュージシャンたちだ。ジャズではふだん一定の範囲内で演奏する必要があるけど、このアルバムでは、言葉が最も重要なので、それがわかっている特別なミュージシャンを選んだ。スタジオではまず歌詞をプリントしてミュージシャンに渡して、レナードのヴァージョンを聴いて、レナードの歌に対するぼくの解釈を話した。誰もが詩を異なる方法で聴いていると思うけど、レナードは詩に託した意味をきちんと説明することはなく、作品がそれぞれちがったふうに解釈されることを望んでいたから、それでいいんだ。歌や言葉に耳を傾けてから、音楽的な方向性を少し話して、スタジオに入った。演奏の腕前を証明するんじゃなく、詩を強調してアンダーラインを引くように演奏してほしいと。やりすぎないように気を配った。そしたらすぐに何かしら魔法が起こったんだ」

 編曲は基本的にヘッド・アレンジだったのだろうか。レナードの作品はリズム面ではとても簡潔なので、工夫が必要だったという気がするのだが。

 「そうだ。きっちりアレンジされたものじゃなくて、印象主義的なものが欲しかった。言葉の周りに演奏が自然に生まれてくるようなオーガニックな音楽をね。レナードは自分の歌の音楽的な限界について、他のミュージシャンはいろいろ切り札を持っているけど、ぼくはひとつしか持ってないって、よく冗談を言ってた (笑)。もちろんそれが彼にふさわしく、素晴らしいものだったんだけど。だから、このアルバムでは、演奏を複雑にしようとか、より濃くしようとは考えなかった。さっきも言ったけど、言葉が前に出てきて、人々に強く訴えるものにしたかった。レナードはよくぼやいていたんだ。レコードの中でも演奏がしばしば歌に割り込んできて、詩の自然性を損なうんだと。出来上がったヴァージョンは、原曲の言葉を新しいやり方で聞く感じかな。文脈を変えることで歌に新しい生命を吹き込みたかったんだ」

 ラリーはハービー・ハンコックが中心になってジョニ・ミッチェルの作品に取り組んだ『リヴァー~ジョニ・ミッチェルへのオマージュ』をプロデュースして、グラミーの最優秀アルバム賞を受賞したことがあるが、今回のアルバムとそのときとのちがいはあったのだろうか。

 「基本的なアイデアやコンセプトは同じ。どちらも原曲がファンタスティック。でも細目がちがうんだ」

 レナードの音楽がいまの時代に持っている意味についてはこんな意見だった。

 「彼の音楽はタイムレスなんだ。いつもていねいに曲を作っていた。ときには1曲に何年も時間をかけて。音楽的にはカントリー、たとえばハンク・ウィリアムスの影響を強く受けていた。同時にゴスペルの影響も受けていた。祈りの音楽というか、讃美歌のようなところがあった。でもストレートではなく、ゴスペルの要素の周りで戯れて、裏返して、皮肉なユーモアも感じさせるんだ。見逃されがちだけど、レナードの暗めのユーモアのセンスは抜群だった。官能性と精神性の葛藤についての歌も多い。そんなところも味わってもらえたらうれしいね」

 


Larry Klein(ラリー・クライン)
グラミー賞10度ノミネートされ、ハービー・ハンコックのジョニ・カヴァー集など4度受賞。ジョニ・ミッチェルの『Turbulent Indigo』(邦題:『風のインディゴ』)やトレイシー・チャップマンの『Our Bright Future』(邦題:『アワー・ブライト・フューチャー』)などのアルバムをプロデュースし、フレディ・ハバードやウェイン・ショーター、ドン・ヘンリーなどの偉大なアーティストと一緒にベースを演奏し、ウォーレン・ゼボンやボニー・レイットなどと共作などの経歴を持つ名プロデューサー。