
やっぱりミュージシャンって普通じゃない
――曲を通じて、どういうイメージで見られていたのかを知ることにもなりますもんね。でも全員大御所揃いだから、ブルー・ペパーズの井上薫さんとか、だいぶ緊張されたんじゃないかと思う。
「たしか録音が終わったあとも、スタジオにしばらく居ましたね。
とにかく今回は皆さんのソロパートが聴きどころのひとつだと思います。全員そこは特に力が入っていて、何回もトライしていた方もいらっしゃったし。次の出番の方が待っているのに、何度も何度も粘っていて、やっぱりミュージシャンって普通じゃないなぁってつくづく思いました(笑)。きっといろんなアイデアを練ってきてくださっていたはずで、思い描くゴールに到達するまでは止めるわけにはいかない!といった執念は全員に共通していた気がします」
――古内さんが予想する以上のものをもたらしてくれた、って感じですか。
「予想どおりに予想を上回ってくれました」
――それにしても色とりどりなピアノ演奏が並んでいて、アルバム全体にカラフルな彩りをもたらしている。
「全員が同じスタジオで、同じピアノで弾いている、と念頭に置いて聴いてもらうと、余計美味しさが増すと思います」
――“時はやさしい”での松本圭司さんとか、アーマッド・ジャマルを彷彿とさせるようなグルーヴィーな演奏を披露していてホント素晴らしい。
「圭司くんに、どんな曲を担当してみたい?って訊いたんです。そしたら、王道じゃない感じがいい、ってことだったのでリクエストに応えてみました。
それから、何十年も第一線で活躍されている大ベテランの中西康晴さん。彼には昔、毎曲毎曲弾いていただいていたんですが、どんな曲調でも初見で素晴らしい演奏をしてくださった。以前彼に、これまでどんな音楽を聴いてきて、どんなピアニストが好きなんですか?って質問したことがあったんですが、ブルースが好きで、レイ・チャールズが好き、っておっしゃっていたんです。それをずっと覚えていて、そのテイストを入れた曲にしたいとは考えていました」
――中西さん参加の“だから今夜も夢を見る”は全体を包むソウルフルなムードがカッコいいですね。
「あと“体温、鼓動”で弾いてくれた草間信一さん。彼は初期の曲から参加してくれていて、歳も近いし、旧友といった存在。いろんな大きいプロジェクトに関わりながら、いまでも小さなジャズ箱で頻繁に演奏しているので、ジャズっぽい曲は彼に任せようと。
“夕ぐれ”の河野伸さんはライブも含めていちばんいっしょにやらせてもらっているんですが、とにかくオールマイティーな才能の持ち主で。美しいサウンドは得意中の得意だけど、トリッキーなものも好きなので両方をミックスしたような感じにしてみました」

デビュー曲“はやくいそいで”をセルフカバーして感じた〈やっぱりこの曲で良かった〉
――コーディネーターとして大いに腕を奮われたわけですね。河野さんといえば、唯一のセルフカバー曲“はやくいそいで(2022 Piano Trio Version)”にも登場します。デビュー曲を再演するという企画はアニバーサリーアルバムならではですね。
「このアイデアはスタッフから出たもので、1曲セルフカバーを入れたら胸アツなんじゃないかと。どういうものが出てくるんだろう?って考えていたら、とてもお洒落に仕上がって。キーも下げたので、より大人っぽくなったと思います」
――資料にあったセルフライナーノーツに、〈あの頃の自分が聴いたら何と思うだろうか?〉って書いてありましたが、仕上がりに対してあの頃の古内さんはどんなことを言うんでしょうね。
「なかなかイイね、って言ってくれるかな(笑)。
“はやくいそいで”って結果的にデビュー曲になったんですけど、当時の私はちょっと意外だったんですね。みんなが良いって言ってくれるバラード系で行くんだろうな、と考えていたから。でも今回レコーディングやってみて、やっぱりこの曲で良かったなとつくづく思いましたね」
――ところでデビューの頃、いまぐらいの自分を想像することなどありました?
「いや、まったく。曲作りは十代のときにハマった唯一のことで、曲を作るのがただただ楽しくて楽しくて。レコード会社の人にデモテープを送ったことがデビューのきっかけだったんですが、そもそも歌手になるなんて夢にも思ってなかった。当時は受験生だったけど、予備校に行くって嘘ついてソニーに通ったりしてた(笑)。母親はしょうがないなって黙認してくれたけど、父親には絶対内緒の案件でした。デビューが決まったとき、父親からは、学業優先、そして卒業だけはすること、と念を押されました。はっきりと言われたんです、お父さんとお母さんの子供なんだから才能があるはずないんだから、って(笑)。そんなこんなで、何十年後のことを考えるなんて余裕がなかった」
――目の前の課題をひとつひとつクリアすることで必死だったんですね。
「ホントそう。でも唯一ハマったことをここまでずっと続けられているって、ねぇ。たぶん一生かけてこれひとつだけなのかも」
――曲作りの方法って当時と現在とではあまり変わってなかったりする?
「曲作りのモードに入ったら集中してやる、それはずっと変わらないですね。ただそのモードに入る頻度が昔ほどなくなっていますよね。以前は1年1枚ペースでアルバムを作っていたけど、今回は4年ぶり。ガーッと曲作りに取り組むことも久しぶりだった。作り貯めができないんです。締め切りが必要というか、お尻に火が点かないとやらない。集中モードになかなか辿り着かなくて、いつもエンジンの入れ方を忘れてしまう。でも一回かかると、そこからずっと多幸感が続くんですよね」