©Yoshihisa Marutani.

新たな楽器との邂逅でバッハの無伴奏作品を録音

 弦楽器奏者は、楽器が変わると自らの奏法、解釈、表現法が大きく変化するといわれるが、諏訪内晶子も20年間愛奏し続けたドルフィン(1714年製、ストラディヴァリウス)から新たな楽器、チャールズ・リード(1732年製、グァルネリ・デル・ジェズ)と歩みを進め、この名器を得て、J.S.バッハの“無伴奏ヴァイオリンのためのソナタとパルティータ”全曲録音を行った。

諏訪内晶子 『J.S.バッハ:無伴奏ヴァイオリン・ソナタ&パルティータ(全曲)』 Decca/ユニバーサル(2022)

 「コロナ禍の影響で行動が制限される中、楽器を探すことが難しかったのですが、運よくグァルネリ・デル・ジェズの楽器に巡り合うことができました。ストラディヴァリウスはとても完成された楽器で個性が強く、それを崩さないように弾きこなさなければならないのですが、デル・ジェズはまったく音の質が異なります。深い音と、艶やかさが特徴です。実際に弾いてみたら、ちょっと小ぶりの楽器なのですが、とても弾きやすく、いい楽器だなあと思いました」

 このチャールズ・リードは、以前ポーランド出身のヴァイオリニストで音楽教育・研究にも携わっていたマックス・ロスタル(1905~1991)が使用していたという。彼はバルトークのヴァイオリン協奏曲第2番をイギリスに広めたことでも知られる。

 諏訪内晶子はチャールズ・リードを得てから1年未満で、バッハの録音が控えていた。それゆえ、この楽器を携えて難曲として知られ、ヴァイオリニストにとってバイブル的な存在であるバッハと対峙した。

 「ヴァイオリン1台で演奏する孤高の音楽ですから、本当に神経がすり減った感じです。すべての音をマイクが拾うわけですから、非常に大変でした。演奏してはプレイバックを聴き、また演奏して聴くという繰り返しで、客観的な感覚を、失わないようにしなければいけません。チャールズ・リードは倍音が豊かで、それを意識してすべてを完璧に作り上げなくてはなりません。バッハの作品は子どものころから弾いていて準備はできていましたが、全曲録音となるとまた別の意味で大変さがありますね。でも、とても充実した時間を過ごすことができたことも確かです。コロナ禍でその後の編集作業のための移動も、通常と異なり困難で不便でしたが、無事に終わりました。いま考えてみると、チャールズ・リードには出会うべきときに出会ったという感じがしています。バッハの録音をともにできたわけですから」

 諏訪内晶子にとって、アルバムデビュー25周年にあたるメモリアルイヤーに録音されたバッハの無伴奏作品は、まさに記念碑的な存在である。諏訪内晶子は華やかでスター性があり、舞台姿も美しいが、演奏は作品の内奥にひたすら迫っていく奏法と解釈と表現に根差した正攻法で勝負するスタイル。ストイックなまでの音楽への取り組みがこの録音からも伝わり、聴き手は作品の真意に近づくことができる。新たな楽器との邂逅を音から聴き取りたい。

 


PROFILE: 諏訪内晶子(Akiko Suwanai)
東京都出身。江藤俊哉氏に師事し、桐朋女子高等学校音楽科を経て、桐朋学園大学ソリスト・ディプロマコース修了。文化庁芸術家在外派遣研修生としてジュリアード音楽院本科及びコロンビア大学でドロシー・ディレイ、チョーリャン・リンの両氏に学び、同音楽院修士課程修了。その後国立ベルリン芸術大学で、ウーヴェ=マルティン・ハイベルグ氏にも師事、2021年学術博士課程修了、ドイツ国家演奏家資格取得。2012年、2015年、エリザベ-ト王妃国際コンクール、2018年、ロンティボー国際コンクール、2019年、チャイコフスキー国際コンクールヴァイオリン部門審査員。2012年より〈国際音楽祭NIPPON〉を企画制作し、同音楽祭の芸術監督を務めている。

 


LIVE INFORMATION

国際音楽祭NIPPON2022

~諏訪内晶子&フレンズ~ コンサート in 陸前高田(東日本大震災復興応援)
2022年3月6日(日)岩手 陸前高田市民文化会館(奇跡の一本松ホール)
開演:14:00
出演:諏訪内晶子(ヴァイオリン)/マーク・ゴトーニ(ヴァイオリン)/鈴木康浩(ヴィオラ)/イェンス=ペーター・マインツ(チェロ)/阪田知樹(ピアノ)

諏訪内晶子 室内楽プロジェクト ~Akiko Plays CLASSIC & MODERN with Friends~
Akiko Plays CLASSIC with Friends

2022年3月9日(水)東京 紀尾井ホール
開演:19:00
出演:諏訪内晶子(ヴァイオリン)/マーク・ゴトーニ(ヴァイオリン)/鈴木康浩(ヴィオラ)/イェンス=ペーター・マインツ(チェロ)/阪田知樹(ピアノ)

Akiko Plays MODERN with Friends
2022年3月11日(金)東京 紀尾井ホール
開演:19:00
出演:諏訪内晶子(ヴァイオリン)/マーク・ゴトーニ(ヴァイオリン)/鈴木康浩(ヴィオラ)/イェンス=ペーター・マインツ(チェロ)/阪田知樹(ピアノ)

ミュージアム・コンサート
2022年3月12日(土)愛知・名古屋 トヨタ産業技術記念館 エントランス・ロビー
開演:19:00
出演:諏訪内晶子(ヴァイオリン)/マーク・ゴトーニ(ヴァイオリン)/鈴木康浩(ヴィオラ)/田原綾子(ヴィオラ)/イェンス=ペーター・マインツ(チェロ)/辻󠄀本玲(チェロ)

ブラームス 室内楽マラソンコンサート
2022年3月13日(日)東京初台 東京オペラシティ コンサートホール
第1部
開演:10:30
第2部
開演:13:30
第3部
開演:19:00
出演:諏訪内晶子、マーク・ゴトーニ、米元響子、小林美樹(ヴァイオリン)/鈴木康浩、田原綾子、村上淳一郎(ヴィオラ)/イェンス=ペーター・マインツ、辻󠄀本玲、上野通明(チェロ)/阪田知樹、菊池洋子、高木竜馬(ピアノ)/葵トリオ 秋元孝介(ピアノ)/小川響子(ヴァイオリン)/伊東裕(チェロ)/金子平(クラリネット)/日髙剛(ホルン)

https://www.japanarts.co.jp/special/imfn/