ライフワークは続く――コロナ禍に録音したのは、原点に戻ってのピアノ版と作品の本質に迫ったメロディカ版
ケンバニストを自称し、巨大なパイプオルガンから知育玩具のトイピアノまで、鍵盤楽器ならば何でも弾きこなす塚谷水無子。彼女は“ゴルトベルク変奏曲”の演奏・録音をライフワークにしていて、2012年からパイプオルガン演奏、ポジティフオルガン演奏、ブゾーニ編曲版を用いたピアノ演奏、トイピアノを用いた演奏の4種類をリリース。その個性的な取り組み、演奏内容、録音の優秀性により各方面で大きな話題を提供してきた。
そしてコロナ禍の中、彼女は新たに2枚の“ゴルトベルク変奏曲”を録音した。ひとつは、原点に戻ってピアノでのバッハの楽譜通りの演奏、もうひとつは、小学校の教材として懐かしいメロディカ(鍵盤ハーモニカ)を76台用いた演奏である。
まずピアノ版。グレン・グールドの名盤以来、様々に演奏されてきたこの曲を、彼女は美しいタッチと落ち着いたテンポで外連味の無い演奏を展開してゆく。その中で、リズムの弾みで音楽が前進してゆく喜びがさり気なく示されたり、旋律が歌に満ち、多様な感情があふれたり、折り返しの第16変奏で再出発の晴れやかな決意が、音色にタッチに示されたりと、作品を知り抜いた内容豊かな表現を聴かせてゆく。第20変奏での豊かな流動感、第21変奏での受難曲的深み、第23変奏でのメルヘン、第30変奏での名残の感情……何れも美しさの極みだ。
そしてメロディカ版は 彼女の「バッハの音符は歌います」、「ゴルトベルク変奏曲の演奏はビーズ編みの工程に似ています」という言葉が体感できる演奏となっている。歌口から息を吹き込む機構により、アリアの旋律が歌うように描かれているし、多様な音色をもつメロディカを使い分け、組み合わせることにより、第9変奏ではヴァイオリンのE線のような哀切な音色が、第10変奏では湧き上がるような合奏の喜びが響いている。クライマックスの第28~30変奏での宇宙的パレットの壮麗さは、彼女の果てしない想像力の証明と言えるだろう。