体調不良と休養がもたらした変化、そして原点回帰

――仕事より小瀬村さんのことを心配してくれたんですね。

「繊細で、優しい人なんですよ。

しっかり休養を取り、身体の調子を整えてから、久しぶりにスタジオに入ってピアノを弾いたら、出てくる音が倒れる前と全然違っていた。休んでいた時に心と体を整えた影響だと思うんですけど、これがSoloist.の作品へと向かう良い作用になれば、と思い、ピアノと向かい合って何曲か録音したものを宮下さんに送ったら良い反応が返ってきて。それをもとに、二人でショーの世界観や構成に合わせて話し合っていったんです」

――倒れたことが功を奏した?

「そうですね。それがなかったら、またそれはそれで全然違う音楽になっていたと思います。休養してからは邪念のようなものが抜けて心がすごく静かになったんです。そうすると聞こえてくる音に対する感じ方が全然違ってくる。

過去にも体調を崩したことがあって、その時に音楽を作り始めたんですよ。20歳の頃なんですけど、学校に行けなくなってしまって、しばらく街をぶらぶら歩いていたんです。その時にフィールドレコーディングを始めて、それがある種のリハビリになった。僕にとって音楽を作るというのは自分を癒しているようなところがあるのだと思います」

――フィールドレコーディングが小瀬村さんの出発点だったんですね。

「僕は音楽の教育をきちんと受けた人間ではないんです。作曲家になるつもりもなかったし、なれるとも思っていなかった。ピアノは習っていたので少しは弾けるんですけどね。

フィールドレコーディングした音源をコンピュータに取り込んで聴いてみると、それだけでもう音楽として成立しているように思えた。そこにもう少し音楽的なエッセンスを足してみようと思ってピアノを弾いたりしたんですけど、いわゆる〈音楽を作ってみよう〉という気持ちではなかったんです。それより、自分が見た景色を音だけで聴いてみると違った聞こえ方をしたのが面白かった。そして、それを編集すると映像のない映画のような感覚で音を楽しめたんです。それが音楽を作り始めたきっかけでした」

――体調を崩したことが作品に影響している、という点で、音楽を始めた時と今回は通じる感覚がありました?

「今回はかなり原点に立ち戻ったところがあると思います。最初のアルバム(2007年作『It’s On Everything』)は今聴いても、ざわっとするんですよ。当時の感覚が体に少し残っているから反応してしまうところがある。

最初のアルバムを出した時、いろいろな方からメールを頂いたんですけど、特に心に不調をきたしている人たちから〈この音楽に助けられている〉と言って頂くことが多くて、アルバムを作った意味があったなって思ったんですよね。

今回はショーの音楽だからそれとはもちろん違いますけど、僕としては〈一度立ち止まったことで生まれたもの〉という印象が強いですね」

2007年作『It’s On Everything』収録曲“It’s On Everything”

 

宮下さんは対岸ではなく同じ岸から一緒に向こう側を見ていた

――曲を書く時はピアノを弾いて考えることが多いのでしょうか。

「そうですね。曲を作るというよりは、ピアノを弾いていて何となく音楽が見えてきたら録音し始める。そのまま最後まで行くこともあれば、録音したものを編集で繋ぎながら作っていくこともあります。自分のソロだとそういう方法が多いですね。今回もそうでした。

構成も感覚的にノイズやシンセサイザーを乗せていく。何かを表現しようとしているのではなく、ほとんど遊んでいるような感じです」

――自分とセッションしているみたいですね。

「基本的にそうですね。何かを目指して作っているのではなく、そこで出てくるものを面白がっているんです。自分のなかで、面白いと感じられる音を積み重ねていく。

ただ、依頼されて曲を作る場合は、様々なリクエストに応えていかなくてはならないので、その方法だけではうまくいかないことも多いんです。ですが、宮下さんとの共同作業では、そういったリクエストはなく、普段通りの方法で最後まで取り組めました。宮下さんは対岸ではなく、同じ岸から一緒に向こう側を見ている、という印象でした」