©Yusuke Abe

日本の四季の移ろいをパーソナルに描いた
デッカ・レコードからのメジャー・デビュー・アルバム

 生楽器、エレクトロニクス、フィールドレコーディングなど、様々なアプローチを取り入れながらも、小瀬村晶が生み出す音楽は不思議な透明感がある。近年では、映画音楽、CM、ゲーム音楽など活動範囲を広げているが、その無垢な音楽性は失われていない。そんななか、デッカと契約してリリースされる新作『SEASONS』は日本の四季がテーマになっている。作品が海外でも大きな注目を集めるなかで、これまで日本をテーマにしたことがなかったことに気づいたのが発端だったと小瀬村は振り返る。

 「イギリスのデッカのスタッフと話をするなかで、日本人としてのアイデンティティを考えたことがなかったことに気づいたんです。そして、自分が日本のどんなところが好きなのかを考えた時に思いついたのが四季でした。これまで、季節が変わることに気づいた時に感じたことにインスピレーションを得て、そこから音楽を作ることが多かった気がしたんですよね」

小瀬村晶 『SEASONS』 Decca/ユニバーサル(2023)

 アルバムの制作がスタートしたのは12月。小瀬村は冬の息吹を感じながら曲作りを始めた。

 「季節にまつわるいろんな記憶を辿りながら曲を作っていきました。いちばん季節を感じるのは匂いです。例えば季節によって雨の後の匂いは違う。犬と一緒に散歩していると犬はすぐに草や土の匂いを嗅ぐんですけど、自分と同じだなって思いますね(笑)」

 そして、本作で小瀬村が選んだ楽器はピアノ。子供の頃に習ったピアノは、いちばん身近に感じる楽器だという。

 「今回のアルバムは自分を素直に表現しようと思っていて、そうなるとピアノしかない。ピアノ・アルバムの時は、いつも子供の頃から使ってるアップライト・ピアノを弾いています。ピアノは道具というより手足の延長みたいなもの。感覚が繋がっていて、意識するよりも先に指が動いているんです」

 無意識の中から紡ぎ出されるメロディ。だからこそ作為を感じさせず、耳に優しく触れたかと思うと残り香のように余韻を残して消えていく。

 「メロディは大事なんですけど、特に意識して作ることはしません。耳に残るメロディを作って欲しい、という依頼もありますが、そういうものとは違った視線で音楽を作るのが自分にとって大事なんです。面白いことに、日本とアメリカとヨーロッパでは人気がある曲が全然違うんですよ。今回はそのどれとも違うものにしようと思っていました」

 小瀬村のピアノ曲の特徴はメロディだけではない。ピアノを取りまく音響空間が細やかに考えられてて、その親密な響きも曲の大きな魅力になっている。

 「そこはとてもこだわっているところで、なるべく自分がピアノを弾いている時に聴いている音を再現したい。それで録音する前に、ずっと一緒にやっているミキサーの檜谷瞬六さんとマイクを立てる場所や本数をいろいろと試して、半径3メートルくらいの空間で音が鳴っているようにしているんです」

 そうした音響に対するこだわりもあって、本作は四季という雄大なテーマを持ちながらも感触はパーソナル。日常生活の中に季節の移ろいを感じとるような曲が並んでいて、宅録からスタートした小瀬村の音楽性はメジャー・デビューとなった本作にもしっかりと息づいている。

 「春から始まって冬で終わるアルバムなんですけど、季節ごとにあまりコントラストをつけたくなかったんです。季節というのは、いつの間にか変わっていくものじゃないですか。なので気がついたら1年のサイクルが終わり、新しいサイクルが始まるようにしようと思いました。そうすることで何度でも聴ける作品にしたかったんです。アルバムを聴いていてくれた人が、曲を通じて季節の記憶を思い出してくれると嬉しいですね」

 ちなみに収録曲の“Dear Sunshine”は、夢の中で作った曲を目覚めてすぐにメモして書き上げたという。「そんなことは初めてで、夢の中では春のキラキラした輝きの中でピアノを弾いていたんです」と小瀬村は微笑んだ。記憶や夢で綴られた四季のアルバム。だからこそ、その音楽は聞き手のイマジネーションを刺激して、季節の様々な表情を鮮やかに描き出してくれるに違いない。

 


小瀬村晶(Akira Kosemura)
1985年、東京生まれ。在学中の2007年にソロ・アルバム『It’s On Everything』を豪レーベルより発表後、自身のレーベルSchole Recordsを設立。以降、ソロ・アルバムをコンスタントに発表しながら、映画やテレビドラマ、ゲーム、舞台、CM音楽の分野で活躍。主な作品に、長編映画「朝が来る」、海外ドラマ「Love Is」、Nintendo Switch用ゲームソフト「ジャックジャンヌ」、ミラノ万博・日本館展示作品など。近年は国際的なブランドとのコラボレーションも多く手がけている。Spotifyが発表する〈海外で最も再生された日本人アーティスト/楽曲 top 10〉に2017、2018年連続でランクインしたほか、米国メディアのピッチフォーク、豪州新聞紙THE AGE、フランス公共放送FIPなどでその才能を称賛されるなど、国内外から注目されている。