今までの人生をかけて取り組んだ“ゴルトベルク変奏曲”の録音
2002年のモーツァルト国際コンクールで日本人として初優勝に輝いた後、国内外で活発な活動を展開している菊池洋子が、J.S.バッハの“ゴルトベルク変奏曲”の録音に着手した。
「この大作は20年前から勉強していますが、コロナ禍でまとまった時間ができたときに改めて対峙し、録音にこぎつけました。以前ボローニャでアンドラーシュ・シフの演奏を聴き、曲がはっきり見えた感覚を抱き、ご本人にも伝えました。するとシフは何十年も前から毎年演奏し、人生を共に歩んでいく曲だと語ってくれたのです。そのことばに触発され、私も今までの人生をかけて取り組む覚悟ができました。“ゴルトベルク変奏曲”は〈人間の一生〉を描き出しているようで、弾いていると自分の過去のさまざまな思い出が鮮やかに蘇ってきます。その意味で、自分の原点に戻るというか、バッハの作品自体が音楽の原点を意味していると思います」
バッハを演奏するには作品が書かれた時代の楽器、チェンバロを学ぶ必要性があると考え、チェンバリストの曽根麻矢子に就いて研鑽を重ねている。
「チェンバロはペダルがありませんので、フレーズ、音の色、ハーモニーなどをすべてフィンガーペダルで作り出していかなくてはなりません。曽根さんはそれらを懇切丁寧に伝授してくれ、私はまさに原点に戻った音作りをしています。曽根さんは弾きながら教えてくれるのですが、私が弾くとまったく異なった音になってしまう(笑)。学ぶべきことは多く、バッハは奥深いです」
コロナ禍のステイホーム期間中は、毎朝“ゴルトベルク変奏曲”のさまざまな録音を聴きながら、2時間以上散歩をした。その全曲演奏を7月から8月にかけて各地で行う予定である。
「1時間20分の旅を、聴いてくださる方たちと共にできるのを楽しみにしています」
菊池洋子は長年イタリアで暮らし、その後ベルリンに移り、現在はウィーンを拠点とする。2023年3月からはウィーン国立音楽大学でアシスタントプロフェッサーを務めている。
「去年9月ウィーンで演奏会があったときに、音大で教える仕事の募集があることを知り、すぐに応募しました。4カ月の試験と実践を経て、無事に就任することができました。今後はドイツ語習得に励み、ウィーンで暮らした作曲家の作品により近づくよう努力したいと考えています」
ウィーンで教え、暮らす。演奏がより肉厚になるに違いない。
LIVE INFORMATION
菊池洋子ピアノ・リサイタル J.S.バッハ ゴルドベルク変奏曲
2023年8月4日(金)サントリーホール ブルーローズ
開演:19:00
2023年7月29日(土)LURU ホール〈配信あり〉
開演:14:00
2023年7月30日(日)兵庫県立芸術文化センター神戸女学院小ホール〈完売〉
開演:14:00
■曲目
J.S. バッハ:ゴルトベルク変奏曲 BWV988